8月篇第1話: 幼なじみの様子がなんとなくおかしくて困ってます
8月。短い夏がこの街にもやってきた。
本当に束の間。気が付いたときには夏日と呼ばれる陽気になり、堪能するのを後回しにしているうちにいつのまにやらアキアカネが飛び始める。
しかも最近は、6月辺りに突然真夏以上に暑くなったりすることもあるから、本当に性質が悪い。
一瞬で去って行く季節くらい、その暦通りに楽しませて欲しかった。
「……まぁ、そんなことを言っておきながら、と言う話ではあるんだけど」
「何が?」
「や、こっちの話」
「そう」
ルミは、とくに興味も無さそうな色を、声だけで見せてきた。
視線はこちらに向かない。
完全に集中しているようだ。
一挙手一投足を完全に見続けてやろう、というような強い意志を感じる。
「しっかしなぁ……」
「ん?」
「アイツ。シュウスケのヤツ、本当にエリカちゃんを誘わないんだよな……」
「ホントね。何でだろ」
「……何で、と言われると、まぁ分からないわけじゃあないんだけど」
「じゃあ、別に言わないでよ」
――冷たいなぁ。まぁ、いいけど。
6月に4人で来た、星宮中央駅。
この駅ビルの中のシネマコンプレックス。
平日ではあるが夏休みということもあり、フロアは結構な人でごった返している。
暗いと言うこともあり、これだといくら知り合いでもしっかり見ようとしない限りは、何処に誰がいるかなんて解らないだろう。
実に好都合だった。
「あれ? 何処行った?」
「そっちよ。……だからしっかり見てなさい、って言ってるのに」
「……ごめん」
あちらからも解らないなら、こちらからも解らなくなる可能性がある。
そのことは理解していたつもりだったが、甘かったらしい。
ルミの指差した方向を見て、何とか視界にふたりを捕捉した。
今日は、エリカちゃんの大好きな――シュウスケによく似た――俳優が出る、シュウスケの大好きなジャンルの映画の封切り日だ。
チケットの予約はいつも通り。
その予約受付の開始日に完了済み。
今回は第2回目となる上映回。
ちょうど正午をまたぐくらいの時間での上映だ。
ただし、前回4人で行ったとき、6月のときとは座席の取り方を大きく変えていた。
中央付近、スクリーンに向かってやや左よりの位置に2席。
最上段付近、スクリーンに向かって右側の場所に2席。
目的は当然だけど、シュウスケとエリカちゃんがふたり水入らずで映画を見てもらうため。
あとから『なぜああいう席配置になった』と訊かれれば、巧いこと席が取れなかったんだ、とでも言えばいい。
もちろん、こういう配置であることを、ふたりは知らない。
上映が始まったあたりで気が付くプランになっている。
あれからも結局エリカちゃんを誘ってあげないシュウスケへの、優しさというか、お節介というか。
――そういうところだ。
当初『また映画に行こう』と持ちかけたときには、ふたりとも一瞬怪訝な顔を見せた。
映画ジャンルを言ったときにはシュウスケが、出演者の名前を出したときにはエリカちゃんが、それぞれ予想通りの食いつきを見せてくれた。
好みを熟知する、って、やっぱり大事だよね。
――そんなことがありつつ、当日となる今日。
入場チケットを発券し、中央付近側の座席をシュウスケとエリカちゃんに渡したところで、ムリヤリ理由を付けてふたりから離れて、今に至ると言う話。
有り体に言えば、ふたりを尾行中ということ。
――正直、自分でも回りくどいなぁ、とは思うわけで。
ルミのアイディアが7割くらいだから、付けようと思えば文句は付けられる。
生憎、対案を持ち合わせていないので、さすがに口をつぐむしかなかったわけで。
そんなことを思っていると、不意にルミが悩ましげにため息を吐いた。
「どうした?」
「もう少し、巧くやれた気しかしないのよね」
「……たとえば?」
「ドタキャンしちゃった方が、少なくとも見つかる心配がなくなるから、ある意味安全」
「……そんな、家から出なければ交通事故に遭う確率は極端に下げられる、みたいな論理」
自己正当化をするときに、たまに持ち出される話のようにも聞こえる。
だったら、チケットを4枚買ってしまう前に、それを言って欲しかったりする。
それはともかく。
「それやるとさー。アイツらも、『だったら別にいいや』とか言って、意地の張り合いになるんじゃないかと思うんだよな。あまりにもあからさますぎるし」
「可能性高すぎるわね、それ」
「僕だってこの映画は、見に来たくないってことじゃ無かったしね」
「……ひとりで?」
「何でだよ」
突然すぎる風向きの変わり方。
どうして、そこでそういう話になるんだ?
「じゃあ、誰と? シュウスケくん?」
「……シュウスケの場合は、アイツから誘ってくるパターンしかないからなぁ」
「だったら、エリカ?」
「……とりあえず、これでも飲め」
どうした。
ルミの様子が、どうにもいつもとは違う気がしてならない。
いつもならこんなにまどろっこしく突っかかっては来ないはずなのだが。
ひとまず手元にあるマスカットソーダを手渡した。
「……ありがと」
おとなしく受け取ったので良しとしておく。
この映画をシュウスケに紹介したとき、アイツはいつものようにエリカちゃんと痴話喧嘩をした直後だった。
僕に対してもわりと売り言葉に買い言葉状態で、お断りの台詞を吐き捨てていた。
あの時の記憶がしっかりと残っていれば、もしかすると誘うに誘えない雰囲気はあったかもしれない。
「ん。……とりあえず、どのタイミングで入ろうか」
ちょうどふたりは、ゲートのところでチケットの半券を渡してもらったところだ。
「もうちょっと、ここにいよ。……これ、飲み終わっちゃった」
「マジ?」
結構な分量があったはずだけど。
どんだけ喉渇いてたんだろうか。
「じゃあ、代わりと……、他にも何か買い足しておくか」
「ごめんね」
「別にいいよ」
ショップ側の列を見れば、まだ人の数は多い。
今並びはじめても、もう少し経ってからでも余り変わらないような気はした。
「ごめん。ちょっと先にトイレに行こうかな」
「ん、わかった」
少し安心したような顔をした。
「さて、無事に席に座れたわけだが」
「……そうね」
飲み物を買い直し、ポップコーンに加えてチュロスを追加。
このあとで少し遅めのお昼ご飯を食べる予定ではいるけれど。
――正直言うとどう転ぶか解らない部分があったので、一応食事系のメニューを増やしてみた、という感じだ。
可能性は低いけれど。
喧嘩別れ的になったら、面倒でしょ?
「それにしてもさ。こっち全然見てなかったよね、あの子たち」
「……そうだな」
シュウスケには事前にDMで『パンフレットは買っておけ』と、シンプルに言っておいた。
やっぱり正解だったらしい。
薄暗くなっているシアターの中、ふたりで熱心にパンフレットを見ている隙にうまいこと席につくことができた。
何せ主役はエリカちゃんがイチオシの――シュウスケによく似た――俳優さんだ。
パンフレットを買えばエリカちゃんは間違いなくそのページを早く見たがるだろうし、シュウスケも何だかんだと言いながらもしっかりそれに応えるはず。
そんな目算があった。
今は、まさにその目算通りにコトが進んでくれている。
ならば、あとはこっちのもの。
こちらの方がシアターの奥の方に座っている。
余程のことが無い限り、映画館内の後ろを見ることなんてないはずだ。
あとは、映画7割・アイツら3割くらいの感じで集中力を配分すれば、きっとすべてがうまく行くはずだ。
――きっと、ね。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
本文中に「短い夏」と言っておりますが。
8月篇、次で終わります。
短いのよ、北国の夏は。マジで。昔ほどじゃないけど。
それにしても、何があったのやら。