6月篇第2話: ついお姉さんぶるので困ってます
『やばえ』
『ごめ』
『ねぼいした』
うん、わかる。
かなり慌ててるね。
スワイプ入力ミスってるのを直さないで送信しちゃうあたり、かなり危険な状態なんだね。
シュウスケくんから私たち幼なじみグループに、そんなメッセージが飛んできたのは今から10分前のこと。
今頃大慌てでごはんとか食べているのだろうか。
中学校の頃とかは寝坊して慌てて来たときでも、ごはんは食べてきていたみたいだし。
「昨日は部活も遅くまでハードにやってたらしいしな。まぁ、しょーがない」
言いながら、少しだけ時計を気にするユウイチ。
つられて私も見てみる。
いつもの電車に間に合わせるなら残り5分くらいだろうか。
一応本人のその後のメッセージで『追いつくから先に行っててくれ』と来ていたので、シュウスケくんも間に合うことを期待しながら、私たちはすでに駅へ向かって歩いていた。
「正規メニュー終わった後にも、軽く区の体育館で調整したりしてるらしいし」
「スポーツ推薦で入ってるしねー、シュウスケくんは」
「まぁ……、がんばってはいるみたいね」
――素直じゃないなぁ。
「そういえば、聞いてる? シュウスケ、次期バスケ部キャプテン候補のひとりだ、って話」
「え、ホント?」「マジで!」
エリカと声が重なった。
紫苑寺学園高校バスケットボール部は全国的にもわりと有名。
そんなところでキャプテンになれるかもしれないなんて。
「……アイツ、何でエリカちゃんにまで黙ってんだよ」
「え? なに? 今なんか言った?」
「いやいや、何でもないよ。……んまぁ、シュウスケ本人はちょっと嫌がってるんだけどね」
「何で?」
エリカの疑問に合わせて頷く。
「『一番上だと自由が利かなくなりそうだから嫌だ』って。ちょっと下で動き回ってる方がラクなんだ、って言ってた。わからなくもないけどね」
そういうところでのキャプテンとか部長とか委員長とか、あまりなったことがないけれど間違いなく大変そう。
しかも、シュウスケくんの場合は、有名な学校の部活だ。
ちょっと想像がしづらいし、そもそもあまり想像したくない。
「ああ、そうだ。とりあえずシュウスケには、僕が今言ってたことはナイショね」
「りょーかい」
「ん、わかった」
そんなことを話している間に、駅に着いてしまった。
仕方ないから乗っちゃおうか、と目配せし合っていたところだった。
「間に合ったーーー!!」
雄叫び、ブレーキ音、旋風。
自転車に乗ったシュウスケくんの登場だった。
「お、よく間にあ……?」
「おはよー……?」
「もう、なにやって……?」
3人同時に絶句する。
「ちょ、お前!」「髪、すごすぎ……!」「なにそれ、寝癖!?」
一生懸命自転車を走らせたのだろう、前髪が思いっきり跳ね上がっている。
でも、それよりも目を引くのは、後頭部あたりの、前髪に負けず劣らず跳ねまくっている寝癖。
「寝癖……? あ、まさか、なおってない?」
「全然。ってか、シュウスケ、アンタほんとになおしたの? 整髪剤は?」
「いちおう付けたけど……、え。ごまかせてないか?」
「いやー……、さすがにそれはムリじゃないか? まぁ、とりあえずホームまで行っておこう。遅れちまう」
「お、おう」
「駐輪場からホームまでダッシュだからね!!」
エリカの言葉を背に受けながら、シュウスケくんは本日すでに何回目かわからないスプリントに向かっていった。
何とかいつも通りの時間にホームに着いた。
少しだけ息が上がっているところを見ると、シュウスケくんはエリカの言いつけを守って、しっかり走ってきたみたいだった。
それでも、少しだけしか上がらない息を見ると、やっぱりさすがの体力だな、なんて思う。
「……案外、なんとかなるもんだな」
「それにしたって、いろいろ代償にしすぎだよ」
「もー。ちょっとその体勢キープしてっ」
安心した口調のシュウスケくんにを苦笑いで迎える私。
そして、丁度いいタイミングで中腰気味になっているシュウスケくんの肩を、一瞬ホールドするエリカ。
「え?」という返答も無視して、そのままシュウスケくんの髪を直し始めた。
実は先にホームに到着していた段階で、エリカは手持ちの整髪スプレーをカバンから出して待っていた。
『あんな髪で街の中歩かれたら、私が恥ずかしい』なんて言ったりなんかして。
一生懸命のぞき込んだり、仰ぎ見たりしながら、スプレー片手に調節していくエリカ。
それを拒むこともなく、結構キツい体勢のまま無言で待っているシュウスケくん。
それを1列後ろから見つめる私と、ユウイチ。
ある意味、平和だった。
まもなくの到着を知らせる自動放送が流れ始める。
このまま何事もなく、今日は電車に乗れそうな気がしていた――――。
「ほんと、コドモっぽいんだから」
「ぁ、それ禁句……」
そんな台詞が飛び出てきた丁度のタイミングで、ホームの放送が終わってしまった。
時間もまとめて止まっちゃったみたい。
「あ? うるせえよ」
「……何よ」
そして、予想通りにオンになる痴話喧嘩スイッチ。
「寝坊とか、別にオトナでもするだろ」
「そういうことじゃないでしょ? いくらなんでも、こんなふうにしたまま学校行くなんて」
「うっさい、もういい」
「……ふんっ!」
○
また今日も、席が狭い。
でも今日はどちらかと言えば怒っているように見えるのはエリカの方。
この前よりはいくらかマシな感じがする。
パーソナルスペースの1割くらいは、ユウイチと重なってしまっている感じがする。
ひとまず他の人の迷惑にはならないことくらいしか、安心できる要素がない。
○
下車後、いつも通りにふたりと別れた数分後。
「なーんでエリカは、ああいう言い方しちゃうかなぁ」
「だって、シュウスケがコドモっぽいのは事実じゃん」
「……まぁ、そこはあまり否定しないけどさぁ」
あそこまで豪快に、寝癖を付けたままでやってくるとは思っていなかったけど。
どうにも油断というか、自分のスペックを考えないような行動を取ることがあるなぁ、とは昔から思っていたけれど。
「さっきのホームで、すっごい背伸びしてたのは見てたけどね」
「んなっ……!」
「わりとさっき、『背中、おっきいなぁ』とか、『ほんとに背伸びたなぁ』とか思ってたんじゃないの?」
「もー! 別にいいでしょ!」
ぷんすかしながら学校への道を、少しだけ早歩きになって進んでいくエリカ。
「……ふたりともコドモっぽいんだから、まったく」
だからこその似たもの夫婦なんだけれど、あえて言わないでおこう。
そんなことをふんわりと思いながら、エリカの背中を追った。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
ついつい世話を焼きたがるんですが……。
まぁ、ちょっと余計に言っちゃうのも、似た者同士ってことです。