2 冒険者フィリノア
私はフィリノア。Cランクの冒険者だ。
とはいっても、私自身がCランクという訳ではない。
私自身のランクはDランク。つまり下から二番目。
あくまでも私の所属しているパーティーがCランクという事だ。
リーダーである”剣士”のヘンリック。
皆の姉の様な存在だった”魔術師”のガーベラ。
ちょっと泣き虫だけど優しい”僧侶”のジェリア。
皆を守ってくれる”重騎士”のオーザ。
私の大事な大事な、家族以上に大事な仲間達。
彼等と出会ったのは一年前だった。
「おう嬢ちゃん。嬢ちゃんみてぇのが冒険者になれるとでも思ってんのかぁ?」
「え、えっと……すいません」
「ほれ、その後ろにあるこん棒は飾りかぁ? ちょっと俺と手合わせしようぜ。ほれ、殴ってみな」
当時田舎から出てきたばかりで駆け出しだった私は、まるで荒くれ者の様な格好の冒険者達――その時は知らなかったが、その街では良く知られた質の悪い新人イビリだったらしい――に絡まれていた。
剣を構えてそう挑発してくる冒険者のオジサン。
「えっと……こうですか?」
防御してくれると思った私は思いっきり、後ろのこん棒を振り回した。
「――おぉぅ!?」
ドスン!!
だが、私はその時の冒険者の一人を思い切り殴って壁に激突させてしまった。
ズルズルと壁に激突した冒険者が倒れる。……どうやら気絶させてしまったらしかった。
やってしまった、と思った。
昔から力の強かった私は、両親に言われてずっと力を抑えてきた。
冒険者なら私の怪力を活かせるのではないかと冒険者になったが、こんな事になるとは。
「テ、テメェ!! 俺の連れになんてことしてくれてんだ!!」
「ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
私は平謝りしていたが、それで済む訳でもなく、
「こうなったらその身体で――「止めなよ」」
その時、私を助けてくれたのが、彼等パーティーだった。
私に手を伸ばそうとした冒険者の肩を掴み、
「今見てたけど、吹っ掛けてたのはそっちだろ?」
「な、なんだ手前は――ぐっ」
肩に掛かった手が思ったよりも痛かったのだろう。
「――お、覚えてやがれ!!」
周りの視線もあって、その冒険者は気絶している仲間を置いて、逃げて行った。
「君、凄い怪力だね」
涙目の私に、助けてくれた青年が、そう声を掛けてくる。
「――俺の名はヘンリック。どうだい? 俺達のパーティーに入らないかい?」
君さえ良かったらだけど、という彼等の提案に、気付けば私は頷いていた。
それからの日々は、私にとって色んな事を学ぶ日々だった。
依頼が成功した日もあった。
依頼が失敗して、依頼人に謝った日もあった。
当時彼等もDランクで、冒険者としての一人前の証であるBランクに上がるんだ、と皆で言い合い、頑張って来た。
目標があったからだろう。
半年も経った頃には私もEランクからDランクに上がり、パーティーもCランクに上がる事が出来た。
これならBランクにもいけるんじゃないか。
私達なら、もしかしたらかの”勇者”や”聖女”達魔王討伐隊の様なSランク冒険者にだって、いつかなれるんじゃないか――
「……そう思ってたのは、私だけだったのかなぁ」
そう洞窟の天井を見上げて呟く。
今、洞窟には私たった一人。
周囲にパーティーは――仲間は誰もいない。
依頼は単純だった。
洞窟に住まう魔物――レッサーデーモンを討伐して欲しい。
そんな依頼だった。
依頼としてはそんなに珍しい事じゃない。
私自身のランクでは少し難易度が高いが、パーティーとしては妥当な難易度である。
だが、洞窟の中を進んでいる最中、突如大量の魔物に襲われ、リーダーであるヘンリックの指示で皆てんでバラバラに逃げたのだ。
考えてみれば少しおかしな話である。
このパーティーには魔術師のガーベラがいる。
彼女の覚えている【索敵】さえあれば、事前にある程度は察知する事が出来た筈なのだ。
「……知ってて使わなかったんだろうなぁ」
その日パーティーの雰囲気が少し違かったのを、今更ながらに思い出す。
私が話しかけると、皆どうも変な表情を浮かべていたのだ。
ヘンリックも、ガーベラも、ジェリアも、オーザも。
思えば、その前日からその傾向はあったかもしれない。
彼等は考えていたのだろう。
私をこの洞窟に置き去りにする事を。私を見捨てる事を。
「ゴメンね」
昨日のガーベラの言葉がフラッシュバックしてくる。
あの時は「何の事なの?」と聞いても答えてくれなかったが、こういう事だったのだ。
お荷物であるという自覚はあった。私さえいなければ、彼等はもっと早く実力を発揮出来ただろう。
だが、私は私なりに頑張っていたつもりだった。
「……」
思わず泣きそうになって、洞窟の中で小さく膝を抱える。
彼等は自分を捨てたのだ。
その事実が重くのしかかってくる。
泣きはしない。
泣いてしまえば、洞窟の中に住んでいる魔物に見つかってしまう。
辛うじて冒険者であるという自負が、私が泣く事を留まらせていた。
恐らく、街に帰れでもしたならば、大きな声を上げて泣いてしまうだろう。
帰る事が出来たら、の話ではあるが……。
「……これからどうしよう」
小さく、本当に小さく呟く。
周囲の敵は自分よりも強い。
武器はあるけれど、なんら変哲もない、店で売っている量産品の鉄のメイスである。
今の状況で心許ないのは確かだった。
『――オオォォォォォ!!』
洞窟内に魔物の声が響き、思わず身体がビクリと動く。
「……取り敢えず、魔物に見つからない様にしないと」
洞窟は入り組んでいて、そして私も一生懸命に逃げていてたから今がどこなのかさえ分からない。
「兎に角出口までいかないとね」
自分に言い聞かせる様にして、私はそう口にして、洞窟の中へ入っていった。
どれ位歩いただろうか。
洞窟はより暗くなっていて、松明がなければ前が見えない程だった。
「仕方ない、よね」
仕方なしに、私は松明を付ける。魔物には見つかってしまう可能性は高くなってしまうが、前が見えないのでは何も出来ない。
アイテムは失ってなくて良かった。
これなら生き残る確率は少しだけだが高くなる。何もないよりはマシだ。
今私が歩いている場所は、不思議と魔物の声もしない。
時折聞こえていた筈なのに、まるで嘘の様に静かだ。
「……」
私の呼吸の音と、パチパチと松明が燃える音だけが響いている――と思った時、
「――め。……じゃ……よ。――ソ」
どこかから声の様な音が聞こえてきた。
どうやら、壁に小さな穴が開いていて、そこから聞こえる様だった。
「……どうしよう」
誰かが捕まってるとか?
ゴブリン等の魔物は人間の女性を巣穴に連れ込むし、聞こえてきたのは男性の様な声ではあったが、その可能性はなくはない。
「……ここ、だよね」
ふと、手で穴に触れると、壁がガラガラと音を立てて崩れてしまった。
「――誰かいるんですか?」
勇気を出して声を掛け、穴の中を覗いてみる。
そこには、
「――お、男の人!?」
成人男性だろう。
髪も髭も伸び放題の、ほぼ裸の男性が、磔にされてそこにいた。




