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和国世崎の生ひ成り帳  作者: 六曲
2/12

柳小僧を捕まえろその2


「他所の都へお出掛けになられている御台所がお戻りになられるまでは、お前は私の直属の臣下。命令無視はもちろんのこと、無論、不満や文句は聞き入れません」


 そう言って、蓮成は佳乃を外へとやった。

 職権乱用だ、佳乃は師を恨めしく思った。

 そもそも国へ戻って一日としていないというのに、外へ追いやられるとは。もう少し長旅を終えた弟子を労わってもいいのではないか。仮に休んでいろと言われたとして、大人しくしているような佳乃ではないが。

 世崎の城下に穏やかという表現は似合わず、通りは活気に満ち溢れていた。男の多くが髷ではなく、一町民であるのがわかる。武家か、城で働く以外の男は、頭を剃れ髷を結えといった決まりがなく、それは城下の人間にとっては流行のうちでもあった。女性は、城の女達のそれが流行の最先端でもあり、髷を結っているものが多い。髪結い処はさぞ繁盛しているだろう。

 踏み固められた土の道を行き交う人々の様子は、昨日となんら変わりはない。とはいえ、ちらちらと気にかけてくる者もいるが。やはり昨日の一件で佳乃が帰国したとの情報が伝わったのだろう。当の本人は知ってか知らずか、堂々とど真ん中を闊歩しているが。

「何もこんな早くに出ずとも、仕事は日が暮れた後だろう」

 佳乃は気取りしない顔で、欠伸をつく。

「お早めに足をお運びして挨拶しなくては。向こうはお武家なんですから、失礼のないようにしないと」

 稲はそう話すが、我々は城の臣下なのだからそれよか上なのではないかと疑問に思うが、そんなものは知るところではないため、佳之は口を挟まずただ従った。お稲は、初めこそ佳乃の隣できょろきょろとしていたものの、藤や蓮成を介した会話の中ですっかり緊張が解けたらしく、佳乃に対し媚びも怯えもしていない。順応性があるというのか、単純というのか。


 堀田の家は藤の説明にあったとおり、城下へ下り、大通りの西側。裏に林を背負い、塀に囲まれていた。

 門の前には、若い男が二人いた。ひとりは少し伸びた後ろ髪をちょいと結い、もうひとりは眼鏡をかけている。この男達は家紋とはべつの羽織りをまとっているため、この家の者ではないだろう。そして何より武家が好む着物ではない、少し色褪せ、せっせと働く城下の町のものらが着るような色だった。城からの使いで参ったという依頼証書を見せれば、髪を結ったほうの男が中へおおいと声をかける。それに応えるよう女中がすぐさま出て来て、二人を問題の蔵へと案内した。

 門をくぐり抜け、敷地の中へと入っていく佳乃の後ろ姿をその男二人はじっと眺めている。そうしてその姿が消えると、お互いちらりと顔を見合わせるのだった。


 

「蔵へあるのはなんでも大切なものだとかで、旦那様の付き添いがなければ、この蔵の中へ入ることもできません。鍵も、旦那様が大切にしまってあると……」

「門前の番は、ここの庭番なのですか?」

「いえ、あのお二方は旦那様が雇われたご浪人です」

 白壁に木板が張りつけられた、土蔵の前。

 女中とお稲がそんな話を交わしている間、佳之は塀伝いの辺りをぐるりと見回していた。

「初めに盗みへ入られたというお屋敷では、盗まれたのは宝でなく、小箱だと聞きました。その次からは刀や金物を盗むようになったと聞きますが、いったいぜんたい、小僧は何を考えているのでしょうね」

 お稲は同い年ほどの女中と話し込んでいる。彼女に節操という言葉はないのだろうか、ちゃかちゃかと口を動かす姿を横目に、佳乃は敷地内を歩き潰した。蔵の扉は門前と同じ方向を向いていて、そこから裏門は見えない。裏門はこの位置からするに、戸をくぐれば林へと出るだろう。この屋敷に番犬はない。あるのは門の番二人に、佳乃。お稲は考える間もなく戦力外だ。

 こちらへどうぞと案内されるがままに中へ上がり、日当たりの良い縁側へ座り込むと、奥から草木柄の着物をまとった女と、先とは別の女中がすすすと現れた。女は、ここの奥方だと言った。

「ようお出で下さいまして……旦那様は夕刻に帰られます。今は私と一人息子の次郎、それと女中が三ほど屋敷におりますので……御用があれば言いつけ下さいまし」

 上へ頼み込んだおかげとはいえ、佳乃が来るとは露ほど予想していなかったのだろう、招いた客を見るその目には、不安と訝しげな色がまざまざと見える。隣の息子は、母に頭が上がらないのか言われるがままに少し下がり、同じようにして頭を下げた。歳は十五、六だろうか、気弱そうだ。それだけ告げると奥方と次郎はそそくさと奥へ戻っていき、盆に載った湯呑二つと茶菓子を出すと、女中も頭を下げ部屋の奥へと下がっていった。


 縁側から見える庭では、雀がちゅんちゅくと可愛らしい声をあげている。佳之の言ったとおり、仕事は夕暮れからであるために、手持ち無沙汰となった二人はこの場で茶を楽しむしかない。

「左利きでいらっしゃるんですね」

 黒い漆塗りの湯呑を手にしたところでかけられるお稲の声に、佳乃は返答せず少し間を置いて茶をすする。

「佳乃様は、噂ほど恐ろしい方ではなかったので、安心しました。鬼の角が頭にふたつあるとか、大きな牙があるとか、腕は鬼のように太く赤く、ひとには見せないとか」

 指折り数えてあらわれる数々の噂では随分な言われようだが、とうの本人はつまらんといった顔で庭を眺めている。おしゃべりは好きではないのか、得意ではないのか。これといった返事はないが、お稲もまたこれといって気に止めてはいなかった。

「このお茶、美味しいですね、お茶請けもおまんじゅうですよ。私、好きなんですおまんじゅう。そういえば佳之様は髷を結われないんですか?」

 何がそういえばなのか、話の前後がまったく関係していない。

 面倒くさい女中を寄越されたなと改めて実感せざるをえなかったが、

「結わん」

 とだけ答えてやる。

「それだけ長さのあるお髪なら、お邪魔にならないものかと思ったので……せめて紐でひとつにくくられてはいかがですか?」

「くくらん」

「ならば髷を」

「結わん」

「それなら紐で」

「………」



 やがて日が暮れ、夜が来た。

 暇だからと横になっていた佳乃も目を覚まし、とうに蔵の前へと立っている。女中の心遣いで夕飯をいただき、少し遅れたお稲がやってくると佳之は心底嫌そうな表情を見せた。その顔は邪魔になるから中へ入っていろと言っているようだが、そうと知りつつもお稲はその場へとどまった。蓮成様と藤様、お二方から直々の頼みなのだから目を離さないようにしなくては、と。

 堀田の奥方は一人息子と女中を傍に、不安げに中へいる。

 旦那は先ほど戻ってきたばかりで、明かりの灯る提灯を二人の元へ届けに来るなり、驚きの事実を打ち明けた。

「実は、小僧には一度この蔵へ入られたのです」

 えっとお稲の目がまるく開く。

「つい三日前のことですが、こちらの事情で公にできず。小僧が入り小箱を盗んでいきました、しかしその箱と鍵は南蛮製の頑丈なものでして、鍵は私の手にあります。なので再び現れるだろうと踏んだのです」

 なるほど、予告状もないというのにこの家の者がやけに小僧を警戒する理由がはっきりした。

 しかしまあ堅苦しい顔持ちだ、自分の蔵が狙われているのだから良い気はしないだろうが、それを引いても頑固な性格であるのがわかる。生真面目そうな旦那は、奥方よろしく出戻りばかりの佳乃をよくは思っていないようだった。しかし細君と違うのはそれを隠さず、

「私は佳乃様、あなたの良くないお噂ばかり耳に致します。勿論噂は噂、尾ひれがつくもの、信じているわけではございません。とはいえ煙の立たない所になんとやら、と申します。私と妻は佳乃様を信用しているのではなく、あなたを寄越した蓮成殿を信用しているのだと、心に止めておいて頂きたい」

 とだけ言って、自分は裏門のほうへと行ってしまった。

「なんというか、釘を刺された気持ちがいたしますね」

 でもわざわざあんな言い方しなくても、とお稲は顔をしかめた。

 だがそれと同時に蓮成の人柄も伺える。それほど蓮成が信頼されているのは単に武芸の腕がよいだけではないのだ、あのにこやかな笑顔の下でどれほどの仕事をこなしているのか、御末のお稲ですら雑用をこなすだけでも一日がいっぱいだというのに、ため息が出るばかりである。自分の持つ提灯に片手をかざし温もりを求めながら、お稲は思うのであった。

 それにしても佳之は、堂々と牽制されてなにも言い返さないのか。蓮成や藤とのやり取りを見る限り、気が長いようには見えないが、何を考えているのやら。だが相変わらずその顔は仏頂面で、何も読み取れなかった。

 罪人が再び国のためにと腕を振るうなど、通常ならばありえないものだが、御台所の命とあらば異例もまかり通るのか。望みもしない帰郷ならば佳乃の不機嫌そうな横顔も、仕方のないことなのかもしれない。

 

 草木の生い茂る季節とはいえども、夜風は冷える。

 林の奥から鳥の鳴き声がして、木々がざわざわと囁きはじめた。何か起こる、前兆のような嫌な風だとお稲が手をさすりはじめた、その時だった。

「匂うな」

 鼻につく焦げた匂いは佳之だけが嗅ぎつけたものではなく、お稲にもすぐにやってきた。昔、外で焼き芋をしたときの、それよりも噎せるほどの匂いがするなと顔をしかめる。すると裏のほうから旦那が飛んでくるなり、

「裏の林が燃えている!水を、水をもってこい!」

 と叫ぶのだ。

 家の中からそれを聞いた息子と女中が、桶へ水をいれて駆けてゆく。お稲もすぐさま手伝いへ走った。



 裏の林がちらちらと火の粉を散らし、一帯を明るく照らしていたその頃。


 土壁で造られた蔵の中では、ひんやりと土の冷気があたりを漂っていた。その壁は分厚く、ちょっとやそっとでは壊れることはない。僅かな物音ならば外には漏れず、鼠や猫が出入りしようと分かりはしないだろう。

 かこん、何かが暗がりを動く音がした。反射でそちらを振り返れば、なんのことはない立てかけられていた板がずれた拍子に横倒しとなっただけだ。安堵し、再び歩き出す。手元のみを包むぼんやりとした明かりは、皿の小さな蝋燭から発せられている。

 しかしこの蔵には荷が多い、一つ一つ見て回るには時間がかかる。手当たり次第というわけにはいかないだろう。それも大小さまざまな種類の葛篭は積み上げられている、上から順に下ろさなくては中を見ることができない。箱へ入らぬ物は、骨董品が主のようだ。

「次は何を盗む」

 突然、背後からかけられた声。咄嗟に蝋燭を一息し、手元の明かりがふっと消えゆく。入れ違いに声のした方向が、ぼぅと明かりを灯した。


 影は二つ。明かりで照らされた佳乃と、その向かいに居合わせる黒い影。


「刀に金物、わけのわからんものを盗んでいるらしいな、お前が小僧とやらだな。噂に聞くほど大層なやつには見えんが」

 暗がりに浮かび上がる、顔と口元を覆う黒頭巾。背丈は佳乃とそう変わらず、体格も特別細身といったわけでも、筋骨隆々といったようでもない。無論、明かりの下へ出せばまた別の話なのかもしれないが。

「裏の火事はお前が火種か」

 相手は何も答えない、ならばと佳乃は一歩前へ進み出た。

 薄暗い蔵の中では向こうに分がある。その上、中は俵や葛篭やらで埋められ、足元が一定の範囲でしか見えないとなれば、こちらが十分不利であるのはわかる。それでも佳乃は場を引くのだけは気に食わなかった。


 明かりの向こうから伸びた手が、短い刃物を持ち襲いかかった。空を切り、空を切り、風が鳴る。後ろへと避けると足へ葛篭ががんと当たり、その隙を狙ったように刃物はすぐさま突きにくる。

 しかし、そう易易とやられてはたまるか。佳之は手にしていた蝋燭を皿ごと放り投げ、瞬時に屈んでそれをやり過ごす、こちらへ突き出た相手の腕を叩き落とせば、衝撃で手放した刃物は蔵の隅へと飛んでいき、敵の意識はわずかだが腕の痛みへ移る。

 この狭っくるしい、その上邪魔な荷の多い暗がりは、大きく動き回ることができない。ここが外ならば、そのまま腕を引っつかみ地面へ押し倒すこともできただろう。しかし目の前から消えるように、柳小僧は暗がりへ身を隠してしまった。目を凝らせど、障害物のおかげで居場所がつかめない。

 

 月明かりは敵の味方か。格子の間からのぞく光が小僧の手元を照らし、それを好機ととらえたようにひとつ葛篭の中から引っ張り出したのは大きな反物。それを佳乃へ覆いかぶせるよう投げてやると、目くらましとなり、佳乃の目の前は一瞬にして真っ暗闇となった。

 もちろんそんなもの取り払えばなんということはない、だが佳之の目が暗闇に慣れ、反物がばさりと床へ伏したときには、すでに蔵の中に人の気配はなかった。

「くそ、猪口才なやつめ」

 急いで扉から外へ飛び出ると、異変に気付いた皆が蔵前へ集まっていた。だが誰ひとりとして蔵から逃げる小僧の姿は見かけなかったという。



 林の火事騒ぎ直後、裏門の戸をくぐりすぐのところへ火の手は回っていた。佳乃は皆がそちらへ向かっている中、ひとり蔵へと入ったのだ。林は燃えているとは言うものの、その火はたいした大きさではなく、火の元は皆が何度か桶を手に、井戸とをいったりきたりしたおかげで、こちらへ火の粉が移ることもなく消えた。しかしここは人気のない林、自然と発火するものなどない、小僧の仕業ではないかというのが皆の見解であった。

「門はあの二人が見張っております。怪しい者が出て行くとなれば追いかけに行くでしょう。刀かなにか、盗まれましたかな?」

「いや、何も盗っていった様子はなかったが」

 収穫を無しで良しとしたまま、小僧は逃げたのだろうか。それとも小さなものだけでも懐へ入れ、逃げたのだろうか。

「そういえば佳乃様、蔵の錠はかかっていたはず、どうやって中へ?」

 あれやこれやと話し込もうとした中、そぉっと手を挙げるものがいた。頬にすすを付けたお稲だ。

「あの、一つよろしいですか?……蔵から嫌な匂いがしません?」

 そういえば提灯を放っていたな、と佳乃は他人事のように呟いた。おそらく中でその火が燃えやすい何かへ移ってしまったのだ。しかし先ほどと同様に大きな火種ではない、桶いっぱいの水をかければなんとでもなるだろうと頭をかいていると、後ろから甲高い奥方の悲鳴。

「み、南から取り寄せた、た、た、反物が、中に、あれは、あれは高価なもので、」

「水だ!水を持って来い、水を!」


 旦那の掛け声で再び消火活動となったが、すでに反物はおじゃんだろう。さらにそのボヤ騒ぎが収まれば、壊された錠前にも皆気付く、ひとり既に知った顔の佳乃は黙っているのだった。


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