7月篇第3話: なぜかウチのクラスの執事喫茶が大人気になりすぎて困ってます
月雁祭の2日目となる土曜日は、いわゆるショータイム。
各クラスで練りに練った出し物を体育館ステージで披露する、定番行事のひとつ。
この日は一般公開はされない形式になっているのだが、この模様は全篇通して録画され、3日目の一般公開日に視聴覚教室にて適宜その映像を見ることができる。
もちろん、行灯と同じく人気投票も行われることになっていた。
そして、今日は3日目。日曜日。
当然のようにこの日も始発で登校していた。
さすがに眠気も疲労もピークに近付いてきてはいるものの、この3日目こそが最大の頑張りどころでもあった。
今までの歴史的には得票を集めやすいとされている喫茶系を勝ち取れたのだから、学祭の大賞、もしくは学年別のトップを狙うには、ここでしっかりしないとすべてが無駄になってしまいかねなかった。
――が。
「まだ午前中だってのに、……きっつぅ」
バックヤード――備え付けのロッカーを並べて目隠しにしただけ――に一瞬だけ下がってため息。
間違っても表に立って見せられる顔じゃない。
模擬店は9時半に全クラス一斉オープン。
そこから10分くらいは、『おお、ウチのクラス結構人気あんじゃーん』、『これはイイ線イケるべー』などと軽口を叩く余裕があった。
その余裕が消えたのは、そこからわずかに20分後。
人が人を呼ぶというのは、まさにこのこと。
『日本人、並ぶの好きすぎ問題』は首都圏だけの問題じゃなかったのだ、と気付かされた。
何せ、呼び込みを担当していた2人が慌てて戻ってきて、列整理の片手間とはいえ今ではしっかりとフロア担当になってしまっているくらいだ。
時刻は10時半を過ぎたくらい。
正直言って、14時くらいの感覚なのだが、こういうときの時計の針は、どうしてこんなにも遅く進んでくれやがるのか。
これだけ集客できているなら、人気投票も期待できるのでは――?
そういうふうに考えていないと、とてもじゃないけど気が紛れない。
「お疲れー……」
「おー……」
クラスメイト、水川颯真の声も弱々しい。
「ユウイチ、お前……、何か俺よりヤバそうな顔してるぞ。水でも飲め」
「さんきゅー……」
ふんわりとトスされたペットボトルの水を受け取って、一気に半分くらい飲み干す。生き返ったような気分だ。
「ああ、そうか。ユウイチも貸衣装なんだっけ?」
「そうそう。僕と、ハヤトとジュンイチかな」
「お前含めて3人、大人気だもんなぁ」
「……ぶっちゃけ嬉しくないわけじゃ無いけど、体力的にキツいわ。っていうか、ソウマだって人気だったろ」
「お前にゃ勝てねえわ。……これさぁ、ホストクラブみたいな、本格的な指名システム敷いてたら、お前らガチでヤバかったんじゃね?」
「あんまり考えたくないなぁ……」
想像するだけで痩せこけてしまいそうだ。
執事喫茶をすることが決まってから、各人それぞれで衣装の手配を考えることになった。
自分の場合は、父さんからそれっぽいジャケットを借りればイイと思っていたのだが、何故か学級委員長(女子)から『あ、紫藤くんと小松島くんと中野くんは、一応借りられそうなら持ってきて欲しいけど、3人には別でレンタルしてくる衣装を着てもらうから、手配しなくて大丈夫』という謎の宣告を受けていた。
そんなこと言われたら、逆に心配になるわ、って言う話で。
そして、今週月曜日に女子陣に半ば強引に拉致された紫藤優一・小松島隼斗・中野純一の3人が目にしたのは、ただただ『ガチな執事服』だったわけで。
結果的に、接客・呼び込み担当の主戦としてこき使われる羽目になったわけで。
ぐはー、と身体を椅子に預けていると、ソウマが僕の後ろの方を凝視していた。
何だろうかと思って振り返れば、そこには学級委員長の、それはそれはステキな満面の笑み。――ただし、ほんのり青筋が見えるくらいの。
早く表へ出てこい、ということですね。
わかります。
それくらいは。
「がんばー」
気力の感じられない声援を背に受けて、ロッカーの陰から顔を出す。
「おかえりなさいませ、お嬢様方」
「どうぞ、こちらの方へ」
妙にしっくりくる振る舞いのジュンイチとハヤトにエスコートされて、中に入ってきたのは――。
「うぉっ!?」
「へえ、なかなかクオリティの高い……」
――何かを吟味するシュウスケと。
「ユウくん、やっほー! って、おおお……っ! これは……!」
――いつもより妙にテンションの高いエリカちゃんと。
「……」
――何故か無言のルミだった。
「ほら。紫藤くんにご指名だから、しっかりやってね」
冷酷非情な委員長命令が下った。
まさかのご指名制度。
そんなこと聞いてない。
誰の差し金だ。
あとで学級会議を開いてもらわないと。
でも、そんなことを考えている間に、目の前には完全に準備万端な幼なじみたち。
やるしかない。
引きつる頬をなだめすかしながら、お決まりのワードをカマす。
「……おかえりなさいませ、お嬢様に……おぼっちゃま」
「ぶっ!」「んぐっ」
「ちょっと待て、なんだその言い方」
シュウスケを見ながら見事に噴き出すエリカちゃんとルミ。
それに立腹した様子のシュウスケ。
予想通りのど真ん中の反応、ありがとうよ。
「いや、いろいろ調べたら御令息にはこの言い方が適切らしいってことで」
「よかったね、おぼっちゃま……!」
「くっそ……。ユウイチをイジるつもりで来たのに、何でこんなことに」
ああ、そうだろうな。
そういうことだろうと思ってたよ。
残念だが、シュウスケ。
お前はしばらくの間、ことあるごとにエリカちゃんにおぼっちゃま呼ばわりされるだろうよ。
まだエリカちゃんは笑いすぎて腹筋攣りそうになっているからな。
ひとまず空いている席にご案内。
メニュー表は机に置かれているので大丈夫だろう。
「すっごい並んだけど、よく見たらみんなレベル高いもんねー。納得、って感じ」
「お褒めにあずかり光栄ですよ、エリカお嬢様」
「……あ。なんだろ、この気持ち。目覚めそう」
やめて?
「あ、キャラ崩さないんだね」
苦笑気味に笑うルミを含めて3人に顔を寄せさせる。
「……やらなきゃ怒られるんだよ」
「ああ、なるほど。さっきから妙に強烈な視線感じるな、と思ってたけど、あの人か」
「そ。あれが学級委員長兼発起人兼店長役」
さらに『兼・諸悪の根源』と言いたかったが、聞こえても困るので止めておく。
「ぶっちゃけ、回転率あげないとマズそうな感じだよね」
「その通りでございます。……ホントはゆっくりしていってもらいたいんだけどね。接客雑になったら意味ないしさ」
「安心しろ。投票はお前のクラスに入れるのは決まってるから」
「さんきゅ。……ああ、そうだ。しっかり後夜祭まで居てくれよ? どこに居るか場所教えてくれたら行くからさ」
りょーかい、と威勢の良い答えとアイスカフェオレ3つの注文を受けてカウンターへ入る。
待ち受けていたのは学級委員長含めて女子4人。
その全員からの妙に生暖かい視線に、少し居心地の悪さを覚える。
「なるほどねー」
「そういう感じかー」
「……なにがさ」
全員揃って生ぬるい微笑み。
イジる気満々なのだけはよくわかる。
「いえいえ。一昨日の行灯のときに見たときから『どっちとなんだろうね』って言ってたわけよ」
「背の高い娘の方なんだー、って」
「は?」
背の高い方、というと、ルミの方だが。
「なんのこっちゃ」
「はいはい。そういう朴念仁キャラは今時流行らないよ?」
「いいからさっさと持ってってー」
――何なんだよ、全く。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
……今回は、多くを語らないでおきましょうか。
人気者は大変ですね、とだけ。
感想などなど、おまちしております。
……とくにファンレター的なサムシングとかw