10・11月篇第3話: 旅行先なのに日常感がやってきてしまって困ってます
見学旅行も3日目。
早くも日程の折り返しになった。
今日はクラス別研修ということで、学級ごとに話し合って決めたプランでの観光――もとい、お勉強。
いくら日本史の資料集では見たことがあるとはいえ、紅葉の中の金閣を見たときはさすがにテンションが上がった。
これがホンモノか、と。
そんじょそこらの有名人に出会うよりも嬉しかったかもしれない。
清水の舞台からの眺めは格別。
天気が良くて最高だった。
もちろん旅に付きもののハプニングなんかもいろいろとありつつ、早くも夕暮れ。
バスに揺られてうとうとしている間に、今日の最終目的地――宿泊先のホテルを除く――に到着だ。
話には聞いていたが、実際に中に入ると相当に格式の高そうな雰囲気。
後ろの方からはきゃあきゃあと黄色い喚声が上がっているし、ときどき「これ、見学旅行で来れるレベルか?」とかいう疑問の声もちらほら。
ひどく納得が出来る反応だった。
お膳からはすでにあたたかな湯気。
こっそりと蓋を開けた同級生の声を聞けば、湯豆腐とのこと。
この場の空気に似つかわしくないほどの喧噪で、夕餉の幕が開いた。
旅のしおりにも書かれていたが、納得だった。
どうしてわざわざ『夕食』ではなく、『夕餉』と書かれていたのか。
なんかちょっと違う言葉にしたいというその心意気、すっごく理解できてしまった。
見学旅行にしてはとてもゆったりとした、そんな夕餉はたっぷり2時間の予定。
研修中の慌ただしい移動から考えたら、随分と大きなギャップがある。
周りを見れば完全にだらけムードになっているヤツもいる。
疲れからか、お膳の前で船を漕いでいるような動きになっているヤツもいた。
大丈夫か、あれ。
そのまま鍋に顔を突っ込まないといいけど――って、あ、起こしてもらった。
やっぱり寝てたのか。
そんなコントみたいに周りを見回さなくたっていいじゃないか。
しかし、気持ちはわかる。
日程もちょうど真ん中。
どことなくふんわりとした空気にこっちも眠くなってきた。
まさに、丁度いいタイミングだった。
「……ん?」
スマホが震えた。
メッセージとかの着信は基本的に何も鳴らさない設定にしている。
ならば、通話の着信か。
ポケットから取り出してみれば予想通りだったのだが――。
「は? ビデオ通話?」
思わず言葉が口をついて出てきた。
相手は、ルミ。
いつもならメッセージとかで済ませてしまうのだが、珍しい。
――こちらの空気感みたいなものでも知りたくなったのだろうか。
一旦席を外そうかと思ったが、まだ出てきてないメニューもありそうだ。
画面のインジケータを確認。
Wi-Fiは掴めている。
大丈夫。
バッテリーも、なんとか大丈夫だろう。
「もしもーし?」
『あ、ユウイチ? 元気ー?』
『ユウくーん! やっほー!!』
『よっす』
「……おお、勢揃いかよ」
ほぼいつも通りのルミ。
元気なエリカちゃん。
ちょっと遠目からシュウスケ。
思わず笑ってしまった。
『あれ? あんまりびっくりしてない?』
「びっくりはしたけど、……なんていうか、一瞬で京都に居る気がしなくなったな」
ものすごい日常感。
そして、安心感のようなものもあった。
一瞬にしていつもの生活が、自分の周囲に戻ってきたような感覚になってしまう。
――まさか、軽いホームシックになっているわけでもあるまいし。
「ところで、それどこから?」
『エリカん家からよ』
『お父さんのパソコン借りてるんだー』
「なるほど」
シュウスケが居るのも、3人ともしっかりカメラに写っているのも納得。
そんなことを思っているとシュウスケの声が、ちょっと小さめだが聞こえてきた。
もう少しカメラに近付いてくればいいのに。
ちょうどエリカちゃんの隣、空いてるのにな。
『そっちの通信って大丈夫か? 意外としっかり通話できてるけど』
「ああ、Wi-Fi来てるから大丈夫」
『完璧だな』
『ねえねえ、晩ご飯どう? 美味しいの?』
「ん?」
何で晩ご飯の真っ最中なのを知っているのか? なんて思った瞬間に、理解する。
ルミが日程を訊いてきたのはこのためか。
なるほどな。
そうでなければ、この日はどこに行くのかとか、それくらいで充分だ。
わざわざ何時頃に何をしているかなんて、訊く必要はそれほど無い。
「だいぶ食べちゃったけど、こんな感じ」
『おおおー!』『おおおー!』『おおおー!』
随分と綺麗な混成3部合唱だった。
なかなか話のネタは尽きない。聞き手のリアクションもいいから、ついつい『こんなこともあったんだけど』とネタを増やしてしまう。
目の前のお膳にはいつのまにかお皿が増えてきていた。
「おー、ユウイチ。お前、それ食わんの?」
「ん? あ、いやちょっと待って。食べるから、いやし食いはやめてくれ」
「失礼だなぁ」
「いやいや。思いっきり喰う気満々だったろ、お前」
そそーっと寄ってきたのは小松島隼斗。
月雁祭のときに我がクラスの執事喫茶のエース格だったうちのひとりだ。
背はそこそこで身体の線は細い方だが、意外に食べるヤツだ。
さすがは野球部。
「ったく、お前はいい加減にしろよ。……ん? 何してんだ、ユウイチ」
軽くハヤトの首根っこを掴んだのは、彼の幼なじみでもある中野純一。
同じく執事喫茶のエース兼野球部キャプテン。
――天はこの幼なじみに何物を与えてしまったのやら。
『ん? 誰、誰? お友達?』
「うん、同じクラスの」
「ああー、なるほど。誰としゃべってんだろうな、と思ったらビデオ通話か」
「そんなことしてたのか。どもでーす、ユウイチと仲良くさせてもらってまーす」
『こちらこそー。ユウイチ、迷惑かけてないですか?』
ルミさんや。あなたは僕の母親か何かですか?
「いやいや、全然。しっかりしたよい子で」
ハヤトも同じような応えを返した。
「お前は僕の何だ」
三者面談の担任かよ。
「ん? あれ?」
そんなツッコミも空しく、ハヤトは眉間に皺を寄せる。
何かを思い出そうとしているような雰囲気だが、何かあっただろうか。
何となくハヤトの視線を追ってみると、その先にいたのはルミとエリカちゃん。
――――ん?
「その娘たち、何か見覚えあるんだけど……。どこだっけ?」
顎に手を当て、しばらくして今度はその手をこめかみあたりに移した。
2時間ドラマの探偵が悩んでいるような感じの動きだったが、どうやら何かが降りてきた。
「あ!」と小さく口だけを動かす。
画面をのぞき込んできたジュンイチは、直ぐさま答えが出てきたようだ。
「あー、そうか。もしかして、あの時のふたりか」
『あの時って……』と、ルミ。
「っつーか、後ろの彼で確信だ。月雁祭のとき、執事喫茶の入り口のところで『ご指名は?』って訊いたんだよ、この子らに」
『ああ!』『あっ!』『んんー……?』
エリカちゃんとルミのリアクションが綺麗に重なったが、そこにちょっと雑音っぽいシュウスケのうなり声。
何かを思い出そうとしているような感じだけど、何だろう。
『ああ、思い出した!』
『いや。シュウスケ、アンタその反応はさすがに遅いって』
『そうじゃなくて。もしかして、そっちのふたりってさ、この前の野球部の秋季大会でウチに勝った人?』
「ん? あれ? キミも野球部?」
ジュンイチが反応した。
『や。俺はバスケ部なんだけどさ、大会の応援の応援部隊でスタンドの前列の方に居たんだよ。君ら、ショートとピッチャーだよね? 何か見覚え有るなぁ、って思ったんだけどそういうことか』
意外と人をよく見ているシュウスケらしい。
「え、どこ高?」
『紫苑寺』
「おお! ってことはバスケめっちゃウマいんじゃん!」
今度はハヤトも食いついた。
その後、通話は完全にシュウスケ・ハヤト・ジュンイチの3人に乗っ取られてしまった。
部活のことなどで盛り上がられてしまったら、さすがにどうしようもない。
相鎚を打ちつつ、3人が互いに知らないことなどを補足する役目をこなすだけだった。
エリカちゃんはときどき『へー』なんて言っていたが、ルミはどうにも不機嫌そうだった。
「じゃあ、呼び方は『シュウちゃん』がイイ? それとも『モモちゃん』?」
『待て待て。ちゃん付けは固定なのかよ』
「俺は『シュウちゃん』派かな」、とジュンイチ。
「オレは『モモちゃん』なんだよなぁ」とハヤト。
『……もう、それでいいよ』
あ、折れた。
意外と圧し強いからなぁ、このふたり。
『何かお前らふたりって、ユウイチと似てるな』
「そうか?」「そうかな?」「どうだろう」
『いや、似てるわ。どう考えても』
さすがに似たようなリアクションを3つ重ねてしまったら、そこまで強く否定できなかった。
――これは、完全に主導権をシュウスケに持って行かれそう。
そんなことを思ったときだった。
見学旅行の神は、まだ僕に味方してくれていた。
「ジュンイチー? どしたのー?」
「なにしてるの?」
強力な助っ人だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
久々のゲストキャラ登場ですが、さらに増えます。




