20 神様現る
「やだやだやだああああああああ!!」
叫んでいた。
「どうしてどうしてどうしてええええええっ!!」
駄々っ子の様に。
「なんでこんな事するのおおおおおお!!」
誰がかって? ……俺がだ。
俺は再び枷に嵌められ、いつもの様に磔状態になっていた。
なんで! どうして!! 外れたと思ったのに!
これで自由だと思ったのに!!
何故俺はまた磔にされてるんだあああぁぁぁ!!
何故こんな事になっているかというと、だ。
話は数分前に遡る。
ドラゴンを倒して直ぐ、俺の身体は吸い込まれる様にして手元に担がれていた十字に磔にされ、手足に再び枷が嵌められたのである。
神か! 神様のせいか! あのクソ女神め!!
この十字にそんな機能があるなんて聞いてねぇぞ!!
やっぱロクでなしじゃねぇか!!
「どうしてだあああああああ!!」
『だから言ったじゃん。ちょっとの間だけって』
突如、先程と同じ声が聞こえてくる。
こ、この声は!!
「だ、誰ですか?」
フィリノアが周囲を見回すが、誰もいない。
だが、俺はこの声の主に覚えがある。
「ティノォォオオオオオオ!! 手前かぁあああああああ!!」
「せいかーい!!」
「――っ!?」
俺の右横直ぐから、溌剌とした少女の声が聞こえてきた。
俺がそちらに顔を動かすと、
「やぁ」
俺の直ぐ横で、ニタニタと笑う神様が浮いていた。
ティノは俺の顔をツンツンと指で突いてくる。
「……手前ェ!!」
ガシャンガシャン!!
俺は暴れるが、枷は外れない。指を噛み千切ろうと顔を動かすが、上手く避けられてしまった。
ガルルルル!!
「ここで出会ったが百年目……どころじゃない六百年目! 手前ェよくも六百年も俺をあんなところで封じやがったなクソ野郎!! こっちはもう少しでぶっ壊れるところだったんだぞ!!」
「いやー、だって君、神様に負けたじゃん」
プププーと笑うティノ。
……コイツ、マジで泣かす!!
「あの……誰、ですか?」
俺が怒っていると、フィリノアがそう聞いてきた。
「あぁ? ……誰ってそりゃあ……神様だよな?」
「そうだね。神様は神様だね」
俺とティノでうんうん、と頷き合う。
「え!? 神様っていう事は――女神ティノ様!? 本物!?」
「そ、女神様だよ。初めましてー」
フリフリと手を振ってフィリノアに挨拶する。
可愛い子ぶってんなよ性悪女神が。お前そんな奴じゃないだろ。
「……それで? 手前、なんでこんなところに来やがった」
「ん? それはね~君の顔が見たかったんだよ。ユーグ」
……ハッ。コイツなにを言ってるんだ。
「冗談きついぜ。……ホントはどういう要件だ」
「本当なのになぁ……。ま、良いや。で、君達が救った六百年後の世界はどうだい? ユーグ」
ティノがそんなことを聞いてくる。
どうだいも何も。
「俺、まだここいら周辺から外に出てないからなぁ……」
「それはダメだなぁ……。せっかく自由になったっていうのに」
「自由だあ? この状態のどこが自由だ」
コイツの頭は本当に蛆でも湧いてるんじゃないのか?
「……ねぇユーグ」
ふと、俺がティノを見ると、笑っていた。
口角を限界まで上げ、悪い笑みを――浮かべていた。
……コイツ、何を考えている?
「……今の世界は平和だよね」
「……あぁ」
ティノが何を考えているのか、一切わからない儘、俺は頷く。
今の世は、俺が見た限りであるが六百年前よりも、各段に平和だ。
少なくとも、人間達の実力は落ちているだろう。
まぁ戦争や魔王軍との戦闘が日常だった六百年前と比べても仕方のない事だろうが。
「……”魔王”。もう一度復活させたら、どうなるかな?」
――ッ! コイツ!!
俺は信じられないモノを見る眼でティノを見る。
隣のフィリノアも、驚いていた。
「まさか――お前”魔王”を――「なーんて」」
俺の言葉をティノが遮る。
「……」
「冗談だよ。ジョーダン。……そんな眼で見ないでよユーグ。神様、悲しくなるじゃないか」
「……」
「はぁ……。君って意外とマジメだよね」
ティノは溜息を吐く。
「……何せ君が過ごした世から六百年後の世界だ。君の眼で色んなところを見てみなよ。もしかしたら、その枷を外せる何かがあるかもよ?」
「断るね。……今の俺はコイツの武器だ。それに、なんでお前に指図されなきゃならん」
俺が拒絶すると、
「”魔王”――」
「わーい! 俺、色んなところにいきたくなったなぁ!!」
もうやけくそである。
「フフッ、そうだろうそうだろう。……依頼を受けてたんだろう? 取り敢えずはガンドノーラに帰ると良いよ。神様も色々忙しい身だからね。これで帰るとするよ。……それに、私が何もしなくても、もう色々と動いているみたいだし」
最後の方は小さくて良く聞こえなかった。……なんて言ったんだ?
ティノがフフフ、と笑いながらゆっくりと、俺から離れていく。
「――ティノ」
俺は帰りそうなティノに、声を掛けた。
今ここで言わなければ、機会を逃す気がしたからだ。
「……いつかお前をぶん殴りに行く。それまで待ってろ」
ティノの眼をしっかりと真正面から見て、言う。
ティノも俺の言葉を受け止め、
「うん、待つことにするよ。ゆっくりね。……じゃあねユーグ、そしてフィリノア」
そう言って手を振ってくる。
「あぁ」
俺はおざなりに返答を返すと、
「もう。……ちょっとは愛想良くしてくれても良いと思うんだけどなぁ」
肩を竦めながらそう言い残して、ティノの姿は掻き消えた。
誰が愛想良くするかバーカ。
俺が虚空に向けて舌を出していると、
「……ユーグさん」
それまでずっと黙っていたフィリノアが近寄って来て、
「……助けてくれて有り難うございました」
頭を下げてくる。
「当然だろう。……俺は君の”武器”、だからな」
相棒を助けるのは、当たり前だ。
「はい。……頼りになる。本当に頼りになる私の”英雄”です」
「「……」」
ふと、変な間が漂う。……なんだこの気恥ずかしい雰囲気は。
「……帰ろうか」
「はい」
俺達は冒険者ギルドに向けて歩き出す。俺は歩けないけどな。
「……そういえば、皆さんは大丈夫だったんでしょうか?」
……あ、すっかり忘れてた。




