9月篇第4話: 得体の知れない突然の誘いに困ってます
別に要らない報告を残し、ユウイチがトイレへと向かってから30秒程度だろうか。
「ユウくんに気遣わせてたよね、きっと」
「そうかも」
途中から何となく居づらそうにしていたのは察していたけれど、エリカもそう思っていたらしい。
朝からそうだった。昨日からあまり寝られず、まどろんでいる間に朝になってしまったのが主な原因。
思い返せば家に帰ってから何となくすべてが手についていない感覚はあった。
それをユウイチやエリカに当てこするみたいになってしまったのは、ちょっと反省している。
これじゃエリカたちのことをどうこう言えた立場じゃない。
そんなのはダメなんだ。
「……私のせいだから、しっかりしないと」
「そうかな? どっちかと言えば私じゃない?」
「ううん、そんなことないから」
「わーかった。だったら、今はそういうことにしといたげる」
「ありがと」
無駄に押し切ってこようとしないあたり、エリカも良い子なんだけれど。
ため息のような、よくわからない深呼吸をしようとした。
その時だった。
「やあ、お姉さん達」
「どうもどうも」
随分と熟れた感じの男がふたり、近付いてきた。
どちらとも、上下パリッとしたスーツに身を包んでいて、それなりに背はあったが、ユウイチほどでもない感じ。
――何だろう。まるでイイ予感がしない。
「おふたりとも、今暇してるかなぁ?」
「いえ、ちょっと待ち合わせ中です」
できるだけ、毅然とした口調で。
こういうときには絶対スキは見せちゃダメ。
そもそも、こんなに衆人環視があるというのに、大した勇気をお持ちなようで。
「あ、ちょっとイイですか?」
「え?」
「別に大丈夫だよー」
エリカが急に話を遮ったかと思えば、私に後ろを向くように促してくる。
よくわからないけどおとなしくしたがってみる。
「ねえ。何か、この人たちと同じようなカッコの人、この辺にまだいるんだけど」
「え、ウソ」
バレないように最小限の動きで周りを見てみると、たしかに居た。
どうしよう。
っていうか、こいつらの目的って何?
「いやさ。もしこの後、時間が合ったらの話なんだけどね」
「ほんのちょーーーーっとだけ、付き合って貰いたい場所……場所っていうのかな? まぁ細かいのはいいか」
「雑だなお前」
「いいんだよ。今は関係ねえ。……とりあえず、来てもらいたいところがあるんだけど」
何これ。ナンパともちょっと違うような気がする。
全力で、脳内のどこかでサイレンが鳴らされている感じ。
――ちょっとこれって、マズくない?
誰か。
誰か――。
早く、帰ってきて――――。
「あー、悪いねえ。俺のツレの相手なんてしてもらっちゃってさぁ」
聞き慣れた声。
シュウスケくんだった。
何だか似たような光景を、ちょっと前に見たような気がする。
「あれ? シュウスケの知り合い?」
「だーかーらー。ツレって行ってんだろうが」
――あれ? 知り合い?
「ゴメン、ふたりとも!! ……って、あれ? シュウ?」
「ああ、ひとつ訂正な。『俺たちのツレ』だから」
「わ」「ひゃ」
シュウスケくんはエリカを自分の胸元に引き寄せつつ、慌てた様子で走ってきたユウイチに私を押しつけた。
――え。ちょっと待って。ちょっと待って。
理解が全然追いつかないんだけど。
ユウイチを見上げてみれば、同じような表情で私を見つめている。
と、思っていたら、ちょっとだけ、左肩にかかっている腕に力が込められた。
「何だよぉ。お前の監視があるんじゃさすがに勧誘ムリだなー」
「そうだそうだ。諦めろ。お前らのためにここに来てもらってんじゃねーんだよ」
「ハイハイ。お熱いことで」
「ば、ばーか! そういうんじゃねーよ!」
赤くなった。
「何言ってんだよ。自分から『俺のツレ』とか言ったんだろうがよぉ」
「うっせえうっせえ、言葉の綾ってヤツだっつの。ほら、さっさと散って、別な子誘えや」
「言われなくてもそうするっつの」
スーツの彼らは、わりと深く落胆したような様子で去って行った。
「ミスコンの勧誘!?」
「えー!?」
しばらく歩いたところにあるフードコート風のスペースに席を取り、ユウイチの奢りでピーチティーを飲みつつ、シュウスケくんからのネタばらしを受けた。
話を聴くと、どうやらあのスーツ姿の子達は、例のミスコンの飛び入り参加者を勧誘する部隊。
基本的には在校生による大会ではあるのだが、特別枠として飛び入り参加で他校の学生も、学生ではない人も出られると言う話。
例年教員もかり出されるんだと言う話は、後から聞いたネタだった。
結局のところ、私たちふたりがその勧誘のターゲットにされたということだった。
しばらくして、シュウスケくんのところにさっきの勧誘担当の子から謝罪のDMが飛んできた。
細かい文面は誰にも見せられないと言ったが、なにやらシュウスケくんにとってはクリティカルな言葉だったことは彼の顔色からカンタンに想像が付いた。
「いや、もうホントに面目ない……」
奢りの紅茶を持ってきてから、ずっとユウイチは平身低頭。
どうしようもなく申し訳ない顔をしたままだ。
「ユウイチもユウイチだ。あんなところでふたりだけにするとか」
「だから、マジでホントにごめんなさい」
「いいよー、ユウくん。そんなに謝んなくたって」
「そうそう」
シュウスケくんよりちょっと遅かったけど、来てくれたんだし。
「せめて、俺とエリカでふたりにするならまだしも。……この前みたいにさぁ」
「……何だよ。お前、気付いてたのかよ」
「そりゃそうだ。さすがに俺のことを馬鹿にしすぎだ」
「マジかよ、絶対気付いてねえと思ったのに」
「てめえ……」
ゆらりとシュウスケくんがユウイチとの距離を詰めた。
あとは男子同士で盛り上がってもらうとして。
「ねえ、エリカ?」
「ん?」
「もしかして、エリカも気付いてたり?」
「そりゃーね。シュウスケで気付くくらいだし」
なーんだ。がっかり。
でも、だったら今度はしっかり私たちが手配するまでもなく、ふたりで映画とかに行ってもらいたいところだけれど。
そんなことを思っている間に、男子同士での落とし前がついたらしい。
「ってなわけだから、あとはユウイチの希望通りに、こんな感じに別れて学祭を楽しみましょうや、と」
「くそ……、シュウスケにしてやられる日が来るとは」
シュウスケくんは満面の笑みで、私とユウイチの肩同士をくっつけつつ自分の椅子に戻った。
――ユウイチの希望どおりって?
それって、つまり?
「お? 見たことのある人らがいるなぁと思えば」
そんな夢想も雲散霧消。
不意に声がかかった。
その方向を見れば、今度は見覚えのある人だった。
「おー、青木くんだ」
「あ、やっぱり紫藤くん。どもども」
「あれ? 何でお前らそんなに仲良くなってんの?」
「そりゃあねえ」
「何か似たような匂いを感じたっつーか?」
「あんときの一瞬でかよ。すげえな」
幼なじみ感すら漂うくらいの雰囲気だった。
せっかくだし、なんて言いながらふたりはLINEのIDを交換し始めている。
友達関係ってどんなタイミングで始まるか、ほんとにわからないものだった。
「いやー、それにしてもこの前のことはやっぱり謝らないといけないんだなぁ」
「この前って?」
「この前ってか、昨日か」
うんうん、と頷きながら青木くんは続けた。
続けて、――爆弾を放り投げてきた。
「シュウスケの彼女をさー、紫藤くんと付き合ってるみたいとか言っちゃってさー」
「はぁっ!?」「ええっ!?」
ガタン、バターン! と勢いよくパイプ椅子が倒れて、周囲の視線をふたり占め。
「いやいや、なんでそこで驚くんだよ。お前がさっき言ってたんだろ? 『俺のツレに手を出すな!』って、彼女を抱き寄せながら……ぶふっ。いやー、熱いねー。こんな季節だっつーのに、半袖にならないとキツいぜまったくよー」
あ、噴き出した。
煽っている自覚はあるんだ。
最後なんて割と棒読みになってるし。
っていうか、さっきのやりとり見てたのね。
でもね、青木くん。
――あなたのその考えは、だいたいは合っているんだけど、根本的なところでちゃぶ台返ししちゃっているわ。
「うっさいわー!!」「うるさーーい!!」
「え、な、何! 何で怒るの!」
「撤回しろー!」「撤回しなさーい!」
「うわ、ちょ!!」
脱兎の如く人混みの中に突っ込んでいく青木くんと、それを追う肉食動物系カップル。
あの発言は紛れもなく、狩りのスタートの合図だった。
「あらら」「あっちゃー……」
ユウイチと同時に声が漏れ出た。
「何だか、見覚えのある光景だよなぁ」
「たぶん、中学の……」
「学校祭だな……」
ウチらの幼なじみの学校祭マジックって、こういう効果しか出せないのかしら。
「でも、ああならないとあのふたりって落ち着かないのかもね」
「オチもつかないしな」
「……」
「ごめんて」
「晩ご飯、ユウイチの奢りね」
「……ん」
――よしっ。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
ユウイチ、それは寒いぞ?
(「ちょ! アンタが言わせたんだろ!?」)
はい、何か聞こえますが、無視しましょう。
そんなわけで、結局は元どおりになってしまう幼なじみたちでした。
次は10月篇!




