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22 フィリノアの一日

「たぁ!! やぁ!!」


 重く感じない大剣を振るう。

 常人であれば――その重さに慣れていない者が振れば、自分の方が振り回されそうなそれであろうとも、何時も振るっているユーグに比べれば、全然軽い。軽過ぎだ。


「……ふぅ。……【ステータス】」


 フィリノアは剣を振る腕を止め、自分のステータスを確認する。



 ―――――――――――――――――――


 フィリノア【クラス:戦士】

 レベル 20

 魔力  30

 攻撃力 150 (装備補正+50)

 防御力 37

 速度  36

【装備:鉄の大剣】



 ―――――――――――――――――


 ステータスは順調に上がっている。

 フィリノアも、そして教えているユーグも知らぬ内に、見事にフィリノアはユーグの考えに毒されていた。

 つまりは――物理最強という考えに。


 実際、フィリノアは戦士の基礎的なスキルは覚えており、ヘンリックのパーティーにいた頃は実際にそれを使っていたが、ユーグを装備としてからというもの、それすらも使わず戦っていた。

 というよりは、使わなくても良い程に、フィリノアのユーグを装備している状態のステータスが異常なのだが……それをフィリノアもユーグも知らない。


 とはいえ、フィリノアのステータスはまだユーグとは比べるまでもない。

 もっともっと鍛錬が必要だと、フィリノアは常に思っていた。


「まだまだ頑張らないと――ね!!」


 フィリノアの鉄の大剣が、ブゥンという音を立てて空気を裂いた。







「――今日は一日休みにしよう」


 ギルドからCランク冒険者と認められた翌日、フィリノアはユーグにそう言われ、その日一日は休みになった。

 ユーグと一緒に朝食を食べた後、ユーグは「寝る」と言ったのでフィリノアは一度部屋に戻り、ユーグを置いてきた。

 ユーグを部屋に置いてきたフィリノアは今、冒険者ギルドの裏手にある訓練所にいた。

 ギルドの訓練所は冒険者であれば誰でも使える場所で、鍛錬を行う事が出来る。

 武器も貸し出してくれる上に、その場にいる先輩冒険者に教えを乞う事が出来る事も稀にではあるが出来る為、初心者冒険者達が良く使用する場所である。




 ユーグさんに教えられた基礎体力をつける走り込みや各種トレーニングを終えた後、私は大剣を振り始めた。


「――たぁ!! ――フッ、やぁ!!」


 お手本にするのは脳裏に焼き付いているユーグがドラゴンと戦っていた光景だ。

 それを真似する様にして、大剣を振る。

 だけど、フィリノア自身、ユーグの太刀筋にはまだ遠く感じる事が多かった。

 それもそうだ。

 ユーグのレベルは100。攻撃力も防御力も、まるで御伽噺に出てくるの様なステータスだった。


「……いや、実際にそうなんだよね」


 フィリノアは漸く信じる事が出来た……というよりは、あの光景を見てしまっては信じない訳にはいかないだろう。誰だって、あの光景を見れば彼が”神に挑んだ英雄”であると信じる筈だ。


「――もっと、力を――つけないと!!」


 ――じゃないと、あの人の”所有者”として相応しくない。

 フィリノアはやる気を奮い立たせ、剣を握り直して、素振りを再開したのだった。






「――お、噂のフィリノアちゃんじゃないか」


 素振りをしていると、ふと、名も知らない同業者に声を掛けられた。

 あの一件以来、すっかりフィリノアはギルド内で有名人となっていた。


「……あ、どうも」


 声を掛けてきたのは、年若い少年達を連れた冒険者だった。


「一人か? ……”吊られた男(ハングドマン)”はどうしたんだ?」

「あ、今は部屋で寝てます」


 ”吊られた男(ハングドマン)”。

 ユーグはいつからか、ガンドノーラを拠点とする冒険者達からそう呼ばれる様になっていた。

 何の罪を犯したのかはわからないが、常に磔にされ、少女に武器として扱われる男。

 あの日監視していたギルド職員がどこぞで漏らしたのか、ドラゴンを一人で相手に取った凄腕であるというところまでも、噂で囁かれていた。

 とはいえ、彼が六百年前に活躍した”英雄”その人である、という事実を知っているのはフィリノアだけだ。

 それが何となく、フィリノアには嬉しかった。


「そうかい。……しっかしアンタもすっかり有名人だね」

「ハハハ……ちょっと恥ずかしいですけどね」

「ハハ、違いない」


 男はそういって、訓練所で少年達を相手に剣の振り方を指導し始めた。

 どうやら少年達は駆け出しらしい。

 自分にもあんな時があったな、とフィリノアは一年前を思い出す。


「……そろそろ昼、ですか」


 太陽が真上に輝いている。

 そろそろユーグも昼寝を終えて眼を覚ます頃だろう。

 昼飯を食べさせなければならない。

 自分がいなければ、彼は食事もままならないのだ。

 トイレなどは……どうしているのだろう。少なくともフィリノアは彼がそれで困っている姿を見たことがなかったし、フィリノアもそれを気にしたことはなかった。


「ホントにユーグさんは……仕方のない人です」


 フィリノアはそう呟いて、ユーグの元に戻る為に歩き出した。

 その足取りは、妙に軽かった。







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