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おまじない  作者: 遥 奏多
3/7


 そのままの足で、僕と狭山は例のマンションへと向かうことにした。


 できる事ならあのマンション、というかおまじないには関わりたくないというのが本音だ。だがそれ以上に、狭山が一人でおまじないを調べることは許容できなかった。


 狭山の南野への思いを聞いた僕は、僕と一緒に行動することを条件に、狭山におまじないを調べることを許可したのだった。


 到着したマンションには、すでにいくつかの花束が添えられていた。おそらくは先に帰った生徒たちか、遺族が手向けたのだろう。それを見て、狭山が表情を歪ませる。


 友人の死を改めて認識させられた、そんな表情だった。


「やっぱり、今日はもう帰ったほうがいい」


 言い聞かせるように狭山に告げる。


「自覚はないかもしれないが、相当なストレスを受けているはずだ。友人の死なんて、中学のうちから経験していいことじゃあないんだから」

「いえ、大丈夫です……」


 けれど、狭山は気丈にふるまっていた。どうにかして彼女を休ませたい。だが意固地になった子どもほど、言うことを聞かない生き物もいない。


 ――これは、さっさとマンションに入ってしまったほうがよさそうだ。


 そう思った瞬間、人が落ちてきた。



 ――――どんっ――――。



 聞きなれない、鈍い音が聞こえてそちらを見る。


 そこはちょうど、手向けられた花の真上。


 南野が落ちたまさにその場所で、真新しい死体がまた一つ、出来上がっていた。




 第一発見者として警察からの聴取を受けた僕は、狭山を自宅に送り届けてから家路についた。聴取が終わるころには午後十時を過ぎており、狭山を一人で帰らせるには心配だったのだ。おかげで家に着いたのはてっぺんが回ったころだった。


 飛び降りたのは、うちの中学の生徒だった。それも、南野の告白した相手。南野と同じ場所で、当時屋上に他の人影が見えなかったことから、警察は後追い自殺として調査しているらしい。まあ、納得だ。普通ならばそう考える。けれど、


「狭山は、おまじないのせいだって考えるよな……」


 あまりにも出来すぎている。同じ場所での自殺、というだけではない。普通、あの高さのマンションから飛び降りたら、全く同じ場所から飛び降りたとしても落下地点はずれるはずだ。人間の重さはそれぞれ違うし、風向きもある。それが、まったく同じ場所に落下だなんて……。


「うっ……」


 鮮明に、思い出しすぎた。広がる血だまりから漂う鉄の匂いと、生暖かい、元人間の体温。押し花のようにつぶれた体、握られた両手、こちらを見つめる、胡乱な瞳。


 濁り切ったその眼は、どうしたって僕に、最初の自殺者を想起させた。


「まさか、本当にあの人の、穂香さんの呪い……?」


 否定したい気持ちが、重い事実に塗りつぶされる。


 最初は、事件があった場所に生徒を近づけたくない、ただそれだけだった。おまじないや呪いが本当にあるだなんて、思いたくなかった。


 まして、そのきっかけになった穂香さんは友人の姉で、僕の……初恋の人で。


 今でも、その笑顔も、声も、香りも、寸分たがわず思い出せるほど、好きだった人で、思い出の人で。僕の中にある思い出は、呪いなんて無縁だと断言できるほどに美しかった。


 それを呪いだのおまじないだのと言って踏みにじることが僕には、許せなかった。


 けれど、今思い出される初恋は、濁った、焦点の合わない目で僕を見る、首の折れた人形のような姿だけ。


 呪いなど、信じたくない。でも呪いだと言われてもおかしくないことが起きている。


「なら……僕が調べよう。呪いなんてない、穂香さんは誰も呪っていないって」


 狭山を一人にしないことにもつながる。僕がマンションのおまじないについて調べない理由はどこにもない。


 むしろ、ここで立ち止まるほうがどうかしている。


 気づけば僕は、古い電話帳から一つの住所を探し出していた。



 翌日の放課後、僕と狭山は市立図書館に来ていた。過去、あのマンションで起きた事件を調べるためである。図書館ならば新聞など、その市の出来事を細かくスクラップにしていることが多い。今回借りたいのはここらの地域のみを取材対象にしている地方紙だ。


「え、貸し出し中? そんなピンポイントで?」


「はい。つい先ほど、学生の方がスクラップ帳を借りていかれました」


 司書に『マンション 飛び降り』の検索で出てきた新聞を貸してくれるように頼むと、そんな言葉が返ってきた。このタイミングで僕たちと同じことを調べている学生……。


 嫌な、当たってほしくない考えが頭の中を駆け巡る。


「先生」


 狭山が真剣な声音で話しかけてくる。


「私、実はその生徒に心当たりがあります」

「本当か!?」


 つい声を張ってしまい、司書に睨まれてしまう。いくら緊急事態だとは言え、教師としてこれでは示しがつかない。


「うちの学校の生徒だよな、いったい誰なんだ?」


 今度は怒られないよう、声を潜め狭山に問うた。かなり小声なので、できる限り顔を近づける。


「ん……? 狭山?」


 なかなか口を開かない狭山に、どうしたのかと思い顔を向けると、


「あ、あの……。せんせ……近い、です」


 頬を朱に染めた狭山の顔が目の前にあり、僕は「あぁ、すまんっ」と急いで距離を取った。ふわりと揺れた狭山の黒髪から華やかな香りがあふれ、鼻腔をくすぐる。


 あ、危ない危ない。年頃の女子生徒に顔を近づけるなんて、デリカシーがなさすぎる。教師失格だ。……しかし、何故だろう。頬を染めて照れている狭山の表情が、頭から離れない。普段学校で見ている姿と比べてしまうから、そのギャップに戸惑っているのだろうか。鼻腔に残る花のような香りも相まって、ここにいる狭山が、教え子の狭山とは別人のように思えてしまう。この香り、制汗剤じゃなくて香水のものか。


 中学の大人びた女子生徒であれば、見た目なんて大人とほとんど変わらないやつもいる……。頬の紅潮をそのままに、上目遣いでこちらを見上げる狭山を見てそんなことを思う。いかんな、吊り橋効果ではないけれど、焦りで心拍数が上がっているときに考えることじゃない……。これではまるで、教え子にときめいているみたいじゃないか。こんなところほかの生徒に見られでもしたら――。


「あれ、もしかして先生?」

「はい! いかにも私は先生ですが!?」


 突然背後からかけられた声に思わず背筋が伸びる。


「何してるんですか? こんなところで」

「何もしていないとも! あぁ断じて何もしていない!」


 別に僕は何もやましいことはしていないし、考えてもいない。考えてない……よな? 教え子の成長をしっかりと見ておくことはやましいことどころか教師としての本分だ。ただちょっと、ちょっとだけ心拍数が上がっただけ。血圧を測ったほうがいいかもしれない。……あぁ、よくわからない自己弁護が頭の中にあふれてくる。脳内で言い訳をすればするほど、さっきのときめきを肯定してしまうようだ……。


「はあ……。まあ何でもいいですけど、そこ、退けてくれません? これ返したいんで」


「ああ、すまない」言いながら相手を確認し、そこで初めて、それがうちの学校の女子生徒だと気づく。耳が隠れる程度のショートカットと、勝気そうな釣り目が印象的な少女だ。生徒だということくらい、自分のことを先生と呼んだ時点で気づけよという話だが、さっきの精神状態では……、いや、そのことはもう考えまい。


 彼女は手に、新聞記事などをまとめたスクラップ帳を持っていた。


「先生、あのひとです、私が言ったのは」


 スクラップ帳を返す女子生徒を見ながら、狭山がつぶやく。それに無言で頷き、僕は声をかけた。


「なあ君、少し話があるんだけど、いいかな」

「……いいですけど、人のいない場所に行きましょう」


 彼女は僕、というよりは狭山に一瞥をくれてから図書館のカウンターに向き直る。新しいスクラップ帳を受け取っているようだった。


「先生たちの調べものも、きっと同じでしょう?」


 どこか挑発的な表情を見せた彼女は、まるで「ついてこい」とでも言わんばかりにこちらに背を向け、歩き出した。




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