8 街へ行こう
「……で、改めて聞くけどさ。フィリノアちゃん、君に目標はないのかい?」
「目標ですか?」
俺が改めて尋ねると、フィリノアちゃんは「う~ん」と悩みだす。
そして暫く考えて、
「……Sランクに。伝説のSランク冒険者みたいになりたいです」
決意する様に、自分に言い聞かせる様に、俺にそう言ってきた。
ほう、Sランクってのがどれ程凄いのか余り良く分からないが、彼女が目標として言う位だ。
随分凄いのだろう。
「……Sランク冒険者っていうのは?」
フィリノアちゃんは説明してくれた。
冒険者は腕前で階級が分かれるそうで、下から駆け出しのE、そして今のフィリノアちゃんのランクである初心者を脱したD、一人前の冒険者であるC、冒険者として名が知られる程の腕であるB、ギルドからも認められる冒険者のトップであるAとなっているのだそうで、実際にSランクというランクはないのだそうだ。
「先程も言いましたけど、六百年前に魔王を討伐した方々がその功績を称えられて、魔王討伐を指示した国から称号を贈られたそうで、それ以降特に功績があった冒険者に送られる栄誉ある肩書なんです。全冒険者の憧れなんです」
「ほー」
……というか、パワーだけなら俺を装備すればフィリノアちゃんは既にその領域に片足突っ込んでいるのでは?
さっき見せてくれたステータスでは、俺という装備補正があればパワーだけなら俺のステータスの半分程になる。
今の時代の敵がどうなっているのかはわからないが、それなりに上に行けるのでは?
なんて事を俺が頭の中で考えていると、
「……それに負けたくないですしね。私を捨てた人達に」
フィリノアちゃんはそう言って笑う。
「そっか。……フィリノアちゃんは前向きなんだな」
「フィリノアで大丈夫ですよ。……年上の男の人に”ちゃん”付けで呼ばれるの、擽ったいです」
「そうかい? ……じゃあ呼び捨てで呼ぶ事にするよ。……これから装備として、宜しくフィリノア」
「……はい!! ユーグさん! 此方こそ、宜しくお願いします!」
俺達は改めて、笑顔で握手を交わしたのだった。
「……取りあえず、街に行ったら服、どうにかしましょう。見る場所に困ります」
「……ハイ、ソウデスネ」
すっかり忘れてた。
俺、今ほぼ全裸じゃん。
数時間も歩くと、街に到着した。
「ここが一番近くの街、ガンドノーラです!!」
山と山の間に建てられたその街は、緑豊かな街だった。
フィリノアちゃんが俺を担ぎながら街へと入っていく。
「おい、なんだありゃ」
「しっ! 聞こえちまうぞ。きっと特殊性癖とかだろ」
「ママーあの人どうしてあんな格好なの?」
「駄目よ見ちゃ! ほら、お菓子を買ってあげるから行きましょう」
……なんか此方を見てブツクサ言われている様な気がするが、まぁ気のせいだろう。
道行く人が、此方をチラチラと見ては、見てはいけないモノを見た、と言う様に視線を外して歩いていく。
「……服を売ってる店に急ぎましょう。私は慣れましたけど、ちょっと恥ずかしいです」
「……頼んだ」
顔を羞恥心からちょっとだけ赤らめて、俺達は一路、服を売ってる店に向かった。
――――――――――――――――
「いらっしゃ――いぃ!?」
俺達が見つけた服屋に入ると、そんな反応が返ってきた。
そりゃそうだ。
突如磔にされたほぼ全裸の男を担いだ、冒険者の格好をした少女が店に入ってきたのだから、驚くのも無理はないだろう。
「あの……この人の服が欲しいんですけど」
フィリノアが店員に尋ねると、「は、はぁ。この人の……ですか」と呆然とした反応が返ってきた後、客である事を思い出したのか、
「――コホン、失礼致しました。どの様な服をご所望で?」
「えっと……この状態でも着れる服ってありますか?」
フィリノアちゃんがそういうと、俺を上から下まで見た店員が申し訳なさそうに謝ってくる。
「……流石にウチにはその様な方が着れる服はありません」
「……そうですか」
店員の回答に、俺達はガックリ肩を落とす。
まぁ無いのも仕方がない。
「いーや、まだだよ」
その様子を見ていたのだろう、奥にいた別の妙齢の女性がこう切り出してきた。
どうやら店主の様だ。
「――悪いねぇ。だけど、ちっとばかし高めになっちまうけど、特注であれば用意出来ると思うんだ。……どうするね?」
きっと服屋としてのプライドを持っているのだろう。
矜持に火が付いたのか、そう提案してきた店主に、俺達は願ってもない、と提案を受けたのであった。
「――先ずはボサボサ伸び放題の髪と髭をどうにかしないとねぇ」
という訳で、俺の髪と髭を切る事になった。
奥のスペースから取り出してきた、服を着るためであろう鋏で、ジョキジョキと俺の髪がどんどん減っていく。
千年もの間洗われていなかった髪はギトギトで斬り辛いらしく、最終的にはフィリノアと店主、店員の三人掛かりで、俺の髪と髭と格闘していた。
そして漸く終わりの時が来た。
「……あら、思ったより男前だねぇ」
「そうかい?」
「あぁ、私の夫の若い頃と似た男前さ。……ほれ」
そういって俺に鏡を見せてくる。
三十代程の茶髪のオッサンが、そこにいた。
……久しぶりに自分の顔を見たな。俺ってこんなんだったっけかね?




