7月篇第4.5話: 後夜祭が予想外の展開になってしまって困ってます
「それでは行ってらっしゃいませ、お嬢様。……おぼっちゃま」
「だから、それを言う前に変なタメを作るな、っつーの!」
何を言う。
それをしないと意味が無いだろ。
そうでもしないと、シュウスケのことだ。
速攻で僕に対してマウントを取ろうとしてくるんだから。
「さて、と」
3人を送り出してちょっと一息吐くが、すぐに気持ちを切り替えておく。
さっきの雰囲気から察したのだが、先ほどの『指名制度の黒幕』を、念のため、軽く、シメておかなくてはいけないだろう。
どこにいるかと思えば、奴らはまた教室の外で列整理をしているようだった。
回転率のいいタイプの模擬店ではないし、そもそも並んでいる列で他のクラスに迷惑がかかると減点対象だ。
こういうところでしっかり動いておかないといけない。
こちらに戻ってくるタイミングで、扉から顔を出す。
「うわ……」
待機列に思わずのけぞる。
それとほぼ同時に、列のどこかからか喚声のような悲鳴のような声が聞こえた。
それは、一体どういう風に受け取れば良いのでしょうか……?
それにしても、こんなに居たのか。
そりゃ、ひっきりなしに人が入ってくるわけだ。
列にはウチの生徒も居るし、中学生くらいの子、大学生くらいの人も居る。
――ん? よく見りゃ先生混ざってんじゃん。
音楽の小早川真央先生と、国語の白石はるか先生。
我が校の、いわゆるマドンナ先生四天王のうちのふたり。
っていうか、はるか先生は、ウチの副担任だ。
客引きしてくれたのか。
はたまた、お嬢様扱いが目当てか。
もしくは、真央先生の付き添いか。
あとでガサ入れでもしてみよう。
さて、そんなことは一旦横に置いておく。
列整理を終えて、こちらに戻ってきたジュンイチとハヤトが僕に気付いた。
足を止めて、引きつったような笑みを浮かべる。
――うーん。間違いなく、クロだね。
わかりやすくて助かるよ。
「中野くん? 小松島くん?」
「どうされましたか?」
「何か問題でもありましたか?」
ポーカーフェイスで返すハヤトとジュンイチ。
やるじゃん。
そういえばこいつらも幼なじみコンビだった。
なるほど、こういうところは息がぴったりなのもよくわかる。
だったら、こうするしかない。
「そうですね、後ほど話がございます……覚えとけよ」
「……許せよ。他の奴らにやらせるよりはイイだろ?」
「ま、その辺はあんまり否定しないけどさ」
「こいつだって、多分アズサに接客したいはずだし」
「待てや、いきなり矛先こっちに向けんなっつの」
アズサとは、ようやく最近になって付き合い始めたというジュンイチの彼女さんのことだ。
これもまた幼なじみだという話。
シュウスケたちも見習って欲しいところだった。
とりあえず、何となくもやついてたモノは、ふたりと話している間にどこかへ消えていった。
半分くらいは諦めの心境なのかもしれないが、それでも別にいいやと思える。
「紫藤くん、紫藤くんっ」
列から呼ぶ声が聞こえる。声の主ははるか先生だった。
「どうしました?」
「さっきの、小松島くんと中野くんとのカラミ。あれ、時々廊下でやった方が良いわ」
「は? はぁ……」
「あれは、人を呼べるっ!」
「そすか、検討しておきますね」
――今後の高校生活に関わりそうな問題の火種が生まれた様な気がした。
っていうか、先生。
その、『カラミ』っていう言い方は、どうかと思います。
怒濤のように過ぎた一般公開。
後夜祭前の最終イベントである、各種結果発表の時間。
結局一般公開の最後の最後まで、我がクラスの執事喫茶は列が途切れる事はなかった。
リピーターも相当数いて、それぞれが友人を連れてくるという、すさまじい状態になっていた。
満足度もかなり高いレベルを保てていると言う話は、外を歩いていたクラスメイトたちが立ち話でいろいろと聞いてきており、人気投票の投票先も1位に選んでいる人が数多く居たという話なので、これはかなりの期待が持てそうだったのだが――。
『2年生1位は、2年5組!』
「ぃよっしゃーーーーーーーーーー!!」
全員の大絶叫がグラウンドに響き渡る。
学級委員長は涙でぼろぼろだ。
僕も、となりにいたハヤト・ジュンイチコンビと全力で抱き合った。
本音を言えば、行灯部門で学年1位に届かなかったのはかなり悔しかった。
だけど、これもまた自分がかなり動き回っていた催しだったので、少し報われたような思いだった。
このあとは、全員が自由参加となる後夜祭。
また、同時開催の『月雁花火』もある。
このグラウンドからも充分に観覧可能ということもあり、すでにかなりの人数がグラウンドに集まっている。
声も少し枯れてきた。
わずかに残していたペットボトルの水を飲み干して、スマホをチェックする。
ルミからの着信が1件。
近くに家庭科室がある方の非常玄関近くに立っているらしかったので、迎えに行くことにした。
「あれ? ユウイチ、帰るのか?」
ハヤトだった。
「いや、ちょっと迎えに。花火見てから帰る」
「彼女?」
「幼なじみ、男混み」
「……なるほど。んじゃーな」
「おう」
苦笑いをハヤトに預け、待っていると言う場所に急ぐ。
1分と歩かずに目的の場所に到着すると、何故か遠巻きに僕の目的地方面を気にしている男子生徒が数人居た。
何とも微妙な空気が少し気にはなったが、そちらの方へと近付いていけばルミがそこに立っていた。
――が。
思わず、足を止めてしまう。
「ルミ……、どした?」
「どした、って何よ」
ルミは、浴衣を着ていた。
白地に朝顔の浴衣だ。
「いや。だってさ。去年は普通の恰好だったし」
「いや、だって。後夜祭の途中から花火大会が始まるなんて知らなかったしね」
「うん、花火と言えば……たしかにね」
「教えてくれれば、去年も浴衣着てきたんだから。これは、エリカも言ってたからね。責任取ってね?」
「……何の責任だよ」
何とも言えない言い様に、思わず視線を逸らしてしまった。
「っていうか、何時の間に? さっきはふつうの恰好だっただろ?」
「2時くらいに1回出て、取り扱ってるお店で着替えて」
なるほどね。
そういえば、月雁駅の近くに和装を取り扱っている店舗があったはずだ。
最近はそれなりにハイクオリティな浴衣がスーパーで手に入ったりもするし。
大方その辺りで何とか工面したのだろう。
「シュウスケくんも、実は浴衣なんだよ」
「当然エリカちゃんもだよね?」
「もちろん。……ほら、あそこ」
ルミはそう言いながら指で示す。
少し見づらかったものの、浴衣姿の人はやはり見つけやすかった。
シュウスケはシンプルなグレーの浴衣で、エリカちゃんはピンクをベースにした桜模様だった。
「やっぱり浴衣は目立つなー」
「意外と花火の日なのに浴衣の娘とかいないよね、月雁祭」
「どっちかっていうと、ウチの生徒は浴衣は行灯の時に着ちゃうからね」
「あー、たしかにそういえば」
ホントは花火の時に着たいという気持ちはあるだろう。
ただ、今日の結果発表前には、ある程度教室の復旧作業をしておかないといけないことになっている。
教室の装飾などはそのままでもいいとされているが、特に飲食系の模擬店を行ったクラスは今日の間に済まさなければいけない作業があった。
さすがに浴衣ではその作業はできなくなってしまう。
その点、行灯の日は問題は無い。
金曜の午後くらいには――もちろん、ギリギリまで制作作業は続くが――概ね行灯は完成していて、微調整や点検がメインになっている。
全員が作業に就くこともないので浴衣に着替える時間がある、ということでこのような形式になっているわけだ。
「エリカ的には、『花火は浴衣で見たいな』ってことでね」
「わかるけどね。すっげえ楽しそうだし」
ふたりの方を見てみれば、エリカちゃんは子どもみたいにはしゃいでいるし、それを見ているシュウスケも満更でも無さそうな感じ。
あの雰囲気はどうみても――。
「どっからどう見てもカップルなんだけどなぁ……」
「だよねー……」
その光景を見ているだろうウチの女子達が、何とも言えない表情でふたりを見つめている。
あれはたぶん、『めっちゃカッコイイ男子がいるけど、やっぱり彼女持ちかー』的なヤツ。
逆に男子達も、『すげえカワイイ娘いるけど、そりゃそうだよなぁ……』的な表情だったりしている。
「とりあえず、成功ってことで良さげ?」
「イイんじゃないか?」
なんとなく頷き合って。
「お、始まった」
「わ……」
折良く、花火大会が始まった。
「僕らも、もう少しイイところで見よう」
「そうね」
なんとなく手を伸ばすと、なんとなくその手が握られた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
これにて「7月篇」、ほんとうに完結です。
おつかれさまでした。
第4話では花火に目を奪われたところで終わってましたが、実はその先があった、という話でした。
……さてさて、どうなりますやら。
来週からは「8月・9月篇」。
先に言っておこう。
前半2話が8月・夏休み、後半4話が9月・シュウスケの学校の学園祭で、全6話構成です。
コレです。これが、全員学校が違うことの利点ですよ。学園祭をあと2回も使える!w
そんなわけでございますので、これからもよろしくです。