頑固なタマゴ
俺様は卵である。
卵ではあるが、この硬い殻は誰にも負けない自負がある。
こんなに硬くて凄い俺様の事を、周りの奴等は「卵のくせに頑固な奴だ」と評価する。
そんな雑な評価など俺様の知った事ではないがな。
俺様の殻は決して誰にも破られはしない!
それが俺様の誇りなのだ。
以前、母が俺様をうっかり巣から転げ落としてしまった事がある。
しかし俺様は割れる事なくゴロリと旋回し、転がった勢いのまま巣に戻り事なきを得たのだ。
あの時の母の喜びようは凄まじかった。
俺様の頑丈エピソードは他にもある。
母が不在のある日、俺様は不覚にも六個の兄弟達と共に強大な外敵に襲われてしまったのだ。
グワッと襲い掛かる鋭い牙。
ガキンと音を立て、傷一つ付かない俺様の殻。
あまりの硬さに怯んだ外敵は狙いを末っ子卵に代え、バリムシャアと食事を始めてしまった。
しかし幸か不幸か、先程の「ガキン」音を聞いた母が大慌てで帰還した為、全滅は免れた。
末っ子の死は悲しかったが仕方ない。
奴は俺達七個兄弟の中でも最弱。
卵界の面汚しとまではいかないものの、如何せん硬さが足りなかった。
それからも何度となく自然の脅威や外敵からの強襲に遭い、兄弟卵達は一個、また一個と割れていく。
最終的に無事に残った卵は俺を含めて四個だった。
そして遂にその時は来た。
パキリ、パキリと音を立て、兄弟達は殻を割って卵である事を卒業し始めたのだ。
固唾を飲んで見守る母と俺様。
兄弟達は徐々にバキバキと勢いをつけて殻を破りだし、とうとう中身が誕生した。
けたたましい産声を上げる兄、弱々しい産声を上げる兄、気管に何か入ったのかむせ返る不憫な弟──
ん? 俺様は孵らないのかって?
ふん、当然だろう。
折角こんなにも頑強な殻を持って生まれたのだ。
わざわざ自分で割る馬鹿がどこに居る。
この殻こそが俺様であり、俺様といえばこの殻なのだ。
不躾な兄弟達に蹴られ、転がされ、ぶつけられても、俺様はヒビ一つ入らない。
ゴロリと転がる俺様に、母はいつも「本当に丈夫な卵ねぇ。頑丈なのは良いけれど、早くお顔が見たいわ」と笑うばかりである。
少し申し訳ない気もするが、こればかりは譲れない。
俺様にとってこの殻は、母の願いよりも大切なものなのだ。
やがて兄弟は一匹、そしてまた一匹と巣立っていく。
残されたのは母と俺様だけとなってしまった。
いつもより広く感じる巣の中を、悠々自適にゴロリゴロゴロと転がり回る。
それを見た母は、またいつものように笑いながら呟くのだ。
「本当に元気な卵ねぇ。頑丈なのは良いけれど、いい加減お顔が見たいわ」
いくら母の頼みでも無理なものは無理である。
この硬い殻さえあれば俺様は無敵なのだから。
それからどれだけの月日が流れただろうか。
ある日を境に、母の姿がパタリと消えた。
食事を求めてうっかり崖から落ちたか、大きな外敵に襲われたか、出先で寿命を迎えたか──
卵である俺様には真相を知る由もない。
遂に一個ぼっちになってしまった俺様は暇を持て余し、旅に出る事にした。
ゴロリ、ゴロゴロ
ゴロリン、ゴロロ
崖から落ちても、鋭い牙や爪を持つ外敵に襲われても、雷に打たれても、馬鹿デカい落石にぶつかっても。
俺様にはヒビ傷一つ付かない。
やはりこの殻は立派だ、最高だ。
俺様は長い長い年月をかけて、色んな所へ行った。
雨の日も、風の日も、雪の日も、雹の日も。
寒い所も、暑い所も、暗い所も、高い所も。
ゴロリ、ゴロゴロ
ゴロリン、ゴロロ
どれだけの時間そうしていただろうか。
ふと気付けば、俺様はいつの間にか何もない狭い場所に閉じ込められていた。
ちっ、つまらん。
だが何故か心が落ち着く。
何もないが、温かいのだ。
どこか懐かしいような不思議な気分だ。
出られないなら仕方ない。
俺様はこの居心地の良い不思議な空間で、何をするでも無くただジッと心身を休めて過ごす事にした。
──あぁ、温かい。温かい。
思い出した。
すっかり忘れていた母のぬくもりと、兄弟達のぬくもりに似ているのだ。
なんて懐かしいんだろうか。
『本当に頑固な卵ねぇ。頑固なのは良いけど、いつかはお顔が見たいわ』
すっかり忘れていた母の声を思い出す。
結局、俺様は母の願いを叶えてやれない親不孝者であった。
──もう、良いか。
これだけ硬い殻を持つ、もの凄い俺様だ。
これだけ硬い殻を破って出る俺様が、弱い筈ないじゃないか。
パキリ、パキリ
これだけ硬い殻を持っていた、もの凄い俺様だ。
これだけ硬い殻を破って出た俺様は、誰よりも強いに決まっている。
バキバキ、パキン
「ギャオ……」
「凄い、本当に生まれたぞ! 世紀の大発見だ!」
「まさかこの令和の時代に恐竜の卵が孵るなんて!」
やたらと興奮した猿共が俺を取り囲んで大騒ぎしている。
「……ギャオ……」
「また鳴いたぞ! 可愛いなぁ!」
何故かこいつらは俺様の卵卒業を喜んでくれているようだ。
よく分からんが祝われるのは別に悪い気はしない。
「ギ、ギャオ」
俺様はとりあえず産声を上げて気恥ずかしさを誤魔化したのだった。