15 討伐成功
鍔迫り合いに勝ったフィリノアが、勢いその儘で俺を小鬼王の腹へと叩きこむ。
「――ゴ、アァ、ア!?」
ズドン、という音と共に、俺――が小鬼王の腹に突き刺さった。
「――ァ、ァ……ァ」
小鬼王が一歩、二歩と下がり、俺を腹から生やした儘、其の儘仰向けに倒れる。
「小鬼王……強敵でした」
戦闘が終わり、フィリノアがそう呟く。
そりゃ、Dランクの冒険者が、Cランク相当の魔物を、しかもソロで討伐したのだ。
感慨深いモノがあるのだろう。
「フィリノア、良く頑張ったな。これで君もまた一つ強くなった筈だ」
「――はい!」
「さぁ、証である耳を持ち帰ろう」
「はい!」
フィリノアが小鬼王の耳をナイフで切り取る。人間の手の倍もある巨大な耳だ。
それを雑嚢にいれると、他のゴブリンの耳も含めて雑嚢がいっぱいになってしまった。
というか耳だけが大量に入ってる雑嚢を見ると、やばい光景だな。
「さて」
もう一段落ついたし、言っても良いだろう。
いいよね? 俺、十分我慢したもんな。
彼女が耳を剥ぎ取ってる間も、俺は我慢してたもんな。
さぁ、言うぞ。
「……俺を早くこの腹から引き抜いてくれないか?」
右手が血で濡れてるし、臓物の感触がすっごく気持ち悪いんだけど。
――――――――――――――――
「……うわ、どうしたのそれ。随分血だらけだけど」
帰ってきた俺達に向けられた受付嬢の第一声がそれだった。
「……返り血だ。心配は無用だ」
「あ、そうなの? 返り血だったんだ。良かった良かった」
どうでも良さそうだな。
ギルドの受付嬢としてそれで良いのか。
「……これ、ゴブリンの耳です」
倒した証として、雑嚢に入った耳を受付嬢に渡す。
「はい、確認させて頂きます。ちょっと待っててね」
そういうと奥に引っ込んでいった。
だが、暫くして、その受付嬢が引っ込んでいった方向が俄かにざわつき始めた。
「……何かあったのかね?」
「さぁ?」
俺達が首を傾げ合っていると、
「ちょっとちょっとちょっと!!」
受付嬢が興奮気味に、慌ただしく駆け寄って来て、
「――あれ、小鬼王の耳じゃない!」
そういってきた。
……もしかしてマズかったか?
依頼されたのは『ゴブリンの群れの討伐』だから依頼上は問題ないと思ったのだが……。
怒られると思っていた……のだが、
「――ソロで小鬼王に勝ったのよね!!」
「は、はい!」
受付嬢とフィリノアの会話に、今度は回りがザワつき始めた。
……え、なんで?
だが、そんな周囲の状況の中にいても受付嬢の興奮は冷めていない様で、
「パ-ティ-を組んで倒せるCランクの小鬼王をソロで! 普通ならBランクものの凄い事よ!!」
文章になっているのか怪しいが、そうまくし立ててきた。
あー……成程。
つまり『パーティーで戦うなら』Cランクであるが、それをソロで討伐するとなると扱いが違うのか。
で、DランクのソロがBランク相当の事をやってのけたから、受付嬢は興奮している、と。
「……凄いじゃない!!」
「……は、はぃ!!」
フィリノアが、バシバシと受付嬢に背中を叩かれている。
周囲からも、「凄いな」とか「やったな嬢ちゃん」といった祝福の声が聞こえてきた。
うん、うん。俺も武器として誇らしいぞ。
「……待てよ」
そこに、そのお目出たい空気を裂くようなそんな声が聞こえてきた。
「……っ! ヘンリック!? それに皆も!!」
フィリノアが、信じられないといった様子で男の名を叫ぶ。
ヘンリックだぁ?
知らない名前……ちょっと待て、何かどっかで聞いたような……。
「あー!! フィリノアを置いてった阿呆か!!」
「……っ! ……そいつにそんな事が出来る訳ないだろう!!」
俺の叫びを無視して、近付いてきたヘンリックはそう言う。
「……どういうつもりだ?」
怒りを含んで俺がそう尋ねると、
「……おかしいだろ? どうしてDランクの冒険者が、しかもソイツみたいなお荷物を持った奴が、小鬼王に勝てるんだよ」
「た、確かに」
周囲の何人かが、頷く。
いや、納得するなよ。それと、俺の方を見てお荷物と言うな。
訂正しろ! 荷物じゃない、武器だ!
「皆も騙されたらダメだ。どうせ他の冒険者のおこぼれを貰ったとかだろ――」
「訂正して下さい」
フィリノアが、周囲にも聞こえる程の声でヘンリックの言葉を遮った。
「……訂正して下さい」
「はっ! 何を? 君がやったって言ってほしいのか?」
「違います!!」
その否定の声は、先程よりも大きかった。
「フィリノア――」
「――ユーグさんをお荷物って言ったこと、訂正して下さい!!」
今度は酒場全体に響き渡る程の声だった。




