1憧れの王都へ行きたい
お久しぶりです。日下真佑です!
昨年4月から12月まで連載、多くの方にご愛読いただきました、「見習い薬草師に就職しました!」が帰って来ました!!
本当は書籍化目指して、文学賞に応募していましたが、残念ながら三次選考で落選しましたので、今後はこちらで皆さんに楽しんでいただきたく、連載致します。
どうぞよろしくお願い致します!!
砂漠に沈む夕日は、いつもと変わらずとても綺麗でした。
どこまでも続く砂の向こうに、燃えるような太陽が静かに吸い込まれていく様を見るのが、タジは堪らなく大好きで、毎日家の薬草畑仕事を終えると、その瞬間を楽しみにしていました。
砂漠の向こうには街があって、そのまた向こうにも砂漠があって、そのずっとずっと向こうには王様の住む王都があるんだよ。
昔、父さんが教えてくれたこと。
王都がどんなところか知らないけれど、いつかこの田舎町から出て、一度は行ってみたいと、タジは幼い頃から思っていました。
十三歳になると、この国では男は一人前と見なされ、働きに出ます。誕生日を迎えた幼なじみの何人かは、王都にある大きな商家へ働きに出たり、職人の修行をするために、この町を去って行きました。本当はタジだって来月十三歳の誕生日を迎えたら、王都へ行きたくて堪らないのが本音です。
でもタジの家は薬草農家です。母さんは足が悪くて畑仕事ができないので、薬草畑の世話は父さんとタジでやらなければなりません。もしタジが王都へ行ってしまえば、薬草畑の世話が間に合わず、両親や幼い弟や妹、年老いたおばあちゃんが路頭に迷ってしまいます。
「今の俺には大切な薬草畑をほったらかして、王都へ行くなんてとてもできないよな…」
タジはいつしか砂漠に沈む夕日を眺めながら、遠い王都への夢を、半ば諦めようとしていました。
ところが十三歳になって初めての新月の日、そんなタジに思わぬチャンスが訪れました。
「おい、タジ!いい話あるから、ちょっとだけ長老のところに付き合えよ」
幼なじみのアルは突然薬草畑に現れると、仕事をしていたタジの腕を掴みました。
長老の屋敷は町のメインストリートにあたる、ちょっと賑わった場所にあります。
十三歳でも大人みたいにすらっと背が高く、端正な顔立ちのアルを見て、頬を赤らめてひそひそと噂話を囁き合う娘たちを歯牙にもかけず、アルは足早に長老の屋敷の門の前に、タジを引っ張っていきます。
「見ろ、タジ!」
『王立薬草師養成所見習い募集の案内 給料支給、学費無料、衣食住付き、修了後は王侯貴族お抱えの薬草師への道が開けます』
石造りの門に、立派な木の板に大きな文字でこう書かれたものが、丁寧に貼り付けられています。
薬草師はこの国ではいわゆる医者のようなもので、体の調子を診たり、病気になれば薬草を調合して治療する大切な仕事です。
タジやアルの町にも薬草師はいますが、田舎町で薬草師を名乗っている人は、貴族付きの薬草師の助手だった人や、助手のそのまた助手のような人で、難しい病気を治す方法や、新しい薬草の知識は持ち合わせていませんでした。
しかし、王立薬草師養成所で見習いの勉強を終えれば、最新の治療方法や薬草の知識が得られるだけでなく、将来は王侯貴族のお抱え薬草師として、裕福な暮らしも約束されています。
「どうだ?王都へ行けるだけでなく、将来はお金をいっぱい稼いで家族に楽をさせてやれるんだぞ。一緒に頑張ってみようよ、な?」
アルは切れ長の美しい目を小さな子どもみたいにキラキラさせて、タジを見ました。
確かにとても魅力的な話だし、これは王都へ行くまたとないチャンスです。
しかしタジは、家の薬草畑のことを考えると、どうしても頷くことができません。
そんなタジの心を見透かしたように、アルはもう一度募集案内の一番下の文字を、トントンと指差しました。
「もう、ちゃんと条件読めよ!見習い中でも、毎月金貨五枚貰えるんだぞ。そんだけあれば、お前の家族も困らなくて済むだろう?」
タジは、はっと顔を上げました。
見習い中でも金貨五枚も貰えるなら、畑で薬草を作って売って毎月得るお金より、少し多いくらいです。自分がいなくても、家族が生活に困ることはありません。
「分かったよ。俺も一緒に薬草師目指すよ。今夜、父さんに話す」
「やったー!絶対親父さん説得しろよ。そんで、一緒に王都で頑張ろうな!」
大喜びするアルを見ながら、タジは閉じかけていた夢の扉が、思いもかけず開いていくのを感じて、胸が高鳴りました。
一週間後、なんとか両親を説得した二人は、長老や町の神官の面接を無事クリアして、町から出発する隊商の馬車に乗せてもらい、王都へと旅立ちました。
あれから四年。
十七歳になったタジとアルは、毎日見習い薬草師になるための、厳しい修行に励んでいました。
養成所には最初は全国から集まった仲間が千人以上いましたが、勉強についていけない者や、下働きが嫌な者が次々と去っていき、今いる見習いは二百人くらいでした。二人の成績はタジが上の上、アルは中の上といったところで、タジは素朴な雰囲気そのままに、背が高くいかにも薬草師といった知的な雰囲気の青年になりました。元々端正な顔立ちだったアルは、彫刻のようにすらりと均整のとれた体型で、切れ長の目に美しいバラ色の唇を持つ、美貌の青年に成長しました。華やかな王都の往来を歩くだけで、たくさんの女性から熱い視線を向けられるアルですが、実は女性があまり得意ではないらしく、美しい容姿にそぐわない、無邪気で楽しい性格そのまま、まるで子どものような人懐っこい笑顔で、市場の店主と会話を交わすのが日課でした。
そんなある日、養成所の長である元王室付き薬草師の師匠から、見習い薬草師としての就職先が決まったことを知らされました。
「雇い主は王都の貴族ハマド・モハド様で、契約は二人一緒。見習い期間三年間で、給料は毎月一人金貨十枚。無事見習いの三年間を勤め上げたら、正式にモハド家のお抱え薬草師として毎月一人金貨二十五枚で採用するとのことだ。モハド様は中級貴族ながら、将来性のあるお方、不足はあるまい」
やった!と二人が心の中でこっそり、ガッツポーズをしたことは、言うまでもありません。
何しろ、二百人の見習いの中で、貴族のお抱えになれたのは、三番目の早さだったからです。しかも、幼なじみの二人同時に採用というのは、なかなかない奇跡のような条件でした。
「やります!頑張ります!よろしくお願いします!!」
タジとアル、二人は口をそろえてそう言いながら、師匠に深々と頭を下げました。
これから始まる物語は、そんなタジとアルが、煌びやかな王都の中級貴族のお屋敷で、見習い薬草師として過ごした、本当の物語です。
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