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私鉄沿線恋愛専科 〜幼なじみをくっつけたいけど、どちらもいじっぱりで困ってます〜  作者: 御子柴 流歌
Extended Story 1

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理論通りに行かない甘さ・前篇 〜私鉄沿線恋愛専科・アペンドストーリー2〜


「……ふっぁああ」


 隣では大口を開けながらシュウスケがあくびをしている。

 2月も半ばにさしかかったくらいだが、朝の地下街の空気は案外冷たい。

 わりと身体は頑丈にできている幼なじみの男子だが、それでも少しだけこいつの喉の調子は心配になる。


「少しは抑えめにやれよ、あくびくらい」


「しかたねえだろ、眠いモンは眠いんだ」


「気持ちはわかるけどさ」


 眠いもんは眠い。

 確かにその通りだ。

 僕だって眠い。

 ただそれでも、公衆の面前、往来のど真ん中で、そんなに大胆なあくびをぶちかます度胸がないという話だった。


「……くふわぁ」


 なんとも文字に起こすのがめんどくさいようなあくびを連発するシュウスケ。

 よくもまぁ、そんなにバリエーション豊かなあくびができるもんだ。

 全然感心はしないけれど。


「……ふわぁ」


 ――あ、やべえ。うつった。

 けれど、ギリギリ手で押さえるのが間に合ったので良しとする。

 シュウスケも気がつかなかったようなので、さらにオーケーだ。


「ん?」


 それもそのはず。

 シュウスケは地下街の通沿いにある壁面看板やショーケースの中をチラチラと見ていて、注意がだいぶ削がれていた。


 少しだけ安心しながらシュウスケの視線を追いかけて――、納得した。


「……なるほどねえ」


 2月13日、月曜日。

 Xデー――なんていう言い方は無駄か。


 明日はバレンタインデー。


 今年も装飾はピンク色を基調として、とても華やかだった。

 いつも以上に華やかに見えるような気がするのは、自分の気の持ち方と状況のおかげだろうか。

 例年ならわりとどーでもいい扱いをしてきたようなイベントをただひたすらにごり押ししてくるような、押しつけてくるような印象しか持てなかったのに。

 変われば変わるモノだった。


 それにしても、だ。


 シュウスケの浮き足立っているような素振りったら、ひどいもので。


 気のないような風を装いたいらしいのだが、こちらからしてみれば全然そんな風には見えない。

 むしろ『俺、めっちゃ気になってンスよ~』と宣伝して歩いているように見えるレベルで、挙動不審。

 そもそも背が高いシュウスケだ。

 そうやって覗き込もうとするから余計に大げさに見えてしまうわけで。


「……気づいてないんだろうなぁ」


「ぁん? なんか言ったか?」


「いや。なーんも?」


「ふーん」


 ――いやいや、『ふーん』じゃなくてさ。


「シュウ。お前、チョコ食いたいの?」


「は!?」


 おおぅ、響く響く。

 地下街の奥の方にまで響き渡っていきそうだ。

 部活中に出すような声で驚くんじゃねえよ、なかなかに迷惑なヤツだ。


「お前は声がデカいんだよ、ったく」


 そして焦りすぎだ。

 わかりやすすぎる。


「別に、そういうんじゃねえから」


「いやいや。男に男のツンデレはいらねえから」


「どこがツンデレなんだよ、どこが」


 明らかに『そこ』だよ、お前のその反応だよ。


 そういう方面に目覚める気は全くない、って話だ。


「……なあ?」


「ん?」


 次も若干キレかかったような反応で来るかと思ったら、予想外に殊勝な反応。

 わりと困惑してしまうが、とりあえず先を言わせてみよう。


「ユウイチってさ」


「うん」


「ルミちゃんからチョコって、もらってたっけ?」


「……一応は」


 ウソではない。


「あ、そうだっけ? 知らなかった」


「わざわざ言うことでもないかと思ってな」


 そう言われてみれば、僕自身も、エリカちゃんがシュウスケにどんなプレゼントをしているかとかは訊いたことがない気がする。

 ルミとエリカちゃんのふたりの間でならそういう情報交換くらいはしていそうだが、男子連中がわざわざこういうことを話すかといえば、まぁ、そんなことはないわけで。


「……つっても、チロルとかだぞ」


「ああ、そう。……はぁ、なるほどね」


 一応、これもウソではない。


 少なくとも小学生くらいまでの話という扱いで言えば、これは真実だ。


 中学に上がってからというもの、去年までは少しグレードが上がったような雰囲気で。

 おそらくはルミの母親がくれたちょっとイイ感じのモノに加えて、手作りであろうチョコがあったりもした。

 ――毎年はっきり『ホワイトデー、マッテル』と、なぜかすべてカタカナで、まるで電報かと思えるようなメッセージを添えてあったが。


 今ならわかる。

 あれはたぶん、ルミなりの照れ隠しのようなものだったのだろう。


 当時の僕は、また面倒なネタで来るなぁ、と思っていたわけだが。


「そういうシュウは?」


「俺は、10円チョコとか」


 似たようなモノか。


「去年とかは?」


「アイツのオカンと抱き合わせだった」


 なるほど、そういうパターンだったのか。

 なんとなくエリカちゃんらしい印象だった。


「だったら余計に、今年は期待していいんじゃないのか?」


「……いや、どうだろう」


「なんでだよ」


 なんでそこで引っ込むんだ。


「エリカに料理のイメージが無い」


「いやいや待て待て。お前何言ってんだよ」


 そんなわけ無かろうと、小学生・中学生だったころ、同じクラスでわいわいやっていたころの、家庭科の授業を思い出し――。


「……すまん、わりとその通りだった気がする」


「いや、俺に謝られてもあんまり意味は無いな。アイツにわざわざ言う気は無いし」


 味は悪くないのだ。

 いや、それどころか、実にしっかりしている方だと思う。


 けれど、いかんせん、見た目がアレだった。

 典型的『腹の中に入れば同じこと』を地で行くタイプだった。


「でも、期待してイイと思うぞ?」


「……疑問形の時点でなぁ」


 シュウスケには珍しく、少しだけ落ちている。

 今日もこいつは部活があるので、長い1日を過ごすことになる。

 せめてもう少しだけ上向きの気持ちにしてやりたかったが、時間が足りなかった。

 改札を過ぎたところでシュウスケの乗る地下鉄の発車ベルが聞こえてきたが、駆け込み乗車をするだけの気力も無かったらしく、少しだけ肩を落として乗車列の人になった。





         ○





 今日の午後の授業2時間分は家庭科だった。

 2コマ続きでやることと言えば調理実習。

 実にタイムリーな今日のお題はお菓子作りだった。

 クッキーでもチョコレートでも、何でもオーケーということだったが、だったらばということで大概のグループはチョコレートクッキーを作っている。

 中にはチョコチップクッキーを選んだところもあるようだ。


「アズサー?」


「んー? 何さー」


 準備をしている菅原(すがわら)(あずさ)に話しかけるのは小松島(こまつしま)隼斗(はやと)

 例の幼なじみ4人衆のうちの半分が、僕と同じグループだった。

 何のことはない、出席番号の並びで割り振られただけの話だ。

 ちなみに残りのふたり、中野(なかの)純一(じゅんいち)伊藤(いとう)真奈(まな)はそれぞれ別のグループになっている。


「アズサはもうアヤツにやるチョコ作ったの?」


「今、下準備してるとこ。今日の夜から作る予定」


「今年はどうよ? うまくいきそう?」


「んー……、どうかなぁ。そこまで自信は無いかなぁ」


 いつもパワフルな印象のある彼女にしては、ちょっと珍しい反応に見える。


「去年は自分的にもそんなにイイ感じじゃなかったから今年はガンバりたいんだけどねー。……なんかアドバイスない?」


 絞り袋の準備を終えたアズサが、ハヤトに訊いた。


「俺に言われてもなぁ。チョコの湯煎には気をつけて、くらいしか言えねえかな」


「ハヤトパパは何か伝授してくれないの?」


「完全なる専門じゃないからなぁ……」


「えー。なんか何でもできるイメージあるー。デザートとか作ったりするじゃん?」


「……たぶんそもそも、今の俺が料理する風に思ってないと思うぞ?」


 割と最近聞いた話だが、ハヤトの親父さんはフレンチのシェフだそうで。

 あまりの意外性に思わず変な声を出してしまい、ハヤトに爆笑されてしまった。


「じゃあ、紫藤(しどう)くんは?」


「そんなの、あるわけないっしょ」


「えー、即答?」


「そりゃあそうでしょうよ」


 一通りのことはレシピを見ればそれなりにできる自信はあるが、それを見ていなければできるわけがない。


 っていうか、アズサさん。

 そういう話を僕に振ってくるのは非常に困るのだがね。


「ああ、そういえばユウイチよ。お前はカノジョからのチョコは期待できるのか?」


 ――ほら、来た。


 絶対こうなると思ってたんだよ。

 アズサちゃんがこっちを見た瞬間に、ハヤトの目がギラッと光ったのを見てしまったのだから。


「……さぁな?」


「えー! なんでそんなツレない言い方するのー!」


 ――ほら、また来た。


 絶対こうなると思ってたんだよ。

 ジュンイチとマナちゃんならまだしも、アズサちゃんとハヤトがこういう話に食いつかないわけがない。

 切り込み隊長みたいなところがあるんだ、とくにこのふたりは。


 ――ああ、向こうの方ではジュンイチが、こっちの方ではマナちゃんが、それはそれは部外者の視線でニヤニヤしている。

 イイよなぁ、あれこそまさしく対岸の火事ってヤツだ。


「それで? 実際のところどうなんよ?」


「ルミちゃんって、お料理とか結構得意そうだよね。雰囲気的に」


 どういう印象論だよ。


 しかし、この左右両側からのサイドアタックの応酬は厳しい。

 どんな破壊力だ。

 これ以上抗っても仕方がなさそうだ。


「で? で?」


「……まぁ、不得手ではないぞ」


「じゃあバッチリ期待できるじゃんか」


 ばしばしと肩を叩いてくるハヤト。

 やめろ、小麦粉が散るだろうが。

 っていうか、お前、ピッチャーのクセにもう少し利き腕を大事にしろよ。


「……くれるかどうかは知らんぞ」


「いやいや。なんでそこでいきなりツンデレるんだよ、お前は」


「は?」


 そんなわけないだろ。


 なんで、そんな、シュウスケみたいなことを――。


「バカだねー、紫藤くんは」


「何がさ」


「カノジョがバレンタインに何もくれないわけないでしょ!」


 アズサちゃんの力説が、なぜか妙に静かになっていた調理実習室に響いた。


 ――。


 ――――。


 ――え?


「え! 紫藤くん、カノジョできたの!?」


「マジかよ、ユウイチてめえっ!」


「あれか! 学祭ンときに来てたあの子か!!」


 ――なんだか、猛烈に面倒なことになったような気がするのですけど。


 調理実習なんてそっちのけ。


 しばらくの間、準備なんかできやしなかった。




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