人魔王『ディア』の誕生
『人よ, 名をなんと申す。』
「魔神 は?」
『彼』の発言に魔神は耳を疑う表情をし, 魔王たちに至っては驚愕の表情を浮かべている。リザードマン似の魔王に至っては, 怒り心頭といった感情を顕にしている。
それもそのはず, 彼らにとって『彼』は召喚されてきた人間であり, 魔神様の部下なのだ。臣下が主に名を聞かれたのにも関わらず, 答えずに名を聞き返すなど, 失礼極まる行為である。
だが, そこは流石魔神。彼は不敵な笑みを浮かべ, 面白いものを見るような声で答えた。
『我の名は "アルカディア" だ。』
「おぉ, 魔神の名前が 理想郷 とは面白いね。」
「そうだな...じゃあ, 私の名前は "ディア" にしようかな。」
魔神たちの丸い目が更に丸くなり, 目の前で起きている現状を理解できていないような表情になっていった。例の魔王に至っては, 頭を抱えて唸っている。
魔族は実力主義の階級社会であり, 名前を賜るということは最高レベルの信用と信頼を意味し, 最も名誉ある褒美の1つである。しかも, 相手は魔神つまり魔族の頂点だ。
彼ら魔族にとって, 勝手に名前の一部を使うなど, 肝が座っているとかそういったレベルの話ではない。命知らずな行為に他ならない。魔神が交代すると, 名前がかぶる魔族は名前を変えるくらいなのだから。
だが, 魔神の堪忍袋にはまだ余量があるらしい。
『人よ, 名前がないのか?』
「あるよ, "ディア" っていう名前が。」
ついに魔王たちは諦めたような表情になった。例の魔王ですら, 椅子に寄りかかって天井を眺めている。
『彼』のこれまでの言動に加え, 『彼』には一切の悪びれる様子もためらう様子も感じられない。
流石の魔神もこれには堪えられなかったのだろう。保っていた笑みを崩して,
『はっはっは。面白い奴だ, 良いだろう。』
と, 心底楽しそうな声色で笑ったのだ。
この魔神の発言は魔王たちの頭にさらなる負担をかけた。ただでさえ『彼』の発言に頭を痛めていたのに, 魔神の発言については特に予想外で理解に苦しんでいる。
数秒経ってやっと魔王たちも魔神の発言を理解し始めた。と同時に例の魔王は, 感情を抑えられなくなったのだろう。
「魔神様, ちょっと待って下さい!! 何故この人間に肩入れするのですか!?」
「ましてや, ご尊名の一部を与えるなんて, もってのほかです!!」
『彼』に対する怒りと, 魔神に対する疑問の念を含んだ声で叫んだ。
だが魔神が彼をなだめた。
『ビーサルトよ, これは我の意志である。』
彼の名前は ビーサルト というらしい。
「ですが..!!」
納得のいっていない魔王ビーサルトを魔王マドロフがなだめた。
「ビーサルト, この人間の強さは召喚する時に分かっているだろう?」
「確かにそうなのだが...。」
「人間よ, そなたが強いのは十分に分かっているし, 魔神様の御意に対して反対することもしない。だが,魔王の一柱となった以上は, それに相応しい言動を取るべきでないのか。 」
魔王ビーサルトからの忠告に『彼』も納得した表情になり, 面白がっている笑みから落ち着いた笑みとなった。
「確かに。」
「では。魔神様, 私 ディア は魔神様の期待に答えられる魔王となってみせましょう。」
『うむ。期待しているぞ, ディア。』
『あとそれと, "アルカディア" でいいぞ。』
ディアの宣言に, 魔神も誇らしげな表情になり, 嬉しさを内包した声色へと変わり, 他の魔王たちも胸をなでおろし安心した笑みを浮かべている。
「それでは, "アルカディア様"で。」
「ビーサルトもよろしくね。」
「あぁ, こちらこそ。」
魔王ビーサルトの表情には先程までの怒りは感じられず, 屈託のない笑みを浮かべている。ディアの行動に関して言いたいことがない訳ではないのかもしれないが, 忠告を聞き入れたディアに対し有効的な笑みを浮かべられるのは, 流石魔王の器といったところだろう。
ディアも魔王ビーサルトに笑みを返して, 雰囲気を和らいだところで, 魔神がとある提案をした。
『そうだ, ディアよ。城下町でも観光してきてみてはどうだ? 案内人をつけるぞ。』
「いや, 大丈夫ですy。自由に回ってみますから。」
『そうか, では地図を渡しておこう。日没までには 本城 に帰ってきたまえ。』
「わかりました。」
~few minutes later~
「では, 人魔王様。いってらっしゃいませ」
そういって見送ってくれたのは, 魔神本城の門番であった。
魔神本城は, 上から見ると三日月型の湾曲したシルエットをし, 月のかけた部分を補うように庭園が置かれ, これらを囲うように満月型に城壁が置かれている。そして魔神本城を起点として南側に道幅の広い大通りが敷かれ, 碁盤状に東西南北に要道が敷かれ, 要道で区切られた区画内にも道が敷かれるなど, 効率的かつ計画的に建造されている。
これらの都市を魔神宮と呼び, 魔神宮の内部はたくさんの商店や商業施設, 宿屋や娯楽場, 織物屋や工場, 木々花々の茂る広場など, 非常に多様的かつ充足した年になっている。商業区に入れば商売人の威勢の良い声が, 娯楽区に入れば楽しそうな笑い声が, 工業区に入れば工場から規則的な音が, 自然区に入ればたくさんの小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
加えて, 計画的に敷いた都市の恩恵で, いかなる場所であっても日陰になるところはないため, 太陽の燦々とした陽気が都市全体をを包み込んでいる。風の通り方にも配慮されており, 風が都市の活気だけでなく, 要所に植えられた植物の香りを都市全体に届けている。
待ちゆくのは, 魔族の多様性を示すように様々な種族である。体の大きな獣竜族から体の小さな精霊族, 力のつよい獣人族から知能の高い魔工族, 実態のない霊族から術と得意とする悪魔族と, 一切の争い事すらなく互いに尊重しあい, 多様な種族が共存している。
まさに『理想郷』と表現するにこれ以上にない美しい都市である。
「ありがとう。行ってくるよ。」
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ディアは城門をくぐって少しのところで, 空に向かってとある名前を呼んだ。
「で。アイ? 居るでしょ?」
「はいはい, 居ますよ。」
と, 透き通った穏やかさを感じさせる声が聞こえ, 同時に空中に割れ目が走り左右に開いた。その切れ目の中から出てきたのは, 俗に言う九尾の狐の見た目をした女性であった。彼女は背が高いが小顔で, 落ち着いた知性を感じさせる顔つきのため, 非常に美しさを感じさせる。
狐色と金色を混ぜたような透き通る髪のショートカットの頭に, 大きな三角の獣耳があり後ろに倒されていた。ロングワンピースと巫女服を混ぜたようなゆったりとした服装をまとい, 藍紫の差し色が尻尾の金色との調和性が高く, 絹のような艶のある生地と相まって品の高さを漂わせている。
何より目を引くのは, 彼女の後ろで光り輝く立派な9つのしっぽだろう。この尻尾も同様に美しい狐金色をしており, 艶のある毛並みの尻尾はこの上なく立派な形と大きさで, 他の種族と一線を画す存在感を放っている。
「聞いてたと思うけど, そう言うとことだから。この星の管理, 任せた。」
「はぁ...まぁ構いませんけれど, これまた何故です?」
「アルカディアは, 他所の神の部下なので文句は言いませんが, "部下が上司を知らずに配下にする" なんて聞いたこともないですよ。」
彼女の疑問も至極まっとうなものである。『彼』はこの世界の創造神, つまり最も神位の高い存在であり, 万物の頂点に位置する神にも関わらず, 魔神に正体を隠して仕えるなど, 奇想天外な発想である。
この世界の神位は以下のようになっている。
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創造神
- 善神 - 上位神 - 中位神 - 下位神 - 人
- 邪神 - 魔神 - 魔王 - 魔族 - モンスター
- 破壊神 - 不死の王
- 古神 - 妖神 · 霊神
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ちなみに『古神』は, 創造神の世界創造の時に『彼』を支援・サポートした神で, 事実上, 創造神に限りなく近しい神威を持つ。
特に彼女『アイ』は, 世界創造に際し最初に誕生した古神で, 現在でも繁盛繁栄の象徴として信仰されていて, 特に創造神に最も近い存在である。最近では, 『彼』の代わりにこの星の管理を兼任していたりもする。
「まぁ, そうだろうね。」
「では何故?」
「面白そうだったから。しかも, アルカディアが提示してきた報酬は《.....》だった。」
「成程。確かにそれは面白そうですね。」
『彼』の行動に疑問を感じていたアイだったが, 魔神に示された報酬を聞いて納得した表情をした。
「だろう?」
「じゃあ, とりあえず何か食べに行こうか。」
そういって2柱は飲食店の並ぶ商業区に向かって歩いていった。
おまたせしました。(5ヶ月も)
久しぶりに時間を取れたので, 書いてみました。
おそらく次回の更新は, 本作3話, 本作4話, 第1作6話, 第1作7話 の順で予定しています。
以下も合わせてお読みいただくと, よりお楽しみいただけます。
第1作 : 作者と共に異世界を管理することになった件 https://ncode.syosetu.com/n1646fj/
第2作 : アンドロイドガールは異世界で神と崇められていくそうです。 https://ncode.syosetu.com/n3175ga/