1月篇兼エピローグB: 幼なじみはくっついたけど、結局いじっぱりで困ってます
「珍しいわね、ルミが着物で行くっていうなんて」
「ごめんね、めんどくさいこと言って」
「べっつにぃー? これを機に、しっかり自分で着られるようにはなってほしいけどね」
「……がんばって覚える」
「そうねえ。がんばって、覚えて欲しいわぁ」
着付けを手伝ってくれているお母さんが、明らかにその真意を知っている口調で言ってくる。
何となく納得は行かないが、今更どうこうできるようなことでもない。
私たちの高校の学校祭――桜雲祭の帰り、ユウイチは私をウチまで送ってくれた。
それはたしかにいつも通りのことではあったのだけど、私たちはその日、最寄り駅からずっと手をつないだままだった。
何となく名残惜しかったのかもしれないが、その理由は今でも解らない。
ただひとつ事実として、手をつないだままで私たちは家の中まで入ってしまったことと、それを思いっきりお母さんに見られたことが問題だった。
と言っても、第一声に『あー! やっとくっついたの!?』と言われてしまったら、もう観念するしか無いと思うのです。
「よしっ。これで大丈夫」
「ありがと」
「ユウくんに喜んでもらえるといいわね」
「……」
敢えて返事は返さなかったけれど、途中から頻りに私の耳を触っていたお母さんにはきっと解るはずだ。
――そんなわけで。
「脚とか大丈夫か、疲れてないか?」
「大丈夫よ」
神宮までの道中、途中から何度も何度もユウイチは心配そうに声を掛けてきていた。
さすがにそこまで気にしなくても大丈夫なのに、と思いながらも、決してイヤではなかった自分が居た。
ちょっとお節介が過ぎるような気もするけど、そういうところがユウイチらしさだったりする。
「それにしても、やっぱりすごい人だなぁ」
「予想はしてたけどね」
何年か前に家族で、元日を外して参拝に来たことはあったけれど、そのときも賽銭箱の前にはものすごい数の人の姿があった。
今回はそのときと比べてもだいぶ違う。
「並ぶ前にちょっと休憩しないか? ……出店もあるし」
「そっちが本懐でしょ?」
「6割くらい正解だな」
「じゃあ、行きましょ」
そんなことを戯れに言い合いながら、屋台などが並んでいるエリアに向かう。
――ユウイチは口ではそう言ってるけど、着物を着慣れていない私のことを気遣ってくれたってことくらいはわかる。
私が行くと言ったのを聴いてほっとしたような顔をしたから、恐らくその考えは当たっているはずだ。
そういうところなのだ。
「今気付いたけど、お昼のタイミングだったんだな」
「あ、ホントだ」
「まぁ、正月からやってるお店は無いしな」
「……あー、どこかに入ってランチとか考えてたの?」
私は完全に忘れていたけれど。
「んー、いや。完全に行き当たりばったり。この辺だとさすがに、どこにどんなのがあるかもよくわからないしな」
「私は全然、そこらへんので構わないわよ」
「そうか?」
申し訳なさそうな顔をするユウイチ。
今、彼が考えていることはすごくよくわかる。
でもその考えは、私の気持ちをあんまり理解できてないね。
「今日は私がいきなりユウイチを誘った所為だし、そもそも私はユウイチと居られればおっけーだもの」
「……ありがと」
「どーいたしまして」
素直に言うって、やっぱり大事だ。
適当に粉モノで空腹を満たしたところで、改めて参道へと向かう。
――いくつかのお店を経由したが、どこのお店のおじさんもオマケをしてくれた。
ありがたいのだけど、おかげさまでおなかまわりがちょっと苦しかったりする。
結局無事参拝が出来たのは、それからかなりの時間が経ってからだった。
時々並んでいる列を振り返って様子を眺めてみていたけれど、振り向くたびに列のうしろにまた列ができていた。
切れ目のない列とはこのことか、とちょっとだけ感心したくらいだった。
「おみくじとか、お守りとか買ってくだろ?」
「うん。ユウイチは何か買ってこいとか言われてるの?」
「……思いっきり」
「うわぁ」
見せつけられたのは熨斗付きの袋。
0の数がいちばん多いお札が数枚入っていそうだ。
「『神宮行くんならいろいろ買ってきて! お金はひとまず渡しておくからレシート見せてくれればいいわ』とのことで。で、何が欲しいかはあとでラインするとか言ってたんだけど……」
「あはは……、ユウイチのママらしいわね」
案外豪快なところがある人なのだ。
「いやいや。御神酒はダメだろ。何、ナチュラルに高校生に酒買わせようとしてんだよ」
私たちは、紛れもなく未成年だ。
ユウイチがそんな文句をスマホに向かって言っているときだった。
「え……? 何で?」
「は?」
聞き覚えのある声。
聞き慣れた、声。
さーっと血の気が引くような音を聞いた気がする。
振り向けばそこには。
「なんで、着物?」「なんで、着物?」
全く同じ事を言い放ったエリカと、ぼんやりと私たちを見るシュウスケくんの姿。
――そして。
「わー! また会えるなんて思わなかった! 超嬉しい!!」
「あんまりはしゃぐなー」
「新春からポロリ大サービスを期待するぞ? ……って、うわ。ユウイチもいたのかよ」
「結構遠出してきたねえ」
アズサちゃんたち、ユウイチのクラスメイトな幼なじみ達があった。
こちら4人はふつうの格好だ。
なんとも言えない気分にさせられる。
いや、今はそれどころじゃ無い。
「ちょ! ちょっと、エリカ! アンタたちここに来るなんて言ってなかったでしょ?」
「それはこっちの台詞! ルミこそなんで黙ってたのよ!」
黙っていたわけじゃない。
誰にも言えない事情っていうのは、誰もが持っているでしょう。
「別にいいでしょ、それくらい。……そうよ、デートよデート!」
「……神前挙式デート?」
何だかアズサちゃんが小声で言ってきたけれど、まだ無視でいいはず。
「それなら、私たちも同じよ? たまにはこっちまで来るのもイイでしょ、ってことで」
ウソでしょ。
理由まで同じとか、どういうことなの。
そこまで幼なじみしなくてもいいのに。
「わかる。わかるぞ、キミたちガールズ2人衆」
ハヤトくんがどこぞの探偵のように顎あたりに手を当てて、訳知り顔でこちらに向き直った。
――ものすごく、嫌な予感。
どうにもこの人は鋭いところがあるから、少し苦手だ。
例の『いじっぱり発言』もあるし。
そんなことを思っていたら、エリカがハヤトくんに詰め寄った。
かなり真剣な表情だったせいか、ハヤトくんが少し引いた。
これはチャンスかも知れない。私もくっついていく。
「……あ、でも、これは言わない方がイイか?」
「できたらシュウスケの耳には入れたくないかなぁ」
「私も、ユウイチには黙ってて欲しいかなぁ」
「ん。了解」
ただ、この人は、割と聞き分けは良いのだ。
押すところと引くところの駆け引きが巧いというか。
――そういえば、この人はピッチャーをやっているんだっけ。
ふとユウイチの方を見れば、ジュンイチくんがシュウスケくんも連れて、少し離れたところに行っていた。
と思ったら、何故かセルフィーを撮り始めた。
何、この連係プレイ。
私の視線方向に気が付いたエリカも、ユウイチたちの方へと意識を向けた。
――そう、私たちは完全に意識をハヤトくんとマナちゃんから逸らしてしまう、という大きすぎるミスをやらかし
た。
「ねえ、ハヤト」
「ん?」
「このふたりって、まさか……」
「ああ、たぶん去年あたりにふたりでいっしょに、恋愛成就のお守りとか買いに来たんだろーさ?」
「あああー!!」「あああー!!」
図星!
ええ、そうですとも。
去年のお正月、エリカとふたりでこの近くにあるおしゃれな喫茶店でお正月メニューをやってるということで来たついでに、神宮にお参りするのもいいよねという流れになったとき。
そういえばと思いだしたのは、御利益のひとつに縁結びがあるということ。
せっかくだからとこっそり肌守りや学業成就のお守りに混ぜて、縁結びのお守りも買ったのだ。
ようやく年内ギリギリにだったけれど、それでも成就したのでそのお礼参りをするというのが、今回の目的――だったのに!
「え? っていうか、エリカもお守り買ってたの?」
「それもこっちの台詞! ルミこそ何時の間に!?」
「……え、何。俺の予想と違うんだけど」
「ふたりでいっしょに、って言ったもんね。ハヤト」
「……ああ、そうか。だから今回4人じゃなかったのか」
納得するな、ハヤトくん!
そうですよ。恋愛成就のお守りを買ってたことなんて、知られたくなかったもの。
お礼参りとデートを兼ねていたなんて、知られたくなんかなかったもの!
「まぁ、御利益はあったみたいだから、良いんじゃね?」
「うるさいっ!」「ハヤトくん黙って!!」
「ええ~……」
一喝!
――いじっぱりは、当面直らないかも知れません。お互いに。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました!
週2回の更新でやって参りました本作ですが、これにて完結です!
実はこのお話、最終的なオチを考えずに書き始めていました。
「語り手側もいじっぱりな幼なじみ」という設定は、わりと土壇場で決まった内容です。
最終章でサブタイトルをリフレインできたので、個人的には満足の行くものになったと思います。
ということで、次回作にご期待ください!




