18 危機
オークリーダーを捕食したドラゴンが次に目に入れたのはフィリノアだった。
「……あ、あぁ……」
フィリノアの口から嗚咽が漏れる。
ドラゴンである。
Aランクの冒険者が束になって漸く勝てると言われている程の、絶対的な強者にして天空の王者。
弱肉強食の、最高位に君臨する圧倒的な存在。
それが、今フィリノアの目の前にいて、フィリノアをジッと見ている。
動けなかった。
動けないでいた。
足が震え、腰も抜けてしまい、その場を動けなかった。
「ド、ドラゴン!!」
「そ、そんな!」
「……逃げましょう」
「あぁ!!」
ヘンリック達は、ドラゴンがフィリノアに視線を向けている隙を見て、慌てて逃げだしていく。
それも些事であるのか、ドラゴンはフィリノアから視線を放さない。
ドラゴンは完全に、フィリノアに獲物を絞った様だった。
「グルルルル」
そして、ドラゴンが口を開ける。
そこから、火炎が噴き出してくる。
――ブレス!!
フィリノアは瞬時に悟る。
ドラゴンの吐くそれは、歴戦の冒険者が着る様な銀鎧程度であれば、溶かしてしまう程だという。
軽装備のフィリノアがそれを受ければ、瞬時に燃やし尽くされ、丸焼きになってしまうだろう。……もしくは骨も残らないかもしれない。
だが、
「ぁ……ぁあ」
それが分かっていても何も出来ない。
フィリノアは自分の死を確信する。
圧倒的な力を持った敵に対し、自分はこんなにも弱いのだ。
何も出来ない。何も――
「い、いやああああぁぁぁぁぁっ!!」
フィリノアの口から空気を裂く様な甲高い悲鳴が漏れると同時、
ゴオオオオオォォォォォ!!
ドラゴンの口から、炎が放たれた。
―――――――――――――――――
――ドラゴンか!!
俺の視界に映ったのは、今にもフィリノアにブレスを吐こうとするドラゴンの姿。
千年前、ドラゴンを相手にした事は何度もあった。
俺一人で相手にした事もある。
俺が挑んだ”魔王”や”神様”に比べれば、ドラゴンなんて弱い、ちっぽけな存在だ。
そう思う。いや、そう思っていた。
「――クソッ!!」
だが、今の状態では、何も出来ない。
磔にされ、動けず、魔力も封じられた今の俺には彼女を――救えない。
――いや、ダメだ。そんなんじゃダメだ。
彼女は俺を助けてくれた。飯を食わせてくれた。久しぶりに外に連れ出してくれた。
彼女がいなければ、俺はあの牢獄に、あの地獄の様な場所に、神様がそう言った通り一万年囚われた儘過ごしていたかもしれない。
そうなった時、俺はマトモでいられただろうか?
いや、恐らく壊れてしまっただろう。
彼女は俺の命の恩人だ。
偶然に偶然が重なってしまっただけなのかもしれない。
それでも、彼女は俺の命の恩人で、今は俺の――所有者だ。
そんな彼女を助けられないで、何が”英雄”だ!!
「――頼むぜ神様。俺にフィリノアを救う力を……貸してくれ」
俺は思わずそう呟いていた。
まだ自分に神に祈る心が残っていた事に、驚く。だが、それを自嘲している場合ではない。
「……頼む。ティノ!!」
神に願う。
かつて刃を向けた相手に祈るなんてのは反吐が出るが、命を救ってくれた恩人の為だ。
頼む! 俺にアイツを救わせてくれ!
そして、
「い、いやああああぁぁぁぁぁっ!!」
フィリノアが悲鳴を上げ、
ゴオオオオオォォォォォ!!
ドラゴンがブレスを吐く。
その時、
『仕方がないなぁ。……少しの間だけだよ?』
俺の耳に、そんな神様の声が聞こえてきた。
―――――――――――――――
煙が晴れる。
「――成程な。心の底から、本気で願わなきゃダメってことか。……大丈夫か? フィリノア」
そういってフィリノアの目の前に誰かが立つ。
「――っ!!」
フィリノアが視線を上げると、そこにいたのはここ数日で見慣れた顔。
「……ユーグ、さん?」
まるで夢か幻かと、フィリノアは自分の眼を疑う。
「おう。どうやら無事……みたいだな」
ユーグが――いつもの磔状態ではない、手枷のない状態の――つまり常人と同じ状態で、そこにいた。
肩には、彼が普段磔にされている十字が、フィリノアが普段そうしている様に担がれおり、日差しを受けて鈍く光っている。
ユーグの大きな背が、フィリノアにとってはこれ以上ない程頼りがいのあるモノに思えた。
フィリノアの無事を確認したユーグは、フィリノアに向けていた視線をドラゴンに向け、
「――さぁ、やり返すぞ。覚悟は出来てんだろうなぁ? クソ蜥蜴野郎」
そう言って、獰猛に笑ったのだった。




