9月篇第2話: 思わぬ現実を突きつけられて困ってます
青木くんからメニュー表を渡される。
出されるものはさすがに学校祭の域は出ないみたいだけど、それでもよく寝られているなーという印象を受ける。
高級住宅街の一角にあるちょっとおしゃれな喫茶店に似たような。
調査とか行ったんだろうなぁ、なんて思ってみたりする。
「僕は、アイスカフェラテで」
「あ、じゃあ私もそれ」
「私もー」
「かしこまりました」
きっちりと応対モードになって、青木くんが去って行った。
「ほんと、よくできてるなぁ」
「……ユウイチ、さっきから自分のとこの執事喫茶と比べてるみたいだけど」
「ああ、ごめんごめん。なんかさ、『ああ、こうすればもっとよかったのかー』みたいに思っちゃって」
「あれ? ユウくんってば、結構ノリノリだったの?」
「そーんなこと、ない、……はず」
「何でそこで口ごもるのよ」
「お待たせいたしました」
意外と早い。
そして、聞き覚えのありまくりな声。
「おかえりなさいませ、お嬢様に……お、おぼっちゃま」
――シュウスケくんだった。
私たちの目の前にカフェラテを置く所作。
意外とよく出来ている。
がんばって練習したんだろうなー、って感じは抜けていないけれど、それも何だか味があってイイ感じだった。
そのあたりは、ユウイチの方が一枚上手かも知れない。
「シュウ。そこで噴き出すのはダメだぞ」
「え。なんで照れもしないんだよ」
「笑ったからだ。ネタを言う前に芸人が笑ったら意味ないだろう」
「誰が芸人だ、誰が」
「それに、散々2ヶ月前に言いまくった人間が、今更言われる立場になったところで恥ずかしがるわけないだろ? おぼっちゃま?」
「くっそ……。あのときの意趣返しだったのに」
「残念でした」
俺に勝とうなんて100年早いわ、なんて思っていそうなユウイチの横顔。
あの時――、というと、月雁祭の執事喫茶。
執事服姿を拝んでやろうという目論見で行った、ユウイチのクラスの執事喫茶。
シュウスケくんあたりはとくに『いつも違う姿をからかってやろう』と思っていたみたいだけど、結局のところ大やけどをしたのはシュウスケくん。
『おかえりなさいませ、お嬢様』を言うところを堪能しようとした矢先に、返し刀で『おぼっちゃま』と言われた。
お嬢様の対義語がおぼっちゃまなの? と思ったが、彼らが調べた結果その言い回しが最善という話。
それに対して完全に戦意を失ったのが、シュウスケくんだった。
それにしても、いつものブレザーと違うシュウスケくんも、なかなか――。
「悪くないねー」
「悪くないな」
「……ありがとよ」
エリカは、さっきから彼に向かって視線だけはチラチラと送っているようだが、本当に一瞬だけシュウスケくんに向けるだけ。
カフェオレのグラスに顔を埋めるようにしながらなのもあって、シュウスケくんはそれに気が付かない。
「エリカ、意外とテンション低めよね」
「そんなことないでしょー」
ユウイチの執事喫茶のときの方が、余程ハイテンションだった。
それこそ、こっちが少し恥ずかしくなるくらいには。
「せっかく今度はシュウスケくんの執事服なのに」
「え? ま、まぁ、……悪くはないわね」
私たちと同じようなことを言う。
照れ隠しにしか聞こえない。
「別に俺も、お前に見せるためだけにコレやってるわけじゃねーからな」
「そりゃーそうでしょ、何を当たり前のこと宣言してるのよ」
「ほら。これだから」
「……なによ。文句あんの?」
――ああ、もう。
今はそういうことを言い合うタイミングじゃないでしょ。
「アンタじゃ、そこまでグッと来ないのよね」
「なにぃ?」
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでだぞー」
「えっ」「はぁ!?」
シュウスケくんが勢いよく振り向くと、そこにはさっき応対をしてくれた青木くんの姿。
「痴話喧嘩ってなんだよ、お前」
「カフェオレのお代わりをお持ちしました」
「僕です」
「かしこまりました、仰せの通りに」
シュウスケくんの文句を完全に無視して、ユウイチに対応する青木くん。
随分と熟れた感じ。
どこかで飲食系のバイトでもしているのかな。
「……良いタイミングだね」
「……さすがにね。こっちとしても、あの声量でやられると若干困るんだよ」
「たしかに」
すっかり仲の良さそうな感じで、ユウイチと青木くんが小声で言い合っている。
ヒートアップしそうなところを押さえ込もうとしてくれたらしい。
「楽しそうにしてるのはいいんだけど、それ以上は職務怠慢だからな」
「別に、そういうんじゃねえよ」
「はいはい、わかったわかった」
青木くんの、シュウスケくんの扱い方。
何となくユウイチのそれに似ている気がする。
巧いことひらりとかわす感じなんてとくに。
ユウイチと一瞬で意気投合した感じに見えたのは、お互いに似ているような雰囲気を感じたからなのかもしれない。
「ところでさ、訊いちゃってもいいかな」
「何を?」
「この4人ってさ、誰かと誰かが付き合ってたりするの?」
「いや……、まだ別に。幼なじみなんだよね」
ユウイチがけろっとした感じで答えた。
「あ、そうなの?」
エリカが肯く。
そのままの流れでコチラに視線を感じて、私も小さく肯いた。
「何だ。てっきり俺は、こちらの彼と、こちらの彼女あたりはお付き合いしてるのかなぁ、なんて思ってたんだけど」
そう言って青木くんは、ユウイチとエリカを指差した。
――え?
「え?」「ぅえ?」「はぁ?」
まさかの4人同時。
え?
端から見れば、そういう感じになるの?
私たちって。
「だってさー、ユウくん。どうするー?」
エリカがユウイチの腕を取って頬を寄せる。
が、どうにも中途半端なノリ。
ユウイチも次の反応に迷っている様な感じ。
気が付けばシュウスケくんは、すでに他のお客さんの応対に向かっていた。
足音が妙に食堂内に響いたように聞こえる。
どう見ても、あれは怒っていそうな雰囲気。
そんなシュウスケくんを引き留めるような気には、今はならなかった。
それが何故なのかも、よくわからなかった。
「エリカ、ちょっといいかしら?」
「なに……何よ」
軽めの調子で応えようとしたらしい彼女の表情が険しくなった。
もしかすると私も今同じような顔をしているのかもしれない。
重苦しい雨雲のような空気感を払いのけるのは、きっと今の私の仕事じゃ無いはずだった。
結局お昼は男女で別れることになった。
――というか、特に他には見る物も無いと言うことで、私とエリカは既に星宮中央駅まで戻ってきていた。
ユウイチはもう少し見てきたいところもあるということで残っている。
きっとシュウスケくんのところか、あるいは他の同級生にでも会いに行くのだろう。
正直、ユウイチにも構っていられるような余裕は無かった。
「さっき、なんであんなこと言ったのよ」
「……『さっき』って?」
とぼけないで。
「『どうするー?』じゃないわよ。シュウスケくん怒ってたでしょ」
「別に……、アイツはいつも通りじゃん?」
「そりゃあ、ある意味ではいつも通りでしょうよ。ある意味では」
「突っかかるわねー」
「エリカがあんな感じに煽るからでしょー? 視線逸らしながら、なーにが、『悪くはない』よ。ホント、素直じゃないんだから」
「いやいや。むしろ本音よ、あれは」
照れ隠しでも何でもないような、本当にいつものような調子で返ってきた。
「立居振る舞いっていうの? あれが、なんかハンパだもの。やるならやりきりなさいよ、って。その辺はユウイチくんの方が何枚も上よ。それくらい、アイツもわかってるでしょ。たぶんだけど」
――そうだった。
エリカは、執事マエストロだった。
「……ユウイチも、なによ。まったく」
「むしろ、怒ってるのはルミじゃん」
「……え?」
「私の態度に怒ってるっていうなら、シュウスケじゃなくて今のルミでしょ」
後頭部を堅い物で殴られる感覚って、よく喩えられることがあるけれど、今はまさにそんな感じだった。
エリカの態度に怒っていたのは、私?
――でも、なんで?
「……ごめん、ルミ」
呆けていたら、エリカがアタマを下げていた。
「それは、ごめん。謝るわよ」
「それを言ったら、私の方こそゴメン」
そんなに申し訳ない顔をされると、余計に立つ瀬が無い。
お昼ご飯は全額エリカに奢ることを約束したものの、自分の怒りの理由が結局ご飯を食べ終わってもよくわからなかった。
ここまでお読み頂きましてありがとうございますー。
おやおや。
ルミちゃんってば、どうしちゃったのかしらね。




