6月篇第3話: 映画には誘えましたが、やっぱり困ってます -後篇-
後篇はルミちゃんが語り手となってお送りします。
「席はどこ?」
「こっちこっち」
いろいろ手配をしてくれていたユウイチにくっついていく。
公開間もないからかかなり大きなスクリーンのシアターだったが、すでにそれなりに席が埋まり始めていた。
「ここ」
「……マジかよ。よく取れたな」
「速攻で取りに行ったからね。自分でもよく取れたと思うけどな」
着いたのは最後列の中央部分。
最高に見やすい席だった。
さっき受け取ったチケットの番号にしたがって席につく。
スクリーンに向かって左から、ユウイチ、私、エリカ、シュウスケくんの順番だった。
ユウイチはちらちらと私の向こう側を気にしているようだけど、その懸念は必要なさそうだった。
エリカは買っておいたパンフレットをざっと読んでいるし、シュウスケくんはさっそくピーチソーダを飲んでいる。
それを見たエリカも、自分のマスカットソーダをひとくち飲んで、顔がちょっととろけた。
おいしいらしい。
「それ、おいしい?」
「ん? うまいよ? 味見する?」
「いいの?」
「ん」
エリカに向かってプラスチックカップを差し出すシュウスケくん。
「じゃあ、かわりにこっち分けてあげる」
「さんきゅー」
――なんですか、これは。
恋愛映画を見る前から、なんとなく甘ったるいんですけど。
反対側を見ると、ユウイチは涼しげな顔をしながらアイスコーヒーを飲んでいる。
ちらっとこちらを向いて、映画館のマナーを紹介している動画を映しているスクリーンに視線を戻した。
こんなことなら、先にアイスコーヒーを取っちゃえばよかったかなぁ。
「ユウイチ」
「どした?」
「まさか、ココまでも予想通りだったりしないよね?」
「それこそ、『まさか』だよ。……あ、そうだ。僕も訊きたかったんだけど、エリカちゃんとは映画来たことある?」
「何回かはあるけど……。ユウイチは? シュウスケくんと」
「たぶん、そっちより回数多いと思う。1ヶ月で3回くらい来たこともあるし」
――マジですか。
「アイツ、映画館好きなんだよ」
「意外」
「でしょ? 高校入ってから特に」
「ふぅん……」
「で、このキャラメルソースのポップコーンと、そのピーチソーダがお気に入り」
「へえ…………」
ひとつ食べてみる。
香ばしいキャラメルの風味が、ポップコーンの塩味とよく合っている。
それにしても、何だかちょっと意外なチョイスだった。
付き合いは長いはずだけど、これは初耳のネタだった。
男友達の前だからこそ、さらけ出せているってことなのかな。
「エリカにも教えちゃおうかな」
「……んー、どうだろ。あの感じだと、さすがにエリカちゃんも察するんじゃないか?」
「ポップコーンもおいしいねぇ」
「だろ?」
甘ったるい雰囲気は、せめて胃に落としたい。
ピーチソーダをひとくち。
――あ、甘さはあるけど、すっきりしてる。
いろいろと、これで問題無かった。
○
想像以上だった。
脚本がイイとか、そもそも原作がステキだとか。
あるいは役者さんの演技がうまいとか。
細かいところはわからないけど、とにかくイイ。
物語は中盤の山場を迎えたところ。
本当は好きなのに、いろいろな事情があって恋人に別れを告げてしまうシーン。
原作を読んでいる身としては、このあとしっかりと救われる展開になるのは知っている。
知っているのに、ぐっと来てしまう。
どうしよう。
周りからも、結構すすり泣くような声というか音が聞こえてきている。
ハンカチ、先に手に持ってた方がよかったかな。
そう思いつつ、そっとカバンを開けようとして――。
――ずずず、っと。
すぐ真横から、思いっきり鼻が啜る音が聞こえた。
しかも、ふたつ。
「(……えっ?)」
声にならない声が漏れる。
ちょうど感動的なBGMにかき消されただろうから、別にいいや。
そんなことよりも、だ。
気付かれないように、少しだけ前傾姿勢になって右側を伺ってみる。
ハンカチを出す気が、完全に削がれてしまった。
――泣いてる。
めっちゃ泣いてる。
エリカと、シュウスケくんが、思いっきり泣いている。
公開から2週間くらい経ってから流れるCMに出てくる、感動作を見た観客のお手本のようだ。
会場の外にCM制作担当が待っていたら間違いなく取材されてしまいそうだ。
――カップルとして。
「どした?」
ユウイチが小声で訊いてきたので、人差し指で答える。
ユウイチの視線がエリカを捉えて、シュウスケくんに移ったところで目が見開かれた。
ユウイチにも意外だったらしい。
「アイツ、こういうので泣くんだな」
「あれ? 知らなかったの?」
「だって、アイツが誘ってくるの、大抵アクションとかコメディだから。こういう恋愛モノとかは見に来たことなかったよ」
「そうなんだ」
ギリギリ聞こえるかどうかの小声で話している間も、ずびずびと鼻をすすっているふたり。
そしてふたり同時にソーダをひとくち。
「いや、泣くか飲むかのどっちかにしろよ」
「……たしかに。っていうか、妙に冷静だね」
「さすがに涙も引っ込むよ。あんなの見たら」
私も同じだった。
「まぁ、いいや。イイもの見れたし、あとは集中しよ」
「そだね」
言いながら私もユウイチも、自分の飲み物を口に含んだ。
○
「よかったぁ」
「そだなぁ」
鼻声をまったく隠そうとしないふたり。
「ほらー。やっぱり見に来てよかったでしょ?」
「うん、正直、これは認める」
そして、妙に素直だ。
「とりあえず、めでたしめでたし?」
「……で、イイんじゃないかな」
「ちなみに、ユウイチの感想は?」
「……また見に来ようかな。今度はアイツら抜きで」
結局ユウイチも、ストーリーには集中しきれなかったらしい。
「じゃあ、私もそうしようかな」
「来週とかにするか?」
「いいよ、いつでも」
「じゃあ、チケット予約しとこ」
ユウイチは早速、スマホで映画館のサイトにアクセスし始める。
空を見上げれば、まだまだ陽は高い。
「それじゃあ、このあとはどうする?」
ふたりに向かって声をかけた。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
たぶん、無事に終わってよかったですね。
……それにしても。
ユウイチくん、出来る子。