3見習い薬草師の初仕事
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朝、太陽が少しずつ空に昇ろうとする頃、タジは早々と着替えを済ませていました。
台所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見ます。
いつも通りの顔色、髪もすっかり整えて準備万端です。今日から貴族のお屋敷の見習い薬草師だと思うと、気持ちが引き締まります。
「頑張らなくちゃな。やるしかない」
鏡の中の自分にこっそり言い聞かせていると、後ろでさっき起きたばかりのアルが、切れ長の美しい目を擦りながら大きな欠伸をしました。
「おはよう、タジ」
「おはよう、早く着替えないと、間に合わないぞ」
「分かってるよ、ふぁーあ。あー眠い」
よくもまあ、タジは毎朝こんなにシャキッと起きられるものだよな、とブツブツ言いながらアルが寝間着を脱ぐと、彫刻のように美しい顔と体が鏡に映りました。肩より少し長い髪は、寝癖でボサボサです。長めの前髪が無造作に鼻筋に貼り付いていますが、それすらもアルの美貌を際立たせています。
「あーあ、髪なんて生えてなきゃいいのになぁ」
ボサボサの髪に文句を言いながら、櫛で整えて一つに結わえる姿を見て、タジは昨夜のことを思い出しました。
部屋の片付けや明日からの仕事の準備が終わったので、夕方二人で市場に、夕食を買いに行こうとした時のことです。お屋敷の廊下を歩く二人を見た女中達が、頬を赤らめてひそひそ噂話を始めました。
「今度の薬草師様の右の方、すごく美しいわね」
「本当に。まるで神話に出てくる神様のようだわ」
「左の方もなかなかよ。背が高くて知的で素敵よね」
そんな言葉が聞こえてきて、タジはちょっぴり恥ずかしくなりました。アルはどうしているのかな、とちらっと横をみると、噂話が聞こえていないのか、鼻歌を歌いながらご機嫌で歩いています。すると、女中の中の一番若い娘が、仲間達に冷やかされながら、アルのところへ近づいてきました。
「あ、あの……薬草師様」
娘は小さな声で、アルに話かけました。
「ん?あ、俺?」
「はい、あの……これを……」
娘はそう言うと、顔を真っ赤にして、アルに小さな包みを渡しました。
「これ、何?」
アルが美しい瞳で娘を見ると、娘は顔を耳まで真っ赤にして、俯いてしまいました。
「ナツメヤシでございます。よろしかったらお夕食の後に、召し上がってくださいませ」
娘は気の毒なほど真っ赤になりながらそう言うと、待っていた女中仲間達のところへ、小走りで戻って行きました。
女中達は、アルの様子をちらちら見ながら、キャーキャー嬉しそうに、娘を冷やかしています。
「ありがとう!俺、これ大好きなんだよね。いただきます!」
アルが娘に聞こえるように、大きな声でお礼を言うと、女中達は全員顔を赤らめて、恥ずかしそうに足早に立ち去っていきました。
「やった、タジ!ナツメヤシこんなに貰っちゃった!晩飯食ったらデザートに食おうよ」
「そうだな」
子どものように喜ぶアルを見て、タジは思わず苦笑いしました。
これからもお屋敷の台所のナツメヤシが、時々女中達からアルの元に、こっそり運ばれて来るのかもしれません。
でも、それでもアルは、自分が美しいって絶対に自覚しないんだろうな……そこがいいところなんだけどな。そう思うとタジは、アルを堪らなく微笑ましく思いました。
「さ、仕事へ行くぞ!」
ようやく身仕度を調えたアルに言うと、タジは部屋の扉を開けました。
見習い薬草師としての最初の仕事は、食堂で皆と朝食を食べることです。
主人であるハマド様を中心に、三人の奥様、八人の子ども達、執事のファイサル、それから兵士長など、お屋敷の重役たちと一緒に、朝礼と仕事の報告がてら、毎日朝食を食べなければなりません。
そしてこの時に、ハマド様とその家族の健康状態をチェックするのも、薬草師の大切な仕事です。
食堂へ入ると、すでに執事のファイサルと兵士長と思われる、ムキムキ筋肉の中年の男が座っていました。ファイサルはタジとアルを見つけると、書類を手にさっと近寄ってきます。
「おはようございます」
二人が先に挨拶をすると、ファイサルも笑顔で「おはようございます」と、挨拶を返しました。今日はとても機嫌が良いようです。
「見習い薬草師殿。ハマド様達が来られる前に、ざっくりお屋敷の仕事の流れを説明いたしましょう」
ファイサルから聞いた、お屋敷での仕事の流れはこうでした。
まず、朝食時に仕事の状況報告と、ハマド様一家の健康チェックをします。それから薬草師部屋で腰に持病のあるハマド様や、妊娠中の体調不良に悩む、第三夫人の薬の準備をします。必要な薬は養成所で習った通り、王立薬草研究所へ発注をかけて、取り寄せます。そして午後は夕方まで薬草の研究をしながら、その合間に怪我人や急病人の手当や治療を、その都度行います。日が暮れる頃には、仕事は終わりです。
「食事は食堂で食べるのは朝だけで、昼は忙しいでしょうから、薬草師部屋に毎日届けさせます。夜はハマド様は日暮れとともにお食事をなさるので、各自ばらばらです。市場も近いので、部屋で好きなものを食べてください」
要は夜は自由なので、勝手に食べていいですよ、ただし何かあった時にいないのは困るので、部屋には必ずいてください。ということです。
「でも家にも仕送りしなくちゃだし、毎日市場で買って食べていたら、見習い中は財布が持たないよ。どうする、タジ?」
ファイサルが席に戻ったのを見計らって、アルはひそひそ声で言いました。
「だよな。じゃあ、晩飯は俺が作る。実は俺、飯を作るのは得意なんだ」
「やった、助かるよ。実は俺、飯を作るのはこの世で早起きと掃除の次に、キライなんだ」
食堂の一番末席で二人が小さな声でやりとりしていると、ハマド様とその家族が入ってきました。
相変わらず優しそうな笑顔のハマド様の後ろに、第一夫人、第二夫人、八人の子ども達を挟んで、ちょっと遅れてまだあどけない顔をした、第三夫人が入ってきました。この国の女性はみんなベールを身につけて髪を隠していますが、顔ははっきり見えます。第三夫人の顔を見たアルはびっくりして、思わずタジの太ももをつつきました。
「おい見ろ、あの女」
アルに太ももをつつかれて第三夫人を見たタジも、びっくりして言葉を失います。
「……養成所の近くの市場にいた女だ、間違いない。確か名前は……何だっけ?」
誰にも気づかれないように、二人でこっそり話しているうちに、ハマド様一家は席に座りました。
最後に入ってきた第三夫人は落ち着きなく周囲を見渡すと、タジとアルを見つけて一瞬、焦ったように目を泳がせて、そっと目を逸らしました。
「サバーだ。市場の近くでナツメヤシを売っていた、奴隷のサバーだ」
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次話も続きますので、よろしくお願い致します!