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週刊誌によれば、一人目の自殺者、僕の初恋の、原田穂香さんは恋煩いの末に自殺した。そしてその後、片思いの相手が同じ場所で交通事故に巻き込まれる。その後からマンションで自殺や事故が多発する。
駆け落ち中の恋人たちが、家族に追われマンションからの飛び降りを選んだ。これが三人目と、四人目。
五人目は穂香さんの母親だった。娘にあてた手紙を胸に抱きながら、娘と同じ場所から飛び降りた。ここまでは僕も知っている話。
週刊誌にはもっと多くの犠牲者のことが書いてあった。
六、七人目はストーカーに追われた女性が飛び降り、その後供えられた花束の横で原因のストーカー男が自害した、というもの。さらには、不倫をしていた女性が離婚してくれない相手男性をマンション下に呼び出し、自分は屋上から飛び降りた。落下地点で偶然、その男性と接触して二人とも即死、なんて凄惨なものもある。週刊誌はこの事件をメインに記事を展開していた。他にも理由が分かっていない自殺や、友人同士の心中、関係性が不明な心中があるらしい。
「白石が言っていた『酷い話』というのは、どう意味だったんだろう」
スクラップ帳を読み終わった僕は隣にいる狭山に問う。
「確かにどれも酷い話ではありますけど……あ、その、……すみません」
「え?」
「だって、最初に自殺をした方は先生のお知り合いだったって。それなのに私は、酷い話だなんて……」
ああ、そういうことか。なるほど、狭山らしい気遣いだと思う。
「気にしなくていいよ。確かに穂香さんとの思い出は大切だけど、酷い話に違いはないからね」
白石と話してから、狭山はわかりやすく落ち込んでいた。そんな彼女を慰める意味も込めて、僕は彼女の失言をフォローする。
「私、何を調べていたのか分からなくなってきました」
独白するように狭山が話し出す。
「最初は絵里ちゃんの自殺の真相を確かめたかった。でも、調べても調べても、過去に起こった悲劇しか見えてこない。もし本当におまじないの呪いがあっても、私にはどうすることもできないのに……」
正直、狭山がそう言いだすのは予想できていた。
「……そうだね。やっぱりもう、この件に関わるのはやめた方がいいのかもしれない。これ以上調べても、暗い気持ちになるだけだ」
僕の言葉に狭山は「……はい」と、控えめにうなずいた。実際のところ、すでに死んでしまった人間よりも、自分自身が白石に言われたことについて考えたいと、そう思っているのではないだろうか。中学生の少女にとっては、先ほど言われた言葉は響くものがあっただろう。
「最後に、絵里ちゃんに手を合わせていきたいです。いいですか?」
教え子にそう言われて断る教師はいない。僕はすぐさま頷きを返した。
マンションの前には先日よりもたくさんの花束が添えられていた。その様は花畑と言うには少しばかりけばけばしかった。いや、それも当然なのだろう。死に添えられる花。二人のこれからの道が、どうか安らかなものであるように。そんな願いが込められた花束なのだ。少しでも華やかなものを送りたいというのは、たとえ送る側のエゴであっても否定できるものではない。
かさり、と。
隣で音がして見ると、行きがけに買った花束を狭山が供えるところだった。その眼は複雑な感情に揺れているように見えて、僕は思わず、小さくなった狭山の背中に手を添えた。
「好きな人と、ずっと一緒にいられたら幸せなのにな……」
小さく、小鳥の足音のような声で狭山がつぶやく。その言葉の向かう先は南野か……いや、ここで死んでいった他の多くの者にむけた言葉だったのかもしれない。
「では、先生。これで」
「ああ」
先ほどより、心なしかすっきりしたように見える狭山の表情が、不思議なほど僕の心には深く刺さった。
たったっと、足音とともに小さくなっていく背中を見送りながら、僕は思った。
「これが、後ろめたいって感じなのかな」
狭山の背中が見えなくなって、僕は家とは反対の方向へと足を進める。
かつてよく足を運んだ、懐かしい場所へと。