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見習い薬草師に就職しました!  作者: 日下真佑
8/42

8初めての出張はまさかの盗賊退治

いつもありがとうございます。

アルさん出張で呪術を使って盗賊退治のお手伝いです。

どうぞお楽しみください!

「それにしても、あいつら、いい筋肉してるよなぁ…」

みんなと朝食を食べながら、兵士長のアイマンはいつも思っていました。

朝、食堂にいるのは、お屋敷の主人であるハマド様一家と、重役たちです。執事のファイサルを筆頭に、お屋敷のお財布を管理する財務長のウマル、兵士長のアイマン、そして見習い薬草師のタジとアルですが、一番年の若いタジとアルは、食堂の入り口に近い末席に、なるべく目立たないようにして座っています。

しかしアイマンは、そんな二人の体つきが、今日は特に気になって仕方ありません。

あの、大きい方は絶対に鍛えればモノになるよなぁ……。今だって即戦力に使えそうな、いい体格をしている。でも運動能力は十人並みみたいだから、個人戦より軍隊向きだな……。

大柄で骨太なタジをちらちらみると、アイマンは心の中でこっそり思いました。幼い頃から薬草畑で親の仕事の手伝いをしてきたタジは、確かに太めの筋肉がついた、いい体格をしています。しかし、アイマンが本当に気になるのは、アルの方です。一見細身で、筋肉とは無縁な雰囲気の色男なのに、脱いだら彫刻みたいに綺麗な、細めの筋肉がしっかりついているのを、先日偶然、見てしまったからです。

「あいつこそ、鍛えたら凄い体になるよな。大きい方より運動神経も良さそうだ。薬草師ってのは、もっと勉強ばかりしてきたひ弱な奴らかと思っていたのに、これは意外と試す価値がありそうだな」

アイマンはぶつぶつ独り言を言うと、嬉しそうに二人に微笑みました。

「何だ?今日は兵士長が、やけに微笑んでくるけど、何かあるのか?」

朝食を口に運びながら、何事もないようなふりをして、アルは言いました。

「ああ、放っておけ。何かあっても、どうせ俺達は逃げられないのだから、今は余計な詮索はしないほうがいい」

タジもさっきから、やたらアイマンと目が合うな、と思っていましたが、無かったことにしています。

「そうだよな。何も無いことを祈るのみだよな。でもちょっとからかって、微笑み返してやるか」

アルはそう言うと、最高に美しい笑顔で、わざとアイマンに微笑みました。

アイマンは一瞬びっくりしましたが、アルの意図を勘違いしたらしく、満足そうな顔をして、うんうん、と頷いています。

しかし、このアルの微笑みが、とんでもないことになるとは……。まだ、思いもよらない二人なのでした。


「いいですね?出発は明日です」

夕方、仕事終わりにファイサルに呼びつけられて執事の部屋へ行くと、いきなり明日から出張に行くように言われました。

それも二人じゃなくて、行くのは一人。残った一人はいつも通り薬草師部屋で、お屋敷の仕事をします。

「お言葉ですが、そんなにいきなり言われましても、薬の準備が間に合うか……」

タジが、部屋に戻って薬草の在庫を確認しようとすると、ファイサルはさっとそれを制しました。

「薬の準備は不要です。行き先は王都の南側にある高原地帯。三泊四日なので、特別な備えもいりません。当初はハキーム様とアイマン兵士長と兵士だけで行くはずだったのですが、何しろハキーム様はお怪我が治ったばかりですからね。念のため、見習い薬草師殿にも、同行頂きたいのです」

「はあ」

「それと実は、もう一つお伝えしなければ……」

ファイサルがニヤリと不敵な笑みを浮べるのを見て、二人はとても嫌な予感がしました。

「これは王宮から命令された盗賊退治ですので、できれば刀に詳しい方に行っていただきたいのです。アル殿?」

えっ、俺?!と、アルは目を見開きました。

「幼い頃から刀に造形が深いそうですね。アイマン兵士長から直々のご指名です。ぜひアル殿が同行下さい」

ええっ!!そんなぁ……!!と、アルは焦りました。刀に造形が深いって、それは父親が鍛冶屋だっただけのことで、アル自身は、刀の使い方すらよく分かりません。

「ファイサルさん、俺、刀なんて全然使えないです。盗賊なんかととても戦えません!勘弁してもらえませんか?」

しかし、アルが必死でお願いするも、ファイサルは聞くつもりなど、最初からありません。

「それはタジ殿だって同じでしょう。アイマン兵士長は、あなたなら十分盗賊と戦えるって言っていましたよ。もう決まりです。これは命令です!」

「命令って、そんなぁ!」

「口答えは許しません!出発は明日朝八時、集合は正門です。以上!」

言いたいことだけ言うと、ファイサルはさっさと踵を返して、奥の書斎へ入ってしまいました。

はあ、どうしたらいいんだ。アルは深いため息をつきながら、重い足取りで執事の部屋を後にしました。


 夕食後、アルは渋々旅支度を始めました。

「行きたくねえよ。命がけじゃねか…」

ぶつぶつ愚痴るアルに、タジも同情しています。もしかしたら自分が行くことになったかと思うと、心底ぞっとするからです。

「でも、貴族の紋章旗と兵隊付きなら、盗賊も簡単に手出しできないと思うよ。ハキーム様を守るんだから精鋭揃いだろうし」

「そうだけどさぁ…」

アルは袋の中に薬や治療道具、着替えを詰め込みながら、タジを見ます。

「無事帰って来られたら、ナツメヤシを腹一杯やけ食いしてもいいよな?」

「ああ、そのときは、俺が奢ってやるよ」

「えっいいの?約束だぞ!」

「ああ、約束だ」

二人は顔を見合わせると、がっちり両手で握手を交わしました。

「必ず無事に帰って来いよ」

「できるだけ頑張るよ」

アルは苦笑いしながら、タジを見ます。

夜が明けたら出発の朝です。目が覚めたら、盗賊退治がすっかり終わっていたらいいのになと、ありえないことを願いながら、二人は眠りに就くのでした。


 翌朝、朝食を終えたアルは、一人集合場所の正門前へと向かいました。

まだ約束の八時まで、少し時間があったにも関わらず、門の前には百人近い数の兵士が、鎧姿で並んでいました。先頭にはモハド家の紋章が入った紋章旗が、四旗翻っています。

「やっと来ましたか」

ファイサルが見慣れぬ鎧姿出てきて、アルは思わずプッと吹き出しそうになりました。いや、ファイサルは背も高いし、顔だってそこそこなので、決して鎧が似合ってないわけではありません。でも、いつもは執事らしく、いかにも偉い人といった服装をしているので、いきなり強そうな鎧姿になっていて、ちょっと驚いただけです。

「ファイサルさんも、盗賊退治するんですか?」

アルが聞くと、ファイサルはふふん、とちょっと自慢げに胸を張りました。

「勿論です。これでも結構、戦上手なのですよ」

「へえ、そうなんですね。知らなかったなぁ…で、もしかして、俺も鎧とか着るんですか?」

とアルが聞くと、ファイサルはとんでもない、と言わんばかりに、首を横に振りました。

「アル殿はそのままで結構です。普段から鍛えていないと、とても鎧姿で戦うことなどできませんからね。まあ、盗賊が現れたら、近くの岩陰にでも隠れていてください」

ファイサルは平気で物騒なことを言うと、青ざめるアルをよそに、一人可笑しそうに笑いました。

 しばらくすると、アイマン兵士長とハキームが現れて、出発の号令がかかりました。ハキームは十二歳ながらこの一行の大将です。鎧にマントを翻して、それは立派な姿でした。アルはそんなハキームのすぐ後ろを、アイマン兵士長とともに、馬に跨がりながらついて行きます。

 王都の南の城壁を出ると、どこまでも広がる草原を歩き、やがて少しずつ山間の道へと入りました。

道の両端には、木々が生い茂っていて、見通しも悪く、いかにも盗賊が出そうな場所です。アルはだんだん不安になってきました。

「アイマンさん、ここって本当に盗賊が出そうな場所ですよね…大丈夫なんですか?」

ぼそぼそ、とアルが聞くと、アイマンはアルの方を向いて、ニヤリと微笑みます。

「大丈夫!お前なら素手でも盗賊と渡り合えるよ」

アルははぁ、と力なくため息を漏らしました。

「いや、無理ですよ。素手とかほんと、殺されちまう。何で俺なんかを、選んだんですか?」

アルが本音を吐くと、アイマンはびっくりするような答えを返してきました。

「だって、前に偶然着替えを見た時、立派な筋肉ついていたし、朝飯の時、素敵な笑顔で微笑んでくれたよな?デカイあいつより鍛えがいがあると思ってな」

しまった…と、アルは初めて後悔しました。

朝食の時、むやみに微笑んだりするんじゃなかった…。しかしもう、後のまつりです。

今頃、タジは何をしてるのかな?と、ふと、お屋敷にいるタジのことを考えました。きっと真面目に働いているんだろうな、そう思うと、無性にお屋敷に帰りたくなりました。


 お昼を少し過ぎた頃、一行は無事高原地帯へ辿り着きました。

アイマンの合図で昼休憩です。ただし、いつ盗賊が現れるか分らないので、食事は乾燥させた肉とナツメヤシだけです。美味しそうな干し肉と大好きなナツメヤシを貰って、嬉しいはずのアルでしたが、今日ばかりは喉を通りません。

ちびちび干し肉を齧っていると、いきなりアイマンに、ドンと背中を叩かれました。

「おい、いつもの元気はどうした?今から俺が、ちょっとした護身術を教えてやるから来い」

そう言うと、アルが持っていた干し肉を、無理やり口にねじ込みます。

「ん、んん…!!」

口の中いっぱいに干し肉を詰め込まれて、アルはもぐもぐしながらアイマンの前に立たされます。

「いいか、右から攻撃されたらこう、左からの時はこうだ。これさえ体得しておけば、まず命は助かる。今から俺がゆるーく攻撃してやるから、やってみろ!」

アルは干し肉を何とか噛みながら、アイマンに言われるままに構えの姿勢を取りました。するとアイマンは、筋肉でムキムキの太い腕を振り上げて、ブンッと拳を繰り出してきました。

あ、あぶねえっ!

アルは思わず仰け反りました。ゆるーくとか言っておいて、アルの右脇腹の横すれすれに、アイマンの鋭い拳が飛んで来たからです。

口の中いっぱいの干し肉のせいで、文句が言えないアルは、酷いじゃねえか!とアイマンを睨みました。しかしアイマンは面白くて堪らないらしく、目をキラキラさせています。

「教えた型が崩れているぞ!ちゃんとやれ!」

そう言うと、今度は左脇腹すれすれに、高く上げた左足が飛んできました。

このおっさん、蹴りもあるのかよ?アルは、なかなか飲み込めない干し肉を口の中で持て余しながら、また辛くも足を避けました。

「そうだ、その調子!さすが俺が見込んだ男だ。いい反射神経しているな?」

褒められても、口の中の干し肉のせいで、何も言い返してやれません。

それから十五分くらい、アイマンの拳や蹴りを時々食らいながら、ヘトヘトになるまで護身術の個人レッスンは続きました。

最後の蹴りを食らった時には、口の中の干し肉はすっかり無くなっていたものの、体力が限界を迎えて、ぜえぜえ肩で息をしながら、その場にヘタヘタと座りこみました。

「……もう、無理!アイマンさん、もう無理です!!」

と、その時、兵士の一人がアイマンの元へ走って来ました。

「大変です!兵士長!」

「どうした?」

耳元で何やら聞くと、アルをしごいてご満悦だった顔が、一瞬で厳しい表情に変わりました。

まさか?!

アルがその顔を不安そうに見上げると、アイマンは皆に聞こえる大きな声で言いました。

「盗賊がこちらに向かっている。全員直ちに戦闘準備開始!」

恐れていたことが、ついに現実になろうとしています。

アイマンが号令をかけると、さっきまで食事をしていた兵士たちは、さっさと刀や槍を手に、自分の持ち場へと移動していきました。アイマンはファイサルとともに、紋章旗を立てた小高い場所で、ハキームを守りながら兵士の指揮を取っています。

ポツンと高原の野原に一人取り残されたアルは、焦りました。何故なら、さっきまでのアイマンの護身術の特訓の後遺症で、まともに体が動かせないからです。このまま盗賊が雪崩込んで来たら、本当に大変なことになってしまいます。

どうしよう…。必死に考えて仕方なく、アイマンの近くに行くことにしました。アイマンの近くならハキームがいるので、おまけで精鋭部隊の皆さんが、守ってくれるかもしれません。

いそいそと痛い体を引きずって、アルはアイマンがいる場所を目指しました。遠くでは戦いが始まったのか、兵士たちの怒号や、刀の交じり合う音が聞こえてきます。

これは早くしないと、ちょっとまずいな…。

アルは足を引きずりながら、痛い体に鞭打って全力で歩きました。すると、アイマンのいる場所が遠くに見えたところで、一騎の馬が走って来ました。

「味方か?いや、もしかして、盗賊か?!」

アルは咄嗟に、さっき習ったばかりの護身術の構えを取りました。緊張で胸がドキドキします。本当に盗賊だったら、どうする?とりあえず、急所を一撃して、倒れたところでしびれ薬の丸薬を食べさせて、身動きを取れなくするか?

そんなことを真剣に考えていると、馬はアルのすぐ近くで止まりました。馬上の人はどうやら男で、髪や顔を布で覆い、高そうな服を着ています。

「久しぶりだな」

馬から下りると男は、顔を覆っていた布を取りました。

「……ヤズィード?!お前、なんでこんなところに?」

アルはびっくりして、腰を抜かしそうになりました。しかしヤズィードは、そんなアルを歯牙にもかけず、ふんと鼻で笑いました。

「口のきき方には気をつけろ。俺はもう見習い薬草師じゃない。イルハーム家の執事だ。イルハーム様も盗賊退治に参加しておられる」

「冗談だろ?」

アルにはとても信じられませんでした。まず、見習い薬草師から執事になったなんて話は、聞いたことがありません。また、お屋敷で一番重要な役職である執事に、わずか十七歳でなるってことも、普通はありえないことです。

しかしヤズィードの言葉は、冗談ではないようでした。立派な執事の服を見せびらかすようにわざと胸を張ると、アルを見て目を細めます。

「本当に執事だ、この服が証拠だ。あと、お前が怖がっている盗賊はここへは来ないから安心しろ。下でお前のところとうちとで挟み撃ちにしたから、十五分後には戦いも終わるだろう」

「そうか」

アルはほっとしました。とりあえず盗賊はここへは来ないと聞いて、一安心です。しかし、ヤズィードはそれを伝えに来たのでは、ありませんでした。

「お前がここに来ていると聞いて、わざわざ探したよ。皆が戻るまでの少しの時間、俺と勝負をしてもらうよ」

そう言うと、口の端をつり上げて、意地悪く微笑みます。アルはそんなヤズィードを、睨みつけました。

「見ての通り、力の勝負なら断らせてもらうわ。弱ってるやつ倒しても、つまんねえだろ?あ、お前は卑怯者だから、それでもいいのか?」

目を逸らさず言うと、ヤズィードは怒りに拳を震わせました。

「俺をなめるなよ。よろよろの薬草師なんかぶちのめして何になる?俺がしたいのは、呪術の勝負だ!」

「は?お前、何言ってんの?」

アルには訳がわかりません。ヤズィードに呪術ができるなんて、全然聞いたことが無かったからです。でも必死で考えて、すぐにその意味がわかりました。多分、呪術の心得のあった前の執事のブルハーンに、呪いのかけ方の一つでも、教わったのでしょう。

アルはその綺麗な顔に、初めて不敵な笑みを浮べました。それなら絶対負けない自信がありました。

「にわか仕込みが、俺に勝てるとでも思ってるのか?」

「ふふ、そこまで言うなら、試してみたらどうだ?」

ヤズィードはそう言うと、袖から時計を取り出しました。

「三分待ってやる、準備しろ。その後、俺の攻撃を食らっても五分耐えきったらお前の勝ち。耐えきれなかったら俺の勝ちだ」

アルははぁ、と面倒臭そうにため息をつきました。

「仕方ねえ馬鹿だな。そんなにやりたきゃ勝負してやるよ。ただし、負けてもやり直しは無しだからな」

「当たり前だ」

アルは渋々袋から護符と水晶の欠片を出すと、結界を張り始めました。

呪術師だったおばあさん直伝の結界は、今まで誰にも破られたことはありません。二人の短い真剣勝負が、始まりました。


「いいか、そろそろ三分だ。いくぞ!」

結界を張ったり色々しているうちに、どうやら三分過ぎたようです。

「お前、約束殆ど守らないくせに、こういうのだけ守るんだな」

アルがわざと嫌味を言うと、ヤズィードは忌々しそうに、舌打ちしました。

「口の減らない奴だな、ま、もうすぐおしゃべりもできなくしてやるけどな」

そう言うと、時計を袖の中にしまい、両手を胸の前に合わせて、呪文らしきものを唱え始めました。

アルの周囲に、何やら不穏な気配が漂い始めます。

やれやれ、こいつ、本当にブルハーンに呪術を習ったみたいだな、と、アルは結界を維持しながら、ため息をつきました。何故なら、今あるどす黒い気配は、レイラ夫人のお腹の子どもの命を狙った時に、ブルハーンが使ったものと、全く同じ気配だったからです。

アルは神経を集中させると、自らの結界を強めました。そして、両手を胸の前で組むと、手のひらに気を集めます。

アルの結界の周囲を、黒いもやのようなものが次第に数を増やして巻きついてきますが、全然平気です。

しかしヤズィードは、黒いもやの中でアルが苦しんでいると思い、不気味な笑みを浮べました。

「あと少しだな。地獄へ送る手前で止めておいてやるから、安心しろよ」

半殺しにして、楽しむって……どんだけ悪趣味なヤツなんだ。アルは心底呆れました。しかし、余裕だからといって、油断はしません。

既に勝ちを確信しているヤズィードをもやの隙間から見ると、ヤズィードの力が時々にむらになっているのを見つけました。所詮はにわか仕込みの素人、最初にアルが思った通りです。アルは手のひらに集めた気を額に持って行くと、一気にヤズィード目掛けて、放ちました。

ドン、と爆発音のような音がして、アルの結界に巻き付いていたもやが、すべて消し飛びます。

「嘘だろ?!」

勝ちを確信していたヤズィードは、信じられないものでも見るように、アルを見ます。

「もう一つ、おまけだ!」

アルはもう一度気を集めると、今度はヤズィードのお腹めがけて、放ちました。

ドン、と鈍い音がして、ヤズィードは倒れました。

「……よ、くも、やった、な」

ヤズィードは仰向けに倒れたまま、お腹を押さえて呻いています。

アルは結界を維持したまま、ヤズィードに近寄ると、冷やかな目で見下ろしました。

「ちょっと殴られたのと同じくらいだから、安心しろよ。ついでにお前のケチな魔力も封印しといてやるよ」

そう言うとアルは、ヤズィードの口にしびれ薬の丸薬をねじ込み、ついでに袖に手を入れて、時計を取り出します。

「もう、とっくに五分経ってるじゃねえか、俺の勝ちな」

時計を返しながらアルが言うと、ヤズィードは唇を噛みしめました。

「……お、覚え、とけよ」

「忘れねえだろ、普通」

アルはそう言うと、結界を解いて、道具を片付けます。

ヤズィードは体が動かないらしく、仰向けになったまま悔しそうに、目を閉じていました。

アルはそんなヤズィードを尻目に、再びアイマンの元を目指しました。戦いが終われば、もしかするとそのまま盛り上がって、アルを置き去りにして、お屋敷へ帰ってしまうかもしれないからです。

痛い足を引きずりながら、何とかアイマンのいる場所へ辿り着くと、兵士たちは片付けをしているところでした。

「もう盗賊退治、終わったんですか?」

ハキームの横で腕組みをするアイマンに話しかけると、アイマンはにんまり笑顔になりました。

「ああ、楽勝だったぞ!」

そう言うと、アルの肩にがっしり太い腕を回します。

「また、護身術の訓練、やってやるからな」

一瞬、アルがびくっとしたのは、言うまでもありません。

「勘弁してくださいよ。俺はもう遠慮しときます」

アイマンの馬鹿力に降参のアルが言うと、アイマンは豪快に大笑いしました。


 三日後、モハド家の盗賊退治の一行は、無事王都のお屋敷へ帰ってきました。

たった四日間留守にしただけなのに、薬草師部屋の扉を見たアルは、何だか無性に懐かしい気持ちになりました。

「ただいま」

扉を開けると、タジが薬を調合しています。アルの姿を見ると、手を止めて、嬉しそうな顔をしました。

「おかえり、無事だったんだな」

「ああ、何とかな」

アルは、荷物を下ろすと、どかっと椅子に腰掛けました。薬草臭い部屋の香りが、張り詰めていた心をほっと癒してくれます。

「ナツメヤシ、買っておいたぞ。晩飯にお疲れ会しよう」

「さすがタジ!約束ちゃんと覚えておいてくれたんだな。嬉しいよ」

アルはそう言うと、最高の笑顔で微笑みました。

その夜二人は、タジの作ったいつもより少し贅沢な食事と、銅貨二枚分のナツメヤシで、アルの無事を祝ったのでした。

明日からはまた、二人でお屋敷の仕事です。

やっぱり一人より、二人の方がいいな、としみじみ思う、アルなのでした。



いつもありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します!

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