7月篇第2話: 逆ナンの現場を見てしまって困ってます
金曜日の朝。いつもより少し寂しい雰囲気があった。
「なーんか、ひとり居ないだけで変な感じするねー」
「たしかになぁ……」
エリカとシュウスケくんがぼんやりと空を見ながら言う。
同じような角度で見上げているから、何だか面白い。
――似たもの夫婦、なんて言うのは余計な火種を作るだけなので、やめておく。
長かった学校祭準備も最終局面、と言いながらユウイチはすでに始発で学校に向かっている。
結局ユウイチは、昨日の22時辺りに一度帰宅して翌朝極力早く学校に戻る、というシフトになった。
始発で帰宅する人たちとは入れ違いになって作業に入る、というプランらしい。
――ユウイチの高校は、かなり進学校のはずなのだが、イベントに対する熱量が少し異常な気はしている。
今日は夏らしい青空。
気温もかなり上がるらしい。
ユウイチから聞いた話では、既に体調不良気味になっている子が各学年で数人ずつ発生しているらしい。
加えて今日の天気だ。熱中症にならないか心配だった。
「ところでさぁ」
「んー?」
シュウスケくんがまったりと切り出した。
「今日、どうやって月雁に行く?」
「どうやって、って?」
「待ち合わせ場所とか、あらかじめ決めといた方がいいんじゃね、って思って」
「たしかに」
直前になってばたばたと決めるよりは、きっちり顔を合わせられる今この時間に決めておいた方がラクだ。
「ユウくん、何時から始まるって言ってたっけ?」
「7時半から、だったかなぁ」
「だったら7時くらいに……、何処にするかだよなぁ」
シュウスケくんは腕を組みながら唸る。
真剣に考えてくれているらしい。
ちょっとずるいかもしれないけど、シュウスケくんに任せてみる。
「んー。……中央駅か、三番街か、あるいは現地か、かなぁ。どうする? 俺は部活あるから6時半とか7時くらいなら大丈夫だけど」
「だったら、7時に中央駅がイイかなぁ。たまにはそっちの方のお店とか、見てみたいし。……ね、ルミ」
「そうねー、私もそれがいいかな」
「じゃあ、それで。待ち合わせ場所は、西の方の謎オブジェの前辺りでいいか? 青いヤツの方」
「……どの辺だっけ?」
「あ、私はわかるから大丈夫」
「やっぱルミは頼りになるー」
「任せなさい」
ぎゅーっと抱きついてくるのはいいけど、ちょっと暑かった。
謎オブジェ。
正直何をモチーフにしているのか誰にもわからないようなオブジェが、星宮中央駅にはそこそこいろんな場所にある。
その中でも『謎オブジェ』と言えば、JRの改札からそれなりに近いところにある、やたらと大きいモノを指すことが多かった。
「じゃあ、まぁ、そんな感じで」
「りょーかーい」
ふんわりとした会話で今日の予定が決まった。
――心の底からほっとする。
今日はゆったりとしたスペースを確保して登校できそう。
◯
放課後。
5時くらいに中央駅についた私たちは、思う存分ウインドーショッピングを満喫した。
いつもは学校最寄り駅近辺で済ませてしまうので、こちらに来るのは久しぶりだった。
見たかったお店以外にものんびりと入れたのは、前回の映画を見に来たとき以来かもしれない。
「あー、楽しかったー。……ホントはいろいろ買いたいけどねー」
「それは言わない約束。気持ちはわかるけど」
ウチの高校は原則的にアルバイト禁止。自由に使えるお金なんか高が知れている。
でもこうしてふたりで、いろいろ話しながら見て回っているのは今でも楽しい。
中学校のころは近場のちょっと大きめの複合スーパーが関の山だったから、余計に楽しかった。
「そろそろ待ち合わせ場所行っておこっか」
「あ、もうそんな時間?」
「あと5分くらいかな」
「じゃあ行こ」
エスカレーターを乗り継いで1階のコンコースへと降りる。
金曜日の夕暮れ時。吹き抜けの上の方から見ると、かなりの人が既に待ち合わせをしていた。
ゆっくりと動くエスカレーターからは、どこに誰がいるかを探しやすい。
例の謎オブジェもよく見える。
「あ、シュウスケ居た」
「ほんとだ」
背の高い彼はこういうときでもよく目立つ。
降りている途中でオブジェ付近は見えなくなるので、かなり上のフロアにいる間に見つけられて良かった。
混雑しているときでもシュウスケくんが居てくれると、待ち合わせが少しラクだったりする。
少し待たせているかもしれない。
そう思っているのはエリカも同じで、少しだけ歩く速度が速くなった。
――が。
「ん?」
「あれ?」
思わずふたりして足を止める。
「んんんー……?」
エリカ。その顔止めて。
せっかくのカワイイ顔が台無しだから。
でも、その気持ちはわかる。
さっき上から見たときにシュウスケくんが立っている場所は確認済み。
その確認済みの場所に、見たことのない女子がふたり居た。
あのブレザーは、ここから電車で20分くらいのところにある私立高校の制服だったはず。
今日は週末、金曜日。おおかた電車で遊びに来た雰囲気を思いっきり感じる。
――というか、あの雰囲気って。
「……逆ナン?」
「……だよねえ、たぶん」
隣から聞こえたドスの利いた声に、何となく答えてみる。
ちらりとエリカの顔を見れば、案の定というか、眉間に深く皺ができていた。
『あの泥棒猫ども……』とでも思っていそうな眼差しも、ばっちりと完備している。
――うーん、まぁね。現状、シュウスケくんは誰のモノでもないけどね。
「っていうか、何アイツ! めっちゃ笑ってるしっ……!」
――絵に描いたような愛想笑いにしか見えないけど。
エリカがそう見えてるなら、私としては好都合かもしれない。
「とりあえず、時間も時間だし、早く声かけに行かないとじゃない?」
「そうね!!」
何かにはじき出されたような勢いで走り出すエリカを、――私は追いかけなかった。
一応、さっきよりは急ぎ足にはしているが、いっしょのタイミングには辿り着かないような調整をしてみる。
焚き付けておいてこの態度なのは、ちょっと申し訳ないけれど。
でも、この状況ならエリカひとりを先に行かせた方が、きっとイイはずだった。
さて。
どうやって、声をかけるのかな。
「シュウスケごめん! 待った?」
「おお、エリカ! おつかれー」
「ホントゴメン! 遅くなっちゃって」
「いいよいいよ、そんな気にすんな」
あらら。
何だかカップルの待ち合わせにしか聞こえないような。
ほら。
シュウスケくん、さっきまでの何となく引きつったような笑い方じゃないよ?
意外と気がつかないものなのかなぁ。
「じゃあ、その……。そういうわけだからさ、ゴメンね」
「あ、ちょ、ちょっと!」
シュウスケくんはそのまま自然な動きでエリカの肩を抱いて、彼女たちに背を向けた。
そしてそのまま私の方へ向かってくる。
どうやら私にもしっかりと気付いていたらしい。
置いて行かれた恰好になったあのふたりは、少し不満そうな顔でこちらを見ていた。
その視線の先がエリカなのかシュウスケくんなのかは、よくわからなかった。
そのままの状態で歩くふたりだったが、地下鉄駅の方へとつながる階段の近く、ちょっとした広場のようなところに着くと、シュウスケくんは大きく息を吐いた。
「ああー……、助かった。マジで助かった」
全身から安堵感が溢れているような雰囲気。
あれはやっぱり苦笑いで正しかったみたいだ。
「いつもこんな感じになるの?」
「いや、たいていはユウイチが先に待ってるから、俺はこういう目には遭わないんだよ」
「……ってことはユウイチは」
「たまに声かけられるな」
「……ふーん」
「と、とにかく!」
顔を真っ赤にしたままで、エリカが何かを振り払うように大きな声を出した。
「早く行かないと始まっちゃわない?」
「そうだな、急ごう」
「うん」
シュウスケくんに引っ張られるように、私たちは地下鉄駅へと急いだ。
その後、何とか無事に月雁高校学校祭の開幕には間に合った。
行灯行列は一般道の一部を封鎖して行われるという、なかなかの規模だ。
私たちは学校近く、もう間もなくでフィニッシュというあたりの場所に陣取った。
ユウイチがやたらと自信満々に言っていた行灯は、ものすごく完成度が高かった。
贔屓目に見なくても、少なくとも2年生の中では最優秀賞を取れそうだな、と思うくらいにはレベルが高かった。
ユウイチのクラスが近付いてきたときには3人で声を合わせて、ユウイチの名前を全力で叫んでみた。
幸いユウイチはこちらに近い側の持ち手を担当していたので、キツそうな顔をしていたものの、反応はしっかりしてくれた。
最後の最後、力を振り絞るための支えになっていれば嬉しい。
――ただ。
『ちょっと紫藤くん! 今の美男美女は!?』
『幼なじみって言ってたっけ?』
『ん、そうそう。……あ、そうか去年も見てたっけ。よく覚えてんね』
『いやいや、あのレベルの高さは一度見たら忘れないべ』
去り際に聞こえてきたクラスメイトとの会話には、3人とも何となく微妙な気分になってしまった。
※あとがき追加しました
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
そんなこんなで学校祭の1日目が終了。
来週は、最終日・3日目のお話。
感想などなど、お待ちしてますー。