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6月篇第5話: いっしょに学校祭に来て欲しいんですが、困ってます


 6月も下旬に差し掛かってきて、だいぶ暑くなってきた。

 ついこの前までは夏服も何だかまだ早いような気がする朝の空気だったけれど、今はもうほぼ夏の陽気を感じるほどになっていた。


 この4人の中だと、ユウイチがいちばん涼しそうに見える。

 実際に、涼しい顔をしているのもユウイチかもしれない。

 ユウイチの高校は、冬服は5つボタンの学ランで、夏服はワイシャツ。

 シンプルこの上ない。

 私とエリカは夏用のベストを着ているし、シュウスケくんは夏でもネクタイは必須。


 こっそりと、ちょっとだけ羨望の眼差しを送ってみる。


 が。



「アレ?」


「ん? どした?」



 自分でも少し驚くくらいの高い声が出てしまった。

 ユウイチもそれに気がついて、すごい顔でこちらを見た。



「ん。ズボンのポケットの辺りに何か付いてるみたいだったから」


「え、マジで?」


「あ、ごめん。そっち側じゃなくて、後ろの方」


「おっと……、じゃあこのままじゃ見えないか」



 わたわたと前側のポケット近くを見ようとしていたユウイチだったが、後ろ側の方だと知ると諦めたようだ。

 でも、丁度良いタイミングで赤信号にひっかかった。

 私とエリカでユウイチのお尻辺りをチェック。



「……え、なにこれ?」


「なんか、茶色っていうか黄色っぽいの……?」


「ああー……、たぶん松ヤニかも。木材についてたヤツだ」



 マジかー、と言いながら肩を落とすユウイチ。

 痛恨、と言った雰囲気。



「松ヤニ?」


「木材加工としてると、ところどころそういうのがくっついてて、知らない間にこういうことになるんだよ。……あー、学祭準備でこれだけはイヤなんだよなぁ」


「そっか。あのー、何だっけ。青森のねぶたみたいなヤツ作ってるんだっけ」


「そうそう」



 エリカに肯くユウイチ。


 ユウイチの通っている高校の学校祭では、1年生から3年生までの全クラスが1台のミニねぶたのようなものを作って、学校祭初日、金曜日の夜にそれを担ぎながら高校の周辺を練り歩く。

 ミニとは言ったけれど、昨年3人で見に行ったときは、どれも自動車1台分より大きいくらいのサイズ感はあった気がした。



「けっこうこういうのって、服の生地に残るよね」


「そうなんだよ……」



 この顔を見た感じ、昨年も同じ目にあったらしい。



「でも、今の時期だとクリーニング出しても、また同じことになるだろうしなぁ……」


「あー……。たしかに」


「でも、そのままにしてると怒られるんじゃない?」


「いや。たぶん、今すぐに言っても、小言返されるだけだと思う」



 ああ、わかる。

 すごくわかる。


 どのタイミングで言ったとしても意味が無い、っていうパターン。

 けっこうパワフルなところがあるユウイチのお母さんの顔が浮かんできた。


 ユウイチは結局制服の汚れについては諦めたらしく、信号が変わる直前に私たちふたりに軽く謝った。



「とりあえず、今年も来てくれよな。ウチの学祭」


「もっちろんよ」


「お前のやべえ姿が見られるからなぁ」


「……ごめん、やっぱお前は来んな」



 威勢良く応えたエリカには笑顔を返したものの、シュウスケくんには睨みを返した。

 とはいえ、シュウスケくんもシュウスケくんで、ものすごく人の悪い笑顔だったわけだけど。

 そりゃあ仕方ないよねー、って感じの顔だったわけだけど。



「まぁまぁ。そう言わずに、そう言わずに」


「絶っっっ対ぇ今年は、法被は断固拒否してやる……!」



 ユウイチは恨みがましい目で何かを睨んでいる。

 これは、触らぬ神に祟り無しという言葉を信じて、シュウスケくんに載っかって言おうとしていた言葉を静かに飲み込む。

『あれはちょっと面白かったよね』などとは、絶対に言っちゃいけない雰囲気だった。


 でも、あそこまでクラスでまとまって何かをするのは、すごく素敵だなとは思うわけで。

 ウチの学校だと、模擬店くらいはやるけれど、ああいう感じの大規模なものづくりはしない。

 少しうらやましかった。


 ――模擬店。



「あ、そうそう」


 これは訊いておこう。

 日曜日にあたる3日目は一般公開の日になっていて、どなた様もいらっしゃいモードになっていたはずだ。


 去年のユウイチのクラスは、縁日のようなことをしていた。

 教室に入ったときには、ユウイチはちょうど幼稚園生くらいの子3人の相手をしていた。

 何だか保育士さんのような雰囲気を出していて、その見たことのない姿に思わず3人とも教室の入り口で固まってしまった。

 ――あまりにも、はまり役過ぎて。



「教室の方では何やるの?」


「……喫茶室、的な」


「あ、ふつう」



 あまり面白いことは起きなさそうな感じ。だけど。



「ほんとはもう少し派手めなの希望してたんだけどね、くじ引きで外れたらしくて」


「あれだろ。3年生が優先されるタイプのヤツだろ?」


「ああ、シュウスケんとこもそんなやり方か」


「そりゃな。最後の学祭で希望通りにならないのはマズい。あとから何言われるか」


「おおぅ……、そういう縦社会のノリか。ウチはそこまでじゃないなぁ、たぶん」



 学校が違えば、雰囲気も違うのね。


 ――――と、気になるのはそこではなくて。



「答えるのに、一瞬だけ間があったのが気になるんだけど?」


「……変なところで鋭いのやめろよ」



 苦笑いを浮かべるユウイチ。

 やっぱり何か隠している内容があるっぽい。



「ユウイチ」


「……なんだよ」



 何かを諦めたような顔をした。


 これは、押せる。



「ほんとはなにやるの?」


「あ。わかった。あれだろ、あれ。……メイド喫茶とか」


「それはない」


「なんだよ、つまんねえ」



 シュウスケくん、ごめん。

 私のプラン崩さないで。



「それは、シュウスケの十八番でしょー? あれ、かわいかったよねー」



 エリカ、ごめん。

 それを私にふらないで。


 ――どっちかと言えば、カワイイというよりはおかしい成分が強かったと思うんだけど。



「おまえっ……! いや、ちょっと待て! それはお前ンところだってそうだったろうが!」


「あっ……!」



 あーあ、墓穴掘った。なにやってんのかなぁ、まったく。


 私とエリカが通う星宮桜雲女子高の学校祭は、クリスマスにほど近い時期に実施される。

 去年のエリカのクラスではメイド喫茶風の模擬店だったけれど、もちろん時期的なことを考えた結果、サンタクロース的な要素を盛り込んだ衣装になっていた。


 結局いつものように痴話喧嘩に発展しているふたり。


 そうなると、ユウイチは今、フリーの状態。


 ということで、ユウイチに耳打ちをする。



「で、さ。話逸らされたからもっかい訊くけど、なにやるの?」


「執事喫茶。シュウのヤツ、わりと近いとこに当てやがって」


「ふーん……」



 執事、か。



「それってさ」


「ん?」


「女の子も執事姿ってこと?」


「うん」


「発案者、天才」


「ん。伝えとく」



 ――ひとまず、あのふたりをどうにかして連れて行かないといけないかな。


 大丈夫だとは思うけれど。


 たぶん。




ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


と、いうことでございまして。

今回で6月篇は終了。来週からは7月篇ということで、ユウイチくんの高校の学校祭が舞台になります。

(つまり、『クロスロード・カンタータ』の舞台になっている月雁高校の学校祭です)

(あ、『クロスロード・カンタータ』はこちらからどーぞ。 https://ncode.syosetu.com/n1980fp/ )

そいでもって、6月篇とは異なり、ほんのり中篇的な雰囲気になります。


学祭ですよ、学祭。

……なんか、恋模様が変化していきそうな予感がしてます。ぐふふ。



感想などなど、お待ち申し上げておりまするー。

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