12 依頼達成
フィリノアがオークの耳を削いで(それが討伐したという確認になるらしい)いる間、俺は神様に枷を解いてくれる様に祈ったが、枷は外れなかった。
何故だ。
棒読みしたのが悪かったのか?
……まぁティノに心から祈るなんて無理だけどさ。
「……よし、終わりました」
「おう、お疲れさん」
フィリノアがオークの耳を雑嚢に入れながら、俺に近付いてくる。
「じゃ、帰りましょうか」
「おう」
「よいしょっと」
フィリノアが俺を担ぎ上げて歩き出す。
しっかし、本当に怪力だな。俺を持って歩いて、戦闘して、ってしているのに、疲れた様子が一切ない。
スタミナがあるんだなぁ……。
「あの、歩いている間の時間潰しに聞いて良いですか?」
「ん? 何だ?」
「ユーグさんって、六百年前の――あの”神に挑んだ男”なんですよね?」
まぁ、そうだな。神に挑んだなんて奴が俺以外にいるのなら違うかもしれないが、少なくとも六百年前――俺が討伐隊の一人として活動していた以前に神に挑んだ奴なんてのは聞いた事がない。
「そうだな。……多分俺の事だろうが、どんな昔話になってるんだ?」
どうせ『力を持って増長したバカが神様に挑んだ、バカな奴だなー』みたいなもんだろう。
俺はそう思っていたのだが、
「――”神に挑んだ英雄”の話ですか? 伝わってるのは少しだけですし、神を崇拝している方々からするとそんな事出来る筈がない、と断じられている話なんですけど」
フィリノアはそこまで喋って、休む様に一呼吸入れ、
「”英雄”と称賛された男は神に挑み――帰ってこなかった。それだけが伝わってます」
……。
…………。
「……」
……え、それだけ?
ホントに? なんかもうちょっと無かった?
俺もさっきあぁ言ったけどさ、もう少しばかり俺の逸話って伝わってない?
「本当のところはどうなんですか?」
「……いや、見てご覧よ俺の今の状況」
神に挑んだ結果が、今君の装備となっている訳なのだ。
「……それもそうですね。……あの、六百年前の討伐隊の話が聞きたいです!」
フィリノアが眼を輝かせる。
どうやらそういった話が好きな様だ。
「六百年前の話か? そうだなぁ……俺の視点での話になるが良いか?」
「はい! 是非聞きたいです!」
そうかそうか。そんなに聞きたいか。
「……そうだな。じゃ、最初から。小さかった俺は――」
彼女にとっても俺にとっても遠い遠い昔話を、俺は街に着くまで語ったのだった。
まぁ一時間程度じゃ語り尽くせないので途中で終わってしまったけどな。
――――――――――――――――
俺達が街に到着した頃には、既に日も傾き夜が訪れ始める頃合いだった。
俺達はもうすっかり慣れてしまった奇異なモノを見る視線を無視して、冒険者ギルドへと向かう。
夜も近いからか、既に辺りには美味しそうな匂いが立ち込めており、俺達の腹を刺激する。
「……すっかり夜ですね! 宿も決めなきゃですけど、お腹空きました!」
「そうだな。今日は沢山食べると良いよ。頑張ったからな」
本当に激動の一日だった。
俺にとっても、恐らくフィリノアにとっても。
「はい! 取り敢えずはギルドで依頼完了の報告をしないと」
「そうだな」
俺達――というかフィリノアは早足で、冒険者ギルドへと向かったのだった。
冒険者というのは騒がしい。
どの時代でもそれは変わらないらしく、夜の冒険者ギルドはこれまた賑わっていた。
酒場が併設されており、特に其方から賑やかな声が聞こえてくる。
冒険者は命懸け。いつ仲間や自分が死んでもおかしくはない。
だからこそ、冒険者達はその日一日生き残れた事を祝って酒を飲むのだと、昔の仲間――冒険者でもあった”戦士王”ヴォールは酒を飲みながら言っていた。
ただ単に酒を飲む口実な気がするけど。
「――依頼の完了の報告に来ました!」
昼にもいた受付嬢にフィリノアが声を掛けると、覚えられていたらしく「あら、貴方達か。帰ってこれたのね」と言われた。
……どうやら信用されてなかったらしい。
そりゃそうだ。俺が受付嬢だったらこんな変な二人組の事なんて信用出来ないだろうし。
「えっと、これが証拠のオークの耳です」
フィリノアが手早く雑嚢からオークの耳を二つ取り出し、提出する。
「はい、ちょっと待ってて下さいね」
事務的な受け答えでオークの耳を受け取り、奥へと消えていく。
「……ここで夕飯にしますか?」
「そうだな。宿はその後でも良いだろ」
「わかりました」
そんな会話をしていると、奥から受付嬢が戻ってきて、
「はい、依頼完了を確認しました。これが報酬ですね」
そう言って金が入った雑嚢を差し出してくる。
それをフィリノアが「有難うございます」と受け取り、依頼完了だ。
「――じゃ、ご飯ですね!」
「おう、今日は初めての依頼達成のお祝いに、贅沢しようか」
「はい!」
兎にも角にも腹が減った!
今日は食べるぞ!!
俺達はその日、宿の金が辛うじて残る位まで食べては飲み、宿を探した後泥の様に眠ったのだった。




