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「いいか、フィリノアちゃん。……洞窟に入った時には風の流れる方向を気にするんだ。風が来る方向、そっちに出口がある……筈だ。――丁度今歩いている方向だ」

「わかりました」


 フィリノアちゃんは暗がりの洞窟の中をゆっくり、ゆっくりと歩き出す。

 俺もせめて知識でサポートしないとな。


『――オオオオォォォッ!!』


 何らかの魔物の声が聞こえ、フィリノアちゃんの足が止まりかける……が、再び気合を入れる様にして一歩一歩、洞窟の土を踏みしめる。


「フィリノアちゃん。怖がるな。まだ魔物の声は遠いから安全だ。――今度はそっちの分岐を右だ」

「はい」


 俺の指示通り、フィリノアちゃんが洞窟の中を進んで行くと、


「ギャギャ!!」

「ギャア!!」


 魔物の声が直ぐ近くで聞こえる。恐らく、通路の先にいるのだろう。


「――っ!!」


 何の声なのかはさっぱりだが。


「フィリノアちゃん。何の魔物の声か分かるか?」

「はい。……多分、ゴブリンです」


 ゴブリンか。俺もゴブリン共の声は散々聴いている筈なんだが、長年聞いてないせいでどんな声をしてるんだか忘れてしまった。

 ザコではあるが、今の俺達の状況ではとてつもない強敵に思えるな。

 ……どうする? 逃げるにもフィリノアちゃんが逃げるには俺を置いくしかないだろう。

 天井はフィリノアちゃんが俺を振り回しても余裕がある位には広くなっているが――俺を振り回す?


「――フィリノアちゃん」

「……はい」


 俺が小さな声で話しかけると、フィリノアちゃんも小さな声で応じてくれる。


「提案だ」

「……何ですか?」


 俺の緊迫した声に、フィリノアちゃんも緊張を孕んだ声で返す。


「俺を振り回せ」

「……はい?」


 まぁ聞き返されると思ってたよ。





 ―――――――――――――――――――



 洞窟を進むと、そこにはフィリノアちゃんの言った通りゴブリンがいた。


 ゴブリン。

 緑色の身体をした小さな子供の様な体躯を持つ魔物だ。

 冒険者達の最初の敵であり、これを超えるのが一つの冒険者にとっての越えるべき山である。

 俺も戦った事があるが、群れになれば厄介であるが単体では初級の冒険者でも倒せる程の弱い敵……らしい。

 フィリノアちゃんのランクであるDランクってのがどの程度の力量を示すのかは知らないが、フィリノアちゃんの顔を見るとそれなりに戦ってきた相手なのだろう。


 ゴブリンの数は二匹。……数が多くなくて良かった。

 これから斥候にでも出るのだろう。其々斧とピッケルを持ったゴブリンが、出口のある方向に向けて「ギャアギャア」と騒がしく何かを喋りながら歩いている。

 そのお陰で俺達がいるのにも気付かれていないので、騒いでくれるのは有難い。


「……これならいけるか。フィリノアちゃん。大剣を扱った経験は?」

「はい。数回だけで、結局メイスを選んじゃいましたけど……」

「なら良し」


 数回だけだろうと、経験があるかないかは大きく違う。

 彼女のこの怪力なら、大剣も良い手だろうが、安価で狭い場所でも振り回せるメイスを選んだのだろう。


「いいか。……敵を狙って其の儘俺を横に薙げば良い。出来るかい?」

「……わかりました」


 良し、心の準備は出来ている様だ。


「――後は任せる」

「はい」


 静かに接近。


「――はぁっ!!」


 フィリノアちゃんの足音に、ゴブリンが此方に気付くが、それよりも先にフィリノアちゃんは俺を持って、大剣の様に思いっきり横に薙いだ。


「――ィ!!」

「――ギャア!?」


 速度と重さを持った一撃は、ゴブリン二匹の頭部を直撃。血を撒き散らしながら絶命する。

 うへぇ……きったねぇ。ゴブリンの血で汚れたぞ。まぁ血に塗れる事なんて慣れてるから大丈夫だけどさ。

 というか、言い出したのは俺とはいえ、振り回されるとクラクラするな。

 こりゃ慣れとかないと吐きそうだ。


「良し! やりました!!」


 フィリノアが声を上げて喜ぶ。


「アイツ等がいたって事は出口も近いだろう。気を抜かずにな」

「はい!」


 うんうん、元気があって何よりだ。

 それよりも俺の事を心配して欲しいなぁ……なんて。……うっぷ。





 ―――――――――――――――――



 その後、何事もなく洞窟を抜けた俺達は出口に辿り着いた。


「や、やりました!」


 フィリノアちゃんは手放しで喜び、俺を落としそうになると、


「おっと。――すいません」


 といって慌てて俺を掴んだ。

 それにしても久しぶりの外だ。……ホント涙が出てくるね。

 太陽の日差しがとても眩しい。


「フィリノアちゃん」

「何ですか?」

「太陽光が眩しい。俺の方を地面に向けてくれないか?」

「あ、ゴメンなさい!」


 俺の頼みを聞いて、フィリノアちゃんは俺が磔にされている方を地面にしてくれる。

 あー……太陽の光は敵だ。


「そんな事よりも、だ」

「はい。そうですね」


 俺とフィリノアちゃんは顔を見合わせる。


「「外だー!!」」


 そして精一杯、思いっきり、叫んだのだった。

 自由って良いなぁ!! 完全な自由とは言い切れないのが問題だけど。






 ―――――――――――――――――――


 その光景を、一人、見ている者がいた。


「――ぷっ!! アハハハハハハ!!」


 その人物は、巨大なオーブに映った、フィリノアに振り回されているユーグを見て、腹を抱えて笑っている。


「ハハハ。――まさか本当にそんなことを考えるなんて! ホントに君は面白いよユーグ!! 君じゃなかったらこんな面白い事しないだろうね!」


 あー可笑しい、とその人物は目に浮かんだ涙を拭い、笑う。


「……もう一度来てくれるかな?」


 ――そうなったら面白いのになぁ。


 天に向かって嬉しそうに叫ぶユーグとフィリノアが映るオーブを見ながら、その人物は呟く。

 そして喜び合う二人を見ながら、


「……君のこれからを、楽しんで見せて貰うよ。ユーグ、神様をもっと楽しませてね」


 その人物――かつてユーグが挑み、敗北した相手である女神ティノは、本当に嬉しそうに笑ったのだった。




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