6月篇第4話: 中学時代の同級生に出会ってしまって困ってます
「あるか?」
「うん、あるみたい。……こっち」
在庫検索用の端末が教えてくれた地図を頼りにしながら、シュウスケを連れて書店内を歩く放課後。17時過ぎ。
星宮中央駅の周辺にはいろいろなタイプのお店が集まっている。
ひとことで済ますなら、つまらない言い方かもしれないが『何でも揃う』ってことだった。
日用雑貨から服飾品まで、例外はほとんどない。
残念だけど、僕らの地元ではこうはいかない。
書店もそのひとつ。
中央駅近辺には大型書店が3軒ある。
駅ビルの中にひとつ、北口側にひとつ、南側にひとつというバランスだ。
高校の近くにもそれなりの規模感のものはあるけれど、本を見に来るならやっぱりこの3つのうちのどれかだろう。
シュウスケからダイレクトメッセージが送られてきたのは、ちょうど教室の掃除を終えた直後だった。
部活の顧問に練習方法やら何やらについて良いものはないかと訊いて、いくつか書籍の名前を言われたらしく、どこで買うのがいいか教えて欲しいという内容。
正直、適当に入ればいいじゃないかとも思ったが、『話を訊いてくれたら週末にフラペチーノを奢ってやる』と言われれば、そりゃあ行くよね、という話だ。
「しかしお前、慣れてんな」
ぐいぐいと進んでいく僕に、やや後ろから声がかかる。
問いかけつつも、きょろきょろと周囲の棚に目を奪われているのが、ちょっと面白い。
本当に今まで入ったことがないらしい。
――もったいないなぁ。
幼なじみ4人の中でも、とくに部活で遅くなりがちなシュウスケなら、仕方ないかもしれないけど。
「参考書とか小説とかマンガとか、けっこう買いに来るからなぁ」
「わざわざここまで?」
「どうせ通学定期で来れるし、ポイントカードもあるし」
「……なるほどな」
察しが良くて助かるよ。
このフロアでは競技に関する本を2冊、下のフロアでは肉体系のメンテナンスに関する本をさらにもう1冊。
メモ帳に書かれているものはすべて、無事に見つかった。
わりとマニアックな本のようだったが、そんなことはお構いなしの品揃えは、さすがだった。
「ところで、シュウ。お前、大丈夫なの?」
「何が?」
「結構高いぞ、これ」
3冊ともわりとイイ値段だ。
1冊ずつ買うならまだしも、一気に3冊となると話は別のような気がする。
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。金はもらってあるから」
素晴らしいな。
「……ところで、ユウイチ」
「どした?」
「レジって、……どこ?」
済まん、教えてなかったな。
このフロアには無いんだった。
○
地下街に直接つながっている出口からしばらく歩けば、いつもの乗り換え駅――星宮大通・三番街駅に着く。
相変わらず人は多い。
この時間帯はやや帰りの遅くなった学生と、帰りの早い社会人が一緒くたに溶け合っているようだった。
自動改札を抜けて地下のホームへ降りる。
乗る列車にはまだ早いが、とくにすることもない。
シュウスケは早速買った本を斜め読みでするのか、紙袋から本を取り出そうとしていた。
この状態で話しかけたら、さすがに空気が読めていなさすぎだろう。
ホームのベンチに腰掛けつつ、何をしようかと考えようとした。
「あれ? シュウスケ? ユウくん?」
「帰りに会うなんて珍しいねー」
聞き慣れた声。
その方向を振り向けば、ルミとエリカちゃんだった。
「ん? シュウスケ、本屋さん行ってたの?」
「あ、ああ。ちょっと、な」
紙袋をカバンの中に入れながら――というか、隠しながら言う。
「何買ってたの?」
「……マンガだよ、マンガ」
「ふーん……」
しかも、ウソまでついて。
これでもし、からかい上手のあの子のように、『何買ったの? 見せて?』みたいな話題をふられたら、どうすんだか。
昔からシュウスケは『努力は人に見せるモンじゃねえ』のスタンスだ。
どういうわけか僕に対してはそこまで神経質ではないものの、たとえエリカちゃんであっても、その姿は見せていない。
――――むしろ、エリカちゃんにはとくに、見せないようにしているような気がする。
もったいないと思うんだけどなぁ。
とはいえ、わざとらしく見せつけるのも、それはそれで違う気はするし。
――これは、案外僕自身も、シュウスケは陰で努力をするタイプだと思っている証拠なのかもしれなかった。
「ユウイチは何か買ったの?」
「いんや。僕はシュウスケの付き添い」
「……そっか」
何でちょっと残念そうなんだ。
「……何だか久しぶりに顔をみる人たちがいるなぁ」
「やっほー、久々だね」
それを訊こうとした矢先に、またしても不意に声がかけられた。
「お、ホントだ。だいぶ久々だよね? ……1年くらいは空いた?」
「そうかもしれないなぁ。元気そうでなにより」
さっきルミたちが来た方向とは逆方向から近付いてきた人影。
ともに同じ青竹色のブレザー姿をよく見れば、僕らが中2・中3のころの同級生、黒沢くんと白羽さん。
黒沢くんが学級委員長を、白羽さんは副委員長を務めていた。
――と、思ったら、その後ろにもうふたり居る。
「そちらは?」
「ああ、この子はウチの後輩」
黒沢くんに紹介された女の子がぺこりと一礼。
「で、こっちがウチの後輩」
今度は白羽さんに紹介された男の子が、ぺこりと一礼。
控えめだなぁ。
別段遠慮する必要なんて無いのに。
「それにしても、やっぱり相変わらず仲良いなぁ。あの時からずっと続いているんだろ?」
「え?」「は?」
「……あ」
黒沢くんのひとことで、フラッシュバックする光景がある。
中学3年のときの、学校祭準備中のできごとだ。
たぶん黒沢くんもアレを思い浮かべているのだろう。
今でも思い出せる、衝撃的な――――いや、笑劇的な展開。
机を使いながら教室内の装飾をしていて、不意に抱き合うような恰好になったシュウスケとエリカちゃん。
すぐに離れてしまえばからかわれることもなかったのに、どうしてか離れなかったふたり。
そうしている間に、頼まれていた備品を買って教室に戻ってきたのが、その当時委員長と副委員長をしていた黒沢くんと白羽さんのふたりだった。
思い出すなぁ。
「……ん?」
不意に袖が引っ張られた。
その犯人はルミだけど、妙に笑いを堪えているような顔になっている。
――ということは。
「……『おめでとう事件』、だよね」
「そうそう」
やっぱり解っていた。
教室に入ってくるなり、『おお、おめでとう!』の衝撃アンド笑撃。
いつでも夫婦喧嘩を繰り広げていたふたりだ。
誰だって『いつくっつくんだ、こいつらは』と思っていたに違いない。
そんな背景を含めた上で、ふたりが抱き合うようになっていた状況に対して10文字以内で端的に表現した黒沢委員長は、本当にナイスだった。
僕らの脳裏にしっかりと焼き付いているのも当然だった。
僕とルミの間では、その発言にキレたふたりが委員長・副委員長コンビを追いかけ回した、という顛末を含めて『おめでとう事件』と名付けて笑いのネタにしている。
もちろん、シュウスケとエリカちゃんには内緒の話だ。
「もうすぐで2年? あ、いや、3年くらいか?」
「ち、違うもがが……」「は!? 何言ってむぐぐ……」
――黒沢くん、その発言はマズい。
その単語は、その『3年』という単語は、このふたりにとっては非常にマズい。
まさしく連携プレイ。
ルミはエリカちゃんの口を、僕はシュウスケの口を、それぞれ同時に塞いだ。
ノーサインでこれができたのは奇跡的だと思う。
もごもごとしている口を押さえつつも、小さくため息をついた。
「な、何だ……?」
「なんでもないなんでもない、大丈夫大丈夫」
「そ、そうか」
不審がってはいるものの、何とか強引に寄り切れたらしい。
助かった。
こっそりとシュウスケへの拘束を解く。
「じゃあ、とりあえず、私らは邪魔にならないように別のところに行こうかな?」
「それが好いだろうな。ってことだから、それじゃあ、またいずれ」
同窓会みたいなのもやりたいなー、などと言いながら、4人は去って行った。
――のだが。
「え?」
「あ、その組み合わせ?」
去って行くその後ろ姿。
黒沢くんは後輩の女の子と、白羽さんは後輩の男の子と、それぞれ手をつないでいた。
――てっきり、同級生同士でくっついていると思っていたのだが。解らないモンだ。
「なぁ、ユウイチよ……」
「ねえ、ルミぃ……?」
余韻に浸る時間は、与えてはくれませんかね。
「おまえ……!」「ちょっと……!」
「待て、ここは駅のホーム! 公共の場!!」
「何で否定させてくれなかった!!」「何で否定させてくれないのよ!!」
――いろいろとダメみたいです。
っていうか、お前ら。
怒る原因、そっちかよ。
何でだよ。
○
当然ながら、帰りの車内での僕とルミの座るスペースが、エリカちゃんとシュウスケのおかげでひどく狭くなったのは――――。
言うまでもないだろう。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
嵐っていうのは、結局のところ、突然やってきて忽然と消え失せるものなわけで。
困ったものです。
今回のエピソードである「おめでとう事件」に関する話は、元になった話がございます。
下記がそれになりますので、もしよろしければこちらもぜひご覧くださいませませ。
『私鉄沿線恋愛専科・相互的一方通行は傍目から見りゃ両想い』 https://ncode.syosetu.com/n4096fp/
それでは。
感想、ファンレターなど、お待ちしてますー。