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見習い薬草師に就職しました!  作者: 日下真佑
4/42

4レイラ夫人の秘密

お待たせしました!

今日は薬草師、たくさんアップします!!

どうぞお付き合いください!

 お屋敷の薬草師部屋での仕事が始まって、二週間が経ちました。

毎日朝食を終えると、まずはハマド様に腰痛の薬を煎じます。

ハマド様の腰痛は少々厄介で、天気や季節によって、痛みが強くなったり、弱くなったりすることから、いつも同じ薬では対応できません。

そこで、薬の見極めが得意なタジが、毎日薬草の配合を少しずつ変えて、何とかやっています。

そして、もう一人毎日薬が必要なのが、第三夫人です。

あの、養成所の近くの市場でナツメヤシを売っていた奴隷の娘、サバーにそっくりの第三夫人は、初めてタジとアルを見た日から、体調不良を理由に、食堂へ来なくなりました。

「レイラ夫人はお部屋でお食事を召し上がられますので、お薬も私がお預かりします」

アルが第三夫人に薬を届けに行くと、いつも部屋の入り口に侍女が待ち構えていて、有無を言わさず薬を受け取っていきます。

「第三夫人はレイラ様っていう名前だって。やっぱりサバーとは他人の空似かな、どう思う?タジ」

昼、薬草師部屋に運ばれてきた昼食を食べながら、アルは言いました。

「そうだな。普通、貴族の奥様に奴隷の娘がなるって、この国じゃ考えられないしな」

タジも、腑に落ちないものの、やっぱり他人の空似かな?と思っているようです。

しかし、そんなことをゆっくり詮索しているほど、見習い薬草師は暇ではありません。

毎日薬の発注と調合、処方、怪我人の手当、急病人の治療を繰り返しているうちに、あっという間に一日は過ぎていきます。


 そんなある日の夕方、一日の仕事を終えてタジが作った夕食を、二人で食べようとしていたところ、薬草師部屋に、執事のファイサルがやって来ました。

「ちょっと話があります。一緒に来て下さい」

「あの……今からやっと、晩飯なんですけど」とアルが言うも、ファイサルは

「お夕食は後です。とても大事な話ですので、今すぐついて来てください」

そう言って二人を半ば強引に、薬草師部屋から連れ出しました。

どこをどうやって歩いたのか分からなくなるほど、何度も角を曲がったり、階段を上ったりしてファイサルについていくと、お屋敷の一番奥の大きな書庫に辿り着きました。

ファイサルは周囲を何度も確認すると、書庫の扉を開けて中に入ります。二人も一緒に中に入ると、すーっと音もなく扉は閉まり、いきなり床が動いて、隠し部屋へ続く階段が現れました。

「うわっ!すげえ!!」

「しっ!!静かに。黙ってついてきてください」

思わず声をあげたアルを睨むと、ファイサルは背中を屈めて、狭い階段を隠し部屋へと上がります。二人も言われるままに、ファイサルに続きました。

 そこは小さな書斎で、机と椅子が一脚ずつあって、後ろに大量の本が並んでいました。

「待っていたぞ」

本の中から、ハマド様が現れて、二人はまたまたびっくりして、跪きました。

「この部屋はハマド様の秘密の書斎です。ここでの私語は禁止。ここで見聞きしたことを外でしゃべるのも絶対禁止です。約束ですよ。もし約束を破った場合は、どうなるか分っていますね?」

ファイサルがいつになく恐ろしい口調で言うので、タジとアルは身震いしながら何度も頷きました。

ハマド様はゆっくり二人の前に来ると、いつになく真剣な表情をしました。

「タジとアルよ。本来貴族の屋敷の薬草師は一人だ。でも、私はお前達二人を雇った。それはお前達のことをよく知る、養成所の長からの推薦だ。そして明日からは、その力を存分に発揮してもらわねばならない」

何のことだろう?と二人が顔を見合わせていると、ハマド様は続けました。

「第三夫人のお腹の子どもを、守ってもらいたいのだ」

「お言葉ですが…レイラ夫人には、毎日妊娠を継続するのに必要なお薬を、侍女の方にお渡しておりますが、何か至らないことがありましたでしょうか?」

仕事が足りないのか不安になったタジが聞くと、ハマド様は「そうではない」と言い、続きはお前が話せ、と言わんばかりにファイサルの顔を見ました。ファイサルはゴホン、と咳払いを一つすると、話の続きをしゃべり始めました。

「レイラ夫人は十五年前に国王陛下に滅ぼされた、とある貴族の血を引く方です。しかしその血を完全に絶やしたいと願う者がまだこの国にいて、恐ろしい方法で、お腹のお子様の命を狙っているのです。お子様が男児だった場合、由々しきことになると思われているのです」

「はあ」

十五年前に滅んだ貴族の血を残したくなくて、そんな恐ろしいことを考える奴がいるとは、貴族の世界はとんでもないなぁ……と二人は顔を見合わせて、眉をしかめました。

「そこでタジ、お前には今まで以上に気を配って、レイラの日々の体調に合った、薬を調合してもらいたい。そしてアル、お前にはレイラとお腹の子を守るための護符と、屋敷を呪術から守る結界を作ってもらう。薬草師部屋で薬草師が護符を作っているなどとは、誰も思うまい」

タジとアルは、驚いて顔を上げました。

アルが薬草の知識以外に、護符や結界を張る呪術師まがいの仕事ができることを、養成所で知っていたのはタジだけだったからです。

そんな二人の様子を見て、ハマド様は厳しい表情から一変、いつもの温和な笑顔になりました。

「知らなかったのか?養成所の見習い部屋など、何もかも師匠に筒抜けのところだ。お前達の師は、全てを知っている。人の体に合う薬をその都度調合できるタジ、薬草の知識だけでなく呪術も使えるアル、お前達二人がいれば、我が家は安泰だ。だから二人を見習いとして採用したのだ。護符と結界は明日中によろしく頼むぞ」

「はい」

二人は複雑な気持ちで頭を下げました。ファイサルはそんな二人をさっさと立たせると、急き立てるようにして、薬草師部屋まで連れて帰りました。二度とここへは来てはいけません。詮索もいけませんよ。と付け加えたことは、言うまでもありません。

 

 翌日、タジが薬を持ってお屋敷中を駆け回っている間、アルはレイラ夫人とお腹のお子様を守る護符と、お屋敷を呪術から守る結界作りに大忙しです。

 そしてすっかり日も暮れかけた頃。

「できた!」

アルは机の上の薬草を編んで作った護符と、お屋敷を守る結界用の五つの小さな水晶の欠片を、そっと大きな両手で包み込みました。

「よろしくな。ちゃんとレイラ夫人とお子様、そしてお屋敷を守ってくれよ」

そう言うと、長いまつげを伏せて、そっと手の甲に口づけしました。

すると、アルの手のひらに包まれた護符と水晶に西日が差し込み、キラリと一瞬輝きます。

全ての作業が終わり、ふう、と疲れた体を椅子に投げ出していると、治療が終わったタジが、戻ってきました。

「ただいま。ファイサルさんからお前にだって。お茶でも入れるか?」

タジはナツメヤシの入った、小さな包みをアルに渡しました。

「またナツメヤシかよ?あいつ、何を企んでやがる?」

初日の夕方の、例の一件以来、アルはナツメヤシが大好物だとお屋敷中に知れ渡り、女中や侍女だけでなく、時々治療に訪れる兵士の中にも、ナツメヤシを持って来て、アルのご機嫌を伺うものが、後を絶ちませんでした。

「やれやれ、今度は何だろうな」

アルが包みを開けると、小さな紙が入っていて、女性の繊細な字で、何か書いてあります。


昔からナツメヤシが大好きな二人の薬草師様、いつもありがとうございます。第三夫人レイラ


「おい、タジ!!ナツメヤシが好きってお屋敷中にバレたのは俺だけなのに、昔からって、しかも二人のって、やっぱりレイラ夫人は養成所の近くの市場の……」

続きを言いかけたアルの口を、タジの指がそっと塞ぎます。

「いや、それ以上は言わない方がいい。俺は真実より、俺達の命の方が大事だよ」

「……そうか、そうだな。確かにその通りだ。これを食いながらお茶でも飲むか」

「ああ」

二人はとりあえずお茶を入れて、一服することにしました。

そんな二人を屋敷の庭からこっそり、見ている男がいました。養成所で一緒だったヤズィードです。しかし二人がその存在に気づくのは、もう少し後になりそうです。


 その昔、まだアルとタジが幼い頃のことです。

砂漠に嵐が訪れたある日、突然、王が亡くなりました。王には数え切れないほど妃がいたので、子どももたくさんいましたが、王子は一人だけで、まだ十歳になったばかりでした。

幼い王子は、すぐに新しい王として即位しました。しかし、大臣を務める国一番の大貴族ダラームは、何人もの有力な貴族達を味方に、幼い王の後見人になるふりをして、その玉座を奪う機会を、虎視眈々と狙っていました。

 ところが王は、大変賢い男でした。ダラームの企みをいち早く見抜くと、信頼のおける貴族達を取り込み、こっそり味方を増やしていきました。そして、十三歳になった誕生日の夜、祝宴に乗じて王の命を奪おうとしたダラームの手先を捕え、反逆者となったダラームの屋敷へ、兵を率いて一気に攻め込みました。

 まさか十三歳の王が兵を寄越すとは思ってもいなかったダラームは、王宮の精鋭部隊に全く歯が立たず、あっという間に制圧されてしまいました。そして、ダラームの一族は滅ぼされ、ダラームに味方した貴族たちも、次々と滅ぼされていきました。

 レイラの父親も、そんなダラームに味方した貴族の一人でした。両親も屋敷も失った五歳のレイラは、たった一人生き残った執事と共に、その日から、王都の片隅で隠れるようにして、暮らすことになりました。


 ところが若き王は、ダラーム一派の生き残った女達には、見て見ぬふりをしました。そして国の安定のために貴族同士の争いを禁じただけでなく、王立薬草師養成所と薬草研究所を立ち上げ、王都の王侯貴族が屋敷で扱う薬草を全て管理することで、毒殺や自ら命を絶つことを防ぎました。国はすっかり平和を取り戻し、人々が安心して暮らせる毎日が戻ってきました。

 しかし、貴族の中には、王を殺そうとしたダラーム一派の女達を、許せない者達がいました。

彼らはこっそり「砂漠の闇夜」という組織を作り、女達の動向を監視するようになったのです。

このことに気づいたレイラの執事は、お屋敷に出入りしていた果物商に、レイラを奴隷の娘として引き取って欲しいと頼みました。生まれたばかりの頃からレイラをよく知っていた果物商は「奴隷なんてとんでもない、引き取るなら娘として大切にする」と言いましたが、執事は譲りませんでした。

「執事がついていながら、貴族の娘が奴隷に身を落とすことは、ありえないことです。だからこそ、逆に奴らの目を欺くことができます。ぜひ表向きは店の奴隷として、大切に育ててください。時が来れば、必ずしかるべき方が、お迎えに来られます」

執事がどうしてもと何度も頭を下げるので、果物商もとうとうレイラを奴隷として、引き取ることにしました。

「今日からあなたの名前はサバーです。身分は奴隷でも、私たちの本当の娘として大切にお育て致します。だから、生き延びるための不自由を、どうか我慢なさってください」

果物商のおかみさんはそう言うと、町の人が着ている真っ白い服を脱がせ、奴隷の証である薄茶色の服をレイラに着せました。レイラは泣くことも嫌がることもしませんでした。その代わり、

「おかみさん、これからよろしくお願いします」

あどけない口調で言うと、天使のように可愛らしい笑顔を見せました。

「なんて健気なお嬢様……」

その細くて小さな体を抱き締めると、おかみさんはとめどなく涙を流しました。


 あれから十年が経ちました。

サバーは、それは美しい娘に成長しました。漆黒の美しい髪、長い睫毛は大きな瞳の輝きをより際立たせていました。薄茶色の奴隷の服はいつもこざっぱりと整えられていて、そこから伸びる長い手足は、女性らしくすらっとして、まるでガラス細工のようです。

果物商は王立薬草師養成所の近くの市場に店を出していて、サバーの主な仕事は、店でナツメヤシやぶどうなど、乾燥させた果物を売ることでした。

「サバー、最近どう?元気にやってる?」

毎月お給料日になると、そう言って必ず顔を出すのが、タジとアルでした。

二人は王立薬草師養成所の見習いらしく、実家に送金した残りの生活費から、銅貨一枚を自分のお小遣いとして、大切に握りしめてやって来ます。いつも声をかけてくるのはアルの方で、タジはあまり話しませんが、優しそうな青年だと、サバーは思っていました。

「えっと、いつものナツメヤシを銅貨一枚分ずつ、二人分よろしく」

「分かったわ」

サバーは心からの笑顔で返事をすると、二人が差出した袋に、ナツメヤシの実を今日は少し多めに入れました。

「いつもお店に来てくれるお礼よ。おかみさんには内緒ね。これからも勉強頑張ってね」

「え、いいの?嬉しい!ありがとうサバー、また来るよ」

「うん、いつもありがとう」

 しかしそれからまもなく、サバーは市場からいなくなりました。

代わりにお店に出るようになったおかみさんの話によると、どこかの商家の主人に見初められて、お嫁に行ったとのことでした。


「レイラ夫人、お薬をお持ちしました」

タジが部屋の入り口で声をかけると、今日はすっと扉が開きました。

「どうぞお入りください」

侍女はうやうやしくそう言うと、タジを見てにっこり会釈しました。奥の椅子に腰掛けたレイラ夫人は、タジを見ると恥ずかしそうに、そっと目を伏せました。

なぜならナツメヤシを買いに来ていた頃のタジは、まだ子どもの面影があって、背もアルより少し小さかったのに、今目の前いるタジは、アルよりはるかに背も高く、知的な雰囲気の立派な青年だったからです。タジはレイラ夫人の前に大きな体を曲げて跪くと、

「お加減を診させて頂きます」

そう言って、顔色や手足の状態、脈の速さや目の色などを、丁寧に診ました。

「お変わりないようですね。では今日もいつものお薬を、毎食後にお飲みください」

薬草師部屋で煎じてきた薬の包みを三つ、テーブルの薬皿の上にきちんと並べます。

「何かございましたら、いつでもご連絡を。では、失礼致します」

薬草師としての仕事を終えて、部屋を後にしようとしたその時、

「薬草師様」とレイラ夫人はタジを呼び止めました。はっとして扉の前で振り返ると、レイラ夫人は優しい微笑みを浮かべたまま、タジを真っ直ぐ見つめています。

「先日のナツメヤシは、お口に合いましたか?」

タジは一瞬、ドキッとしました。が、平静を装い、再び跪きます。

「はい、大変懐かしく、美味しく頂きました。お心遣い、ありがとうございました」

「それはよかったわ。これからもよろしく頼みますね。薬草師様」

「はい」

タジはもう一度頭を下げると、立ち上がり、足早に部屋を後にしました。

よかった。彼女は幸せに暮らしている。そう思うと、何とも言えない嬉しい気持ちが、込み上げてきました。


いつもありがとうございます!

これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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