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8月篇第2話: 映画の中身が思ってたのと違ってたりして困ってます

 エリカの好きな俳優が出るというから安心していたけれど、どうやらその認識は間違っていたらしい。


 前回見たときと同じジャンルの映画だと勝手に勘違いしていた私も悪い。

 でも、ここまでとは思っていなかった。


 この映画――、男女ペアで見るときのファーストチョイスにはならない。


 正直言えば、面白い。

 面白すぎて、気付けばLLサイズのポップコーンが映画の中盤くらいで無くなってしまったレベルだ。

 時間的なモノもあるかもしれないけれど。無意識のうちにユウイチも食が進んでいたらしい。



「チュロス、もうひとつあった方が良かったかもね」


「……昼ご飯もあるでしょ?」


「ん。それを言われると強くは出られないなぁ」



 そんなことを言っている間に、またシアターのいろんなところから笑い声がこぼれてきた。

 ――もちろん、隣からも。


 アクションコメディというか、もうほとんどコメディだった。








「あー、おもろかったわぁ」



 たいそうご満悦なユウイチ。


 ――まさかとは思うけど、今日の目的忘れていないでしょうね?


 ぱっと見、あちらの方から険悪なムードは感じられなかったので、最悪のパターンは免れたみたいだけれど。


 今は、それよりも。


 ひとつだけ、ユウイチには言っておきたいことがあった。



「ねえ」


「ん?」


「せめてさ、ラブロマンス的な映画のときに、ふたりきりにしてあげなさいよ」



 これでは、そういう雰囲気になりようがない。


 もう少し、イイ雰囲気になれるような映画が見たかったのに。


 ――面白かったし、しっかり楽しめたことは否定しないけれど。



「あー。……まぁ、たしかに一理あるか」


「なーんでそういう反応なワケ? これじゃ盛り上がりに欠けるでしょ?」


「……面白かったけどなぁ」


「それは、ユウイチとシュウスケくんがふたりで見る分には、でしょう?」


「ぐうの音も出ねえっス」



 そりゃあ、そうでしょう。

 そうでしょうともさ。



「いや、でもさぁ。あのふたりが、ふたりだけで並んで映画見るって、たぶん初めてなんだろ? だったら、手始めってことで難易度は低めにした方がいい、っていう発想もなくはないんじゃないか」


「それは……、まあそうかもしれないけどさ。でも、今更じゃない? ただの付き合い始めのカップルとはワケが違うんだしさ」



 ――何だかんだで、好きな子といっしょに恋愛系の映画を隣同士で見たい、と思うのはふつうの感情だと思うのだけど。



「……どうした。何か今日、あんまり機嫌良くないよな」


「別に、そんなことないわよ」


「だったら、まぁ……良いんだけどさ」



 どこか遠くの方を見ながらユウイチは言う。

 が、すぐに何かに気付いたようだ。



「何だよ。お前らこんなところにいたのか」


「探そうにも始まっちゃって、困ってたんだからねー」



 声のする方を向くと、エリカとシュウスケくんが階段状の通路を上がってこちらへ向かってきていた。



「てっきりこの前みたいに、横並びに席取ってるんだと思ってたから焦ったんだぞ?」


「そうそう。横に全然知らない人来たから」


「悪い悪い、……意外と予約の段階で席が埋まっててさ。そういう感じにしか取れなかったんだよ」



 ユウイチは打ち合わせ通りの言葉を吐いた。

 ふたりも納得したみたいに見える。とりあえずは安心して良さそうだった。


 そんなことを考えている内に、シュウスケくんが妙にハイテンションでユウイチの肩を抱いて、出口へと進んでいく。

 あれこれと語っているところは、ものすごく無邪気だった。

 きっとあれが、あのふたりの映画鑑賞後の姿なのだろう。



「あーあ。ゴメンね、ルミ」


「え? 何が?」


「ユウくん、連行されちゃったけど」


「それを言ったら、エリカの方こそでしょ?」



 返答は、敢えて待たなかった。








 ひょいひょいと食べてしまったポップコーンが、今になっておなかに溜まってきた感じがしてきている。

 ということで、ランチは軽めに済ませて終了。


 その後の予定はとくに決めていなかったので、ぷらぷらと地下を歩くことにしてみる。

 この時期は丁度地上ではサマーフェスと題して、いろいろな飲食店が屋台のようなものを出している。

 カンタンに、手頃に食べ歩きができるということで、かなり賑わっている。


 最初はそれに行ってみようか、という話になっていたのだけど――。



「やっぱり地下だね」


「そうだな……。さすがにキツい」



 暑さには敵わなかった。


 冷たいモノも食べたり飲んだり出来ると言っても、直射日光の強さはどうしようもない。


 私とエリカは別に問題無いよとは言ったけれど、ユウイチとシュウスケくんが『夕方に、晩ご飯的に楽しんだ方がイイ』と言って譲らなかった。


 そこまで言うのならしょうがないと、背を向けたふたりにため息を吐いた。

 が、その直後小さな声で『ムリはさせられねえしな』と言い合っていたのは、きっとふたりは私たちには聞かれていないと思っているはずだった。

 エリカの視線を感じてそちらを見れば、すごく満足そうな笑みを浮かべていた。

 片眉だけを上げて返しておく。



「それで? どっか行きたいとこってあるのか? 5時くらいにフェス会場に着いてれば自由行動みたいな感じでも別にいいけど」


「だったら私、ちょっとユウイチと行きたいところあるから、そっちはおふたりでごゆっくりとー」



 好都合。

 今度はそっちふたりをきっちりとふたりきりにしておかないと。


 一瞬何かを言いたいような顔になっていたユウイチの腕を、引き寄せるついでに軽くつねっておく。

 ――こういうときに限って、どうして察しが悪いのよ。



「……そういうことね」


「そういうことしかありえないでしょー」


「たしかにそうなんだけどさ。ところで、本当に行きたいところってあるのか?」



 ただあの子たちをふたりきりにするだけが理由じゃないだろ? そんなことを含めたような訊き方。



「……無いわけじゃないわ」


「だったらいいや、付き合うよ」


「ありがと」



 後ろのふたりには、背中越しに手を振っておいた。




 ――この1時間後。


 エリカから『雑貨選びに来たんだけど、シュウスケが使い物にならないからこっちに来て』とメッセージが飛んできて結局合流することになることを、このときの私は予想すらしていなかった。










 いつも使っている駅の真上は、東西に延びる公園になっている。

 そこがフェスの会場。


 ここ最近は秋に開催されているこの催しは、今年は初の試みとして夏にも開催されることになっていた。



「やっぱ人多いね」


「昼間は回避して正解だったな」


「これで炎天下は、さすがに倒れちゃいそうだしな」



 そんなことを言いながら、エントランスのようになっているブースに4人で並ぶ。


 事前に10枚綴りなどになっているチケットを買って、それぞれの屋台や店舗で引き換える形式。

 夕方になってきて、チケットの販売ブースもかなりの列ができていた。


 いわゆる夏祭りの縁日がモチーフになっているような会場、ビアガーデンになっている会場。

 区域ごとにいろいろなテーマの会場が作られている。


 無事にチケットを入手して、それぞれがまず食べたいものを適当に買ってきて、もう一度集まることにしてみる。


 結果、シュウスケくんが若鶏の半身揚げ。

 ユウイチが冷麺。

 私とエリカはほうれん草とベーコンのキッシュ。


 ――互いが互いに、『どこにそんなのあったの?』と訊いて、同時に笑ってしまった。



「浴衣の子、多いねー」


「……言われてみたら、たしかにそうだな」



 お祭りのムードになっているからか、浴衣の姿も結構多い。

 浴衣デートをしているカップルもいたりする。



「やっぱりさー。こういう雰囲気だと、浴衣で来たかったなー、とか思っちゃうよね」


「んなもん、この前のユウイチんとこの学祭のときに着ただろうが」


「あれはあれ、それはそれよ」


「……めんどくさ」



 ――何となく、不穏な流れ。



「女心の勉強足りてないわねえ」


「……何でお前のためにそんなモン勉強しなきゃいけないんだよ」


「はぁ?」



 ――あ、スイッチ入った。



「満更でもないような顔してたクセに、よく言えたモノね」


「満更だったわ」


「嘘つきー! あそこの店員さんたちに『色っぽい』とかなんとか言われてデレデレしてたくせいに!」



 こうなったら、もう手遅れ。

 超特急。



「い、いや。そんなことねえよ」


「言葉に詰まった時点でアンタの負け!!」


「負け、って何だよ!」



「……そうだったのか?」



 ユウイチが困惑したように訊いてきた。


 それもそうだった。

 あの時間帯ならユウイチはまだ執事服でがんばっていたくらいのはず。

 あのときの様子については、話すタイミングが完全になくなってしまっていた。



「店員さんが総出でべた褒めしてたわね」


「あー。……まぁ、わからなくはないな」



 着付けを担当した人が、ものすごいハイテンションで店員さん全員を大声で呼んだあたりから、私とエリカが完全に置いてけぼりを喰らったような感じになった。

 ちょっと忘れられない光景。



「まぁ、今のは……。いや、どっちが悪いとも言いづらいな」


「いつもの調子、って感じだしね」


「僕だけ、浴衣は完全に着損なってるしね」


「あれ? もしかして、ユウイチもしたかったの? 浴衣デート」


「……ここは、『してみたい』とか言わないと、アイツみたいになるパターンだろ?」



 そういう言い方をしてくるのね。

 なるほどね。



「よくお分かりで」


「まぁ、してみたいのは確かかなぁ。何年も着てないしな」


「ちっちゃい頃以来かもね」


「あー、言われてみればそうかも」


「もしかすると10年くらい着てないかもね、ユウイチは」


「……っていうか、何か久々に聞いた気がするな」


 ユウイチの視線の先では、またさらにヒートアップしているふたり。


 言われてみると、この3週間くらいはすごく平和だった気がする。

 これが原因だったらしい。



「残念ではあるはずなんだけどさ。……何となく安心しちゃった自分がいる」


「あ、それちょっと解る。何でかはわからないけどな」


「とりあえず、何か買ってこよっか」


「……甘いものがいいかもな、クリーム系の」


「たしかに」



 こういうときは、ふたりの好きなモノを食べさせるのに限る。


 なおも大声でやりあっているふたりを一時的に放置して、ユウイチとふたりでスイーツ系のブースへと向かった。





ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

8月篇、終了!


短いって?

イヤだなー。

星宮の夏は短い、ってユウイチくんが言ってたじゃないですかー。

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