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見習い薬草師に就職しました!  作者: 日下真佑
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2華やかな王都での晴れやかな旅立ち

薬草師一挙連載していきます。どうぞお付き合いください!!

 砂漠と太陽の国は、かつてこの国に攻め入った異国の王が王都を見て、「砂の楼閣」と呼んだ通り、王都の周囲の半分が砂漠に囲まれています。

王立薬草師養成所は、そんな王都にある、王侯貴族お抱えの薬草師を養成する、官費で学べる国でたった一つの学校です。

入所するための条件は、まずは健康であること。そして住んでいる町の長老と神官の面接を受けて、薬草師の知識を習得できそうな人間であると認められ、紹介状を貰うことです。

四年前、タジとアルの二人の少年も、勉強しながら毎月金貨五枚が貰えることと、将来は王侯貴族お抱えの薬草師として、裕福な暮らしができると信じて、応じました。

そして、四年間の厳しい修行を終えて今日、二人は将来有望な見習い薬草師として、晴れて貴族のお屋敷に赴任するところです。

 しかし、そんな旅立ちの朝、アルはとても不機嫌でした。

一年半前からタジと二人で住んでいる見習い部屋で、朝から綺麗な切れ長の目を擦りながら、ふくれっ面で渋々着替えをしています。

「そんなに不機嫌になるなよ。これをやるのも最後なんだから」

タジがなだめるように声をかけますが、アルのふくれっ面は直りません。

「知ってるよ!今日で俺たちはここを出る。でも、だったら何で、こんな大切な日の朝まで掃除しなくちゃならないんだよ。すごく眠いのにさぁ」

「まあまあ、最後のお勤めだと思って、我慢しようよ」

「分かってる!あーあ、眠いのに……ほんと最悪だ」

養成所では、毎月月の一番最初の朝は夜明けとともに起きて、敷地内にある神殿の掃除をすることが、決められています。今日で養成所を修了するタジやアルにとっても、それは例外ではありません。

二人が神殿に現れると、すでに後輩の見習い達が、掃除道具を手にせっせと掃除を始めていました。アルの姿を見ると、後輩の一人がそっと目配せして、アルに掃除の済んだ場所を譲ります。アルの掃除嫌いを知っていて、わざと譲ってくれたのです。端正な美貌の十七歳であるアルは、その容姿に似つかわしくない人懐っこい性格から、後輩にも絶大な人気がありました。

「偉くなったもんだな、アル」

すでに綺麗になった場所を、形ばかり掃除するふりをしているアルの足下に、紙くずが一つ転がりました。アルが驚いて顔を上げると、同期のヤズィードが睨んでいます。

「貴族の家の見習いに選ばれたからって、いい気になるなよ」

「なってねえよ、お前には関係ないだろう?」

アルが面倒臭そうに睨みかえすと、ヤズィードはちっと、わざと聞こえるように舌打ちしました。

「タジはともかく、何でお前が選ばれるんだよ。お前なんて、顔がいいだけじゃねえか」

「何だとっ!」

「やめろよ、アル!」

ダン、と思わず一歩踏み出そうとしたアルの肩を、タジが止めました。

「今日でここを出るんだ。喧嘩はだめだよ」

「くそっ」

なんとか拳をおさめたアルを、忌々しそうに睨みながら、ヤズィードは去っていきました。

あわよくば喧嘩を吹っかけて、二人の見習い薬草師の内定を取り消しにするつもりだったのだと気づき、タジは身を竦めます。

ここを修了したからと言って、みんなが王侯貴族の見習い薬草師になれるわけではありません。四年の間に就職先が決まらなかった場合は、この養成所に残り、王侯貴族お抱え薬草師の注文に合わせた薬草を調合する調合係になるか、疫病の研究をする学者になるかの、どちらかの道を選ぶことになります。

成績優秀な者なら、疫病の研究をさせてもらえますが、ヤズィードの成績だと、薬の調合係になるほかありません。そうなると一生裏方の薬草師で、王侯貴族お抱えの薬草師みたいな、華やかな活躍の道とはほど遠い生活になってしまいます。

「ちゃんと見習い薬草師を勤め上げて、本採用されないと、俺達に後はないんだ。やっかむヤツもいるけど、ここは我慢しようよ。な、アル」

「分かってるよ、あーあ、何でめでたい日の朝から、嫌なことばっかりなんだよ。やってらんねえ!」

しかし何があっても、今日は旅立ちの日です。色々あった最後の掃除の後、いつもの食堂での朝食を終えると、二人は少ない荷物を全部持って、見習い部屋を出ました。

何だか夢を見ているみたいで、タジにはこれからここを出ていくことが、信じられない気持ちでした。

養成所の長である師匠の部屋へ挨拶に行くと、師匠は仕事をしながら、二人を待っていてくれました。

「長いようであっという間の四年だったな。モハド家のお屋敷はここからそう遠くはない。何かあったらいつでも来なさい。わしも王室見習いだったころは、よくここへ泣きついたものだ」

「はい、ありがとうございます。本当にお世話になりました」

二人は深々と頭を下げて、師匠にお別れをしました。

修了して就職先が決まった者だけが着られる、裾と袖口に淡いブルーのラインの入った、真っ白い薬草師の衣服を身につけて、緊張しながら養成所の門を後にします。

「いよいよだな、アル」

「ああ、歩いて行くのは、ちょっとかっこ悪いけどな」

二人はモハド家のお屋敷へ向けて、出発しました。

 養成所から一時間くらい歩くと、次第に王様の住む宮殿の屋根が見えるようになりました。

金色に輝く煌びやかな建物は、今まで養成所と近くの市場にしか見たことのない二人にとって、息を呑むほど美しいものでした。

そして、気がつけば色とりどりの珍しい品物がずらりと並ぶ、大きな市場を歩いていました。

「タジ、見ろ!王都は本当はこんなに華やかなところなんだな!!」

「ああ、目が眩みそうだよ。俺たち本当に、こんなところでやっていけるのかな」

歩き疲れたのか、タジは少し自信なさげに、アルの顔を見て言います。

しかしアルはそんなタジにニヤリと微笑むと、ぽんと背中を叩きました。

「大丈夫だって!俺たちは選ばれたんだからさ。自信持てよ」

「そうだけど…何で二人一緒に選ばれたのかなって、ずっと考えていたんだ。普通は一人だよな?」

「で?」

「言いにくいんだけど…お前が綺麗だから、その……もしや……」

「アホか!モハド様には奥様が三人もいるんだぞ、変な妄想するな!」

「すまん」

神妙な顔をして本気で謝るタジが可笑しくて、アルはお腹をかかえて、ゲラゲラ笑いました。

「あー、おかしい!タジは昔からそうだよな。想像力は他で使えっての!」


 それから約一時間くらい、散々市場を迷子になりながら、ようやくお屋敷へたどり着ころには、すっかり二人は腹ぺこでした。

 モハド家のどこから入ったらいいのか分らないほど大きな門を見上げながら、市場で何も食べなかったことをちょっと後悔しました。

「さあ、行くか?タジ」

「あ、ああ。行くしかないな!」

ぐう、と鳴るお腹をひっこめながら、二人はモハド家の警備兵に近づきました。

「あの、王立薬草師養成所から参りました見習い薬草師です。ご主人様にお取り次ぎ下さい」

屈強な鎧姿の警備兵に勇気を出して伝えると、警備兵はギロリとタジをにらみました。

ひいっ!と、タジが一瞬ひるんでいると、警備兵はタジから目をそらして、無表情のまま門を開けました。

「どうぞお通りください。広間でご主人様が待ちくたびれておられます」

 偉い貴族のお屋敷というのは、本当に信じられないことばかりあるものです。

タジとアルが足早に大きな門をくぐると、立派な木々や見たこともない美しい鳥が羽を広げて悠々とくつろぐ、広大な庭が待ち構えていました。

「……なんて無駄に広い庭なんだ!」

「アル、とにかく急ごう!ご主人様を待たせていいことなんて、一つもないからな」

タジがそう言うと、アルも黙って頷いて、二人は息を切らしながら、必死に歩きました。

走っても数分かかりそうな広い庭を早足で抜けると、立派な石作りのお屋敷の入り口に、真っ白い衣服を着た背の高い男が待っていました。二十代半ばくらいの几帳面そうなその男は、二人を見ると怒ったように眉を寄せます。

「見習い薬草師殿、やっと来られましたか。私はこの家の執事のファイサルという者です。先をお急ぎ下さい。ご主人様はカンカンにお怒りです!」

「そんな!!」

「いいから、黙って私について来てください」

アルが思わず心の中を口にするも、ファイサルは取り合わず、そのままお屋敷の扉を開けて、中へと入って行きました。

大理石を敷き詰めた廊下を、いったいいくつ部屋があるのだろう、と数える暇もなくどんどん歩いていくと、ようやく目の前に広間のものらしき、一際立派な扉が現れました。昼の食事をした後らしく、扉の前には何人もの女中達が、片付けたばかりの食器を乗せたお盆を、手際よく運んでいます。

食べ終わったお皿からする、香草とスパイスの美味しそうな匂いを嗅ぎながら、二人のお腹は再びぐうぐう、と鳴りはじめました。

おい、どうする?お腹の音がまずいこいとになってるんだけど。二人は顔を見合わせます。

しかし二人が止まらないお腹の音にばつが悪そうにしているのも気にせず、ファイサルは立派な扉の前に立ち、ふう、と一息入れて、重い扉を押し開けます。

 扉の向こうには、まるで王様の玉座のような上等な椅子が一つあり、そこにこの屋敷の主人らしき恰幅のよい中年の男が座っていました。優しそうな人だと、タジは思いました。

「この屋敷の主、ハマド・モハド様です」

ファイサルがそう言うと、二人は大理石の床に素早く跪きました。タジはひたすら恐縮して頭を垂れていますが、アルはちらちら上目遣いで、初めてみる貴族がどんな男なのか、興味津々です。

着ている服は、金糸の刺繍が施された、とても高そうなものですが、顔はどこにでもいるおじさんだし、はっきりいって太っていて美しいとはほど遠い容姿です。しかし、どんな容姿であっても、貴族というのはどことなく品があり、圧倒するような威厳があるものだと、跪きながらアルは感心していました。

ファイサルが恭しくハマド様に近寄り、耳元でひそひそ何やら伝えると、ハマド様は太い人差し指をちょいちょいと動かして、タジとアルにを顔を上げるように合図しました。

「大変遅くなりました。申し訳ございません」

顔を上げるや、タジが緊張した声で言うと、ハマド様は「問題ない」と言わんばかりに、にこりと嬉しそうに微笑みました。

何だ、カンカンに怒っているとか、嘘だったのかよ。アルはファイサルにちらっと目をやりますが、ファイサルは「遅く来たお前らが悪い」と言わんばかりに、アルを無視しています。

「で、どちらがタヒールで、どちらがアリーなのだ?」

ハマド様が二人の本名を訪ねたので、アルが答えようと口を開けましたが、それより早くファイサルが、

「大きい方がタヒール、美しい方がアリーでございます。似た名前の者がたくさんお屋敷におります。この者たちはタジとアル、とお呼び下さい」

と返事をしました。

本当に抜け目のないヤツだ、とアルはじろりとファイサルを睨みましたが、ファイサルは知らん顔です。ハマド様はそんなファイサルに慣れているのか、相変わらずにこにこ人の良さそうな笑顔のままで、

「そうか。ではタジとアル、今日はゆっくり休んで、明日からしっかり勤めるがよい」

と言いました。

「はい」

二人が返事をして再び深々と頭を下げた時、忘れていたお腹の虫が今日一番大きな音で、ぐうー、と同時に鳴り響きました。

タジは咄嗟にお腹を手で押さえると、顔を真っ赤にして俯きました。しかしアルは、

「すみません、実は俺たち昼食を食べそびれてしまって…何か食べ物を頂けるとありがたいのですが……」

と堂々とハマド様に言うと、最高に美しい笑顔で微笑みました。

「こら、無礼者!!」

ファイサルが、慌ててアルを怒鳴りつけましたが、ハマド様は面白かったのか愉快、愉快と大笑いしながら、

「正直でよい。ファイサル、案内のついでにこの者たちに、お前手ずから昼食を運んでやれ」

と命じました。

 挨拶が終わると、二人は食事を乗せたお盆を慣れない手つきで持つファイサルに連れられて、屋敷の離れにある薬草師部屋へ行きました。

前の薬草師が使っていた、古いけど立派な道具が並ぶなかなか小綺麗な仕事部屋の隣に、自炊できる小さな台所と、真新しいベッドが二つある清潔な部屋が用意されていました。

「結構いい部屋だよな。養成所の見習い部屋より全然いいよ」

タジは嬉しそうでした。

「そうだよな。飯も美味いし、なかなかいい待遇かもな」

何で私が?と仏頂面のファイサルが渋々運んできた食事を美味しそうに頬張りながら、アルも満足そうです。

明日からはこの大きなお屋敷全員の健康を守るために、見習い薬草師としての仕事が始まります。

さて、どんな毎日が待っているかは、明日になってからのお楽しみです。


これからもよろしくお願いいたします!

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