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(4)

「あんまり美味いもんじゃねえな。」

 安っぽい喫茶店に席を取ったティオは運ばれてきたステーキを口に含んでいた。

「・・・・。」

 シトはその向かいの席でサンドウィッチをつまんでいる。

「それはおいしいの?」

 そんな彼女の隣でワインを片手にパスタをほおばっていたロザリオはシトの方をのぞき込んだ。

 シトは特にまずそうなそぶりをせずに黙々とサンドウィッチを口に運んでいる。

「・・・・?」

 シトはそんな風にいう彼らをみて小首をかしげるばかりだった。

「別に関係ねえんだろ?そいつには。」

「関係ない?」

「飯がうまかろうがまずかろうがそんなことはこれから生きていくことへの障害になどなりゃしない。そういうこったろうよ。」

 ティオはステーキをかみしめた。粗悪でアルコール純度だけがやけに高いワインで作られたソースがのどに焼き付くようだ。

「・・・・・。」

 みるとシトはサンドウィッチを食べ終わり、食後の紅茶に手を伸ばしていた。その紅茶も飲むものが飲めば思わずはき出してしまいそうなものだというのに。

「ひどいものだよね。」

 ロザリオの目には哀れみの光がともっていた。

「どうだかな・・・。世の中の大半はそんなもんだろうよ。俺たちみたいに何とか成功している人間達は飯が美味いなど不味いなどいってられる。」

 ティオは残ったステーキをまともに切らず、強引に口に運び、残った手でワインのグラスをつかんだ。

「・・・・・。」

 シトはそんな二人をなんの感情もこもっていない瞳でみていた。いや、実際はいつも通りの表情をしていたのだろう。しかし、ことさらロザリオにはそんな風に感じられてしまった。

「さて・・・そろそろ時間だな。」

 ティオは懐の懐中時計を取り出し時間を確かめると周りを見回した。

「あ、今回はここで待ち合わせだったんだ?」

 ロザリオがそういうのと同時にドアベルの音が店内に鳴り響く。

 そこには眉間にしわの寄った初老の男だった。

 男は店内を一回り眺めると決まった席のように窓際に座った。

「たぶん、あいつだ。」

 男がコーヒーを注文したことを確認したティオはそういって席を立ち上がり周りを気にすることなく男に近づいていった。

「なんじゃ?お主らは?」

 コーヒーを片手に男はティオをにらみつけた。

「ロシナンテってのはあんたか?」

「!」

 それを聞いた男はさらに険しい表情を見せた。

「お呼びの何でも屋だ。話を聞こうか。」

 ティオは促されてもいなかったが、彼の正面に座りコーヒーを注文した。

「今回の依頼主の方ですね?」

 シトをつれロザリオも席に座った。

「・・・お主らが何でも屋か?」

 ロシナンテと呼ばれた老人は険しい表情を和らげることなく確認するように言う。

「早速今回の依頼内容を聞かせて頂きましょうか。」

 ロザリオは紅茶を二人分注文するとロシナンテの方に向き直った。

「この街の向こう側に大きな山があることは知っているな?」

 彼は突然に話を切り出した。

「シルバースター山脈のことか?」

「ああ。一昔前の炭坑が残ってるところだろう?」

「それが何か?」

 かつて、それこそ40年から50年ほど前、この町は炭坑の街と呼ばれるほど石炭の採掘量が多く皆が裕福だった。

 しかし、それにも終わりが来る。人々の記憶からは既に消失してしまったかつての戦争。それは、世界に混沌と災い飢餓、蟻とあらゆる災厄をもたらした。

 それによって炭坑の石炭はすべて政府に徴収され戦争の道具とされた。後に残されたのは廃墟となった街と取り尽くされ、空っぽとなってしまった炭坑のみだった。

「あんなところには既に何もない。そう思ったじゃろう?」

 ロシナンテはなめ回すような視線を三人に投げかけた。

 ティオとロザリオは素直に頷いた。

「そうじゃろうな・・・。あそこには既に何もない。いくだけ無駄じゃ。じゃがな・・・。」

 ロシナンテは肩を落とした。

「だが、あんたにとっては思い入れのある場所だってことか?」

 それは、誰から見ても明らかなことだった。

「儂は・・・そこの坑夫だったんじゃ。」

「そうだったんですか。」

 ロザリオは運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。まともな入れ方をしてない。湯の温度も葉を引き上げるタイミングもすべていい加減でなんの味っけもない。

 たとえ質の悪い葉であっても入れ方次第ではいくらでも美味くなるものを・・・。

 ロザリオはそれ以上は口にすることなくテーブルに静かにおいた。

「儂らはすべてを奪われていった。この街を発展させてきた石炭も。炭坑夫としての誇りも、あげくには家族さえも・・・。じゃが・・・。」

 ロシナンテは表をあげた。そこには今までの過去に縛られ続けてきた男の影はなかった。

「儂は見つけたのじゃよ。赤く光すばらしい石を・・・。それがなんなのかは儂には分らん。しかし、それだけは誰にも渡さなんだ。それをみていると不思議と生きていく勇気がわいてくるようじゃった。このゆがんだ世界から飛び立てるような。それをみているだけでそんな意志がわいてくるようじゃった。」

「・・・・。」

 シトは冷めた眼差しを目の前の老人に向けていた。

「じゃから儂はそれを密かに隠した。いつか、この戦争が終わり人々に平安が戻ってきたとき、それが何かの役に立つのではないか・・・とな。しかし・・・。」

 その表情は再び暗く沈む。

「戦争が終わる前に、儂らの終わりが来た。炭坑は閉鎖され誰にも入れなくなった。今でも自動警備システムとか言うものが動いておって誰も入ることはできん。わしは・・・生きる最後の希望を失った。」

 それは、まるで本に書かれた物語を朗読するような口調だった。

「・・・・それで・・・その石とやらを俺たちにとってこいと、そういうことなのか?」

 結論を急ぐようにティオはロシナンテに確認した。

「その通りじゃ。」

 自分の言いたいことは統べていったのか、別段嫌そうな顔もせずに彼は頷いた。

「使われなくなって50年近くたった炭坑で、しかもそこには旧世代の見境のない警備システムがうようよと徘徊している・・・。これは・・・結構やっかいだよ。」

 ロザリオは老人が言った話の内容を要約するようにメモ帳に記入していた。

「リスクはつきものってやつだ。だけど、リスクに似合うリターンは望めるんだろうな?」

 ティオはにらみつけるようにロシナンテの表情を伺った。

「儂の隠した赤い石をお前らにやろう。」

「?それをとってくるのが俺らの仕事だろう?」

 ティオは怪訝な顔をした。

 とってこいと依頼されたものが報酬では本末転倒ではないか。

「儂はそれを一目見ればそれで十分じゃ。初心忘るべからずとはよく言ったものじゃが初心帰るべからずとは儂の持論なのでな。あのころの記憶は大切じゃが、それにすがっていてはなんにもならん。ただ、それだけのこと・・・。」

 果たしてそれだけのことなのだろうか?ティオはロシナンテの心の内を読もうとしたが、顔に張り付いた表情にはなんの感情もこもっていない。

「しかし、その石はそれほど価値のあるものなのですか?」

 ロザリオはおずおずと聞いた。

 ある意味この質問はこの老人の尊厳をいたく傷つけるものだったのかもしれないが、仕事は仕事と割り切らなければならない。

「後から調べて分ったことじゃ。あれには間違いなく莫大な価値がある。フレアストーンというものを知っておるか?」

「太陽の原石?・・・というと、戦後、各地の国家政府が血眼になって探したって言うあれか?」

 ティオは驚愕の眼差しを露わにした。

「ティオ・・・知ってるの?その何とかストーンって言うの。」

「まあ、少しあってな。当時だったら握り拳ほどの大きさで小さな街一つまるごと買えるほどの価値があったって代物だ。」

 ロザリオは”ふへ?”っと間抜けな声を漏らした。

「街一つまるごとだって?・・・見当がつかないな・・・。ようは、土地を買収できて、さらに住民に立ち退き料を払えるほどのものだろう・・・・?だめだ、わかんない・・・。」

「まあ、それぐらい訳の分らん金が舞い込んでくるような代物だ。」

 ティオはため息をつくように言うと、

「どうする?受けるか?この依頼。」

 そのままロザリオとシトを見た。

「・・・・・?」

 シトは相変わらず今の状況を把握できていないようだが、ロザリオは真剣に悩んでいる様子だった。

「・・・受けよう・・・。」

 その空白は5分ほどだっただろうか?少なくともリンゴの皮をむくだけの時間は経っていたと思われる。

「いいのか?すっげえ危険だぞ?」

「危険は・・・慣れっこだろう?それに・・・。」

「それに?」

 二人はお互いの瞳をにらみつけあう。

「フレアストーンというのはとても興味深いよ。」

 ティオは脱力するようにため息をついた。

「だよなあ・・・お前ならそういうよなあ・・・。」

「ティオだって・・そうでしょ?」

 見るとロザリオは先ほどとはうってかわって、いたずらっぽい笑みを浮かべている。

「ま、違いないな・・・。」

「それでは・・・。」

 ロシナンテは二人を交互に見回した。

「ああ。受けてやるさ。どちらにせよそのために来たわけだし、他に抱えている依頼もないしな。」

 いつの間にかティオの顔にもいたずらを思いついた子供のような笑みが浮かび上がっていた。

「すまない・・・。」

 ロシナンテは深々と頭を垂れた。

「面を上げてください。むしろ僕たちの方が感謝するべきです。」

「??」

 ロザリオの言葉にロシナンテは困惑気味だった。

「なぜなら、僕たちに仕事と冒険を与えてくださったのですから。」

 ロザリオのニッコリとした笑み。それは見るものに安らぎを与えるような柔らかな笑みだった。

「さて。まあ、そういうことだからまかしときな。」

 ティオは不味い紅茶をぐいっと飲み干すとおもむろに立ち上がった。

「マスター!勘定だ!」

 そういうと店の奥から小太りの女性が顔を出した。

「全部で78メラスだよ。」

 いかにもな口調でそう告げる。ティオは僅かに肩をすくめると小汚い財布を取り出し、78メラスを支払った。

「味の割にはけっこうたけえんだな。」

 ティオは冗談のつもりだったのだが、その女性はティオをにらみつけると乱暴に代金を奪い取ると奥の方へ引っ込んでいった。

「・・・冗談の通じない人みたいだね。」

 ロザリオはそんな彼を見ながら肩をすくめた。

「・・・・・♪」

 シトもなぜかうれしそうにしていた。

「さてと。それじゃあロザリオは買い出しを頼むぜ。今回は山登りをすることになりそうだ。」

 店から出た三人にすっかりと天高く登っていた太陽が照りつけ、ティオはまぶしそうに目をしかめた。

「うん。分った。ティオは?」

「俺は武器の調達だ。」

「分った。じゃあ、お互いに用事が済んだら宿屋に待ち合わせってことで。」

「そういうことだ。それと・・・気をつけろよ?」

 ティオは少し声を潜めた。ロザリオは既に承知しているという仕草で、

「うん。さっきから見られているよね。」

「ああ。俺たちに気配を察知されるぐらいだからさほどでもないが・・・素人ではねえな。」

 二人はまったくその体勢も表情も変えていないため、端から見たら先ほどの話の続きをしているように見えるだろう。

 正直二人は、これが通用する相手であることを祈っていた。

「・・・・・?」

 当たり前のように事態を把握できていないシトは二人を困惑したかのような表情で見ていた。

「シトはお前に任せる。せいぜい街の案内をしてやんな。」

「うん。分ったよ。ティオもあまり寄り道と無駄遣いはしちゃだめだよ。」

 ようやく普段の口調に戻った二人はそのまま二手に分かれた。

「さてと・・・やっかいな仕事になりそうだぜ・・・。」

 昼近くだというのに妙にがらんとした街並みを見回しながらティオはポケットに左手をつっこみながら、ゆったりとした歩調で歩いていった。


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