第一部(1)
マルセイン歴2016年7月
カタンコトンとという音と共に規則的に身体を揺らす振動が近づいてくる。
男・・・・ティオ・フリーネスはゆっくりとまぶたを開けた。
「・・・・眠っていたのか。」
ティオはずれてしまった帽子を直すと、大きなあくびをついた。
「といっても2時間ほどだけどね。」
前には彼の相棒、ロザリオ・ユニバースが柔和な笑みを浮かべていた。
「そうか・・・。」
ティオは彼からコーヒーを受け取ると、クリームもシュガーも入れずに一気にのどに注ぎ込んだ。
「いまはどのあたりだ?」
ティオは流れていく景色を横目にしながらカップをおいた。
「だいたい、王都マルセインに入ったところかな?そろそろビニオンの渓谷を通るはずだよ。」
ロザリオはいつの間にか本を取り出していて、それに目を落としていた。
「お前は眠らねえのか?」
ティオはそばに置いてあった毛布を膝に掛けると窓の枠に肘を乗せた。
「まだ眠くないから大丈夫だよ。」
ロザリオは頁をめくった。ティオは字が読めないので、それがなんの本なのか分らない。
「相変わらずよく読むよな。あきねえのか?」
「好きだからね。」
ティオは二杯目のコーヒーを自分でつぐと、今度はシュガーを少々入れて、そのまま小さなテーブルにおいた。
「飲まないの?」
ロザリオは相変わらず本に目をおろしていたが、ティオの仕草はすべて分っているらしい。
「さっき飲んだ。」
「冷めるとおいしくないよ。」
「いいんだよ。」
「そう・・・。」
ティオはやれやれとため息を一つつくと。カップを取り上げた。
「お前が飲むか?」
ロザリオはやはり面を上げなかったが、その言葉にはっきりと頷いた。
「ん、ありがとう。」
そういってカップを受け取ると一口飲んで、顔をしかめた。
「クリームが入っていない。」
相変わらずマイルド好きだな、と思いながらも彼はポケットから煙草を取り出した。
「ここ、禁煙だよ?」
「いいんだよ。誰もいやしねえ。」
ロザリオはまた頁をめくる。
「僕がいるんだけど・・・。」
余った手でカップを取り上げる。今度はしっかりとクリームが入れられている。
「気にするようなもんじゃねえだろう?」
ティオは気にせず、古いオイルライターに火をつけた。
「そりゃ、そうだけど・・・。」
白い煙が車内に漂いうっすらと消えていく。
「第一、今時禁煙車に席を取る奴なんていねえだろ?静かでいいけどよ。」
「安かったからね。」
「ケチくせえな。」
「節約は美徳だよ?」
ティオは手持ちの灰皿に白くなった灰を落とす。
赤い光が新たに顔を覗かせる。
「別にため込んだって意味ねえだろうが・・・。」
「そのうち役に立つよ。」
「どうだかな?いつ紙切れ同然になるかも分らねえってのによ・・・。」
その言葉を最後に二人は黙り込む。二人ともしばらくの間だただじっと耳をそばだてていた。
「おいでなすったようだな。」
ティオは三本目の煙草を乱暴にもみ消すと箱を大事そうに胸ポケットにしまい込んだ。
「そうだね。」
ロザリオも本を閉じ、ゆっくりとした動作で鞄の中にしまい込み、代わりに黒光りする何かを取り出した。
「伏せた方がいいな。」
「うん。」
二人は座椅子の下にうずくまり息を潜める。すると、なんの前触れもなくドアの蹴破られる音とガラスが粉々になるいやな音が車内に響き、それと共に一人の男が車両に入ってきた。
いや、入ってきたというのは少々語弊があるだろう。この場合倒れ込んできたといった方が適切なのかもしれない。
「・・・・銃弾じゃなくて人だったね。」
ロザリオはそっとそれをのぞき込んだ。
「拍子抜けだったな。」
二人は立ち上がると構えていた右手を下に垂らした。その手の中には黒い銃が握られている。
「どうする?」
「うるさくなるまで放っときゃいいさ。」
「それもそうだね。」
二人はトリガーにかけられていた指をはずすとそのまま席に座り込んだ。
「あの人、息してないよね。」
ロザリオはチラッと横目で男をみた。
「そうだな。」
ティオはいやな予感がした。ロザリオがこういう目をするときには、たいてい何かよくないことが起こる。彼はそれを経験上知っていた。
「死んでいないよね?」
「どうだかな。」
車輪とレールの奏でる振動が次第に強くなっていく。
「銃声はしなかったよね。」
「サイレンサーの音も薬莢の落ちる音もな。」
列車はいつの間にかだだっ広い渓谷に進入していた。
「気にならない?」
ロザリオはいつの間にか本を閉じ上目遣いにティオをのぞき込んでいた。
「・・・・・。」
ティオは”ふう・・・”とため息をつくと。
「生きたいんなら正直に言え。のたりくたりしているのは性に合わん。」
ロザリオは不意ににっこりとした笑みを浮かべ、手に持っていた銃を握りしめた。
「だったら行こうよ。」
「仕方ねえな。」
いやな予感というものはどうしてこうも的中してしまうものなのだろうか。
ティオは面倒くさそうに頭をぽりぽりとかきながら立ち上がると、ロザリオにやったはずのコーヒーを一気に飲み干した。
「行くぞ。」
「僕のコーヒー・・・。」
ロザリオは残念そうに殻になったカップを見下ろしていたが、ティオの促しで渋々と席を立った。
二人は男のそばに歩み寄る。
出血はしていない。しかし、よく見ると首筋に青い痣ができている。
「これが致命打か・・・。」
ティオはそれをまじまじと見つめるとため息をつくように言葉をはき出した。
「死んでるよ・・・。予想が外れたね。」
「残念だったか?」
「別に。」
二人はさほどの感情も込めずに言い合うとその先・・・先頭車両をのぞき込んだ。
「思ったより静かだな。」
先に車両に入ったティオは思わずそう漏らした。
「誰かいるみたいだよ?」
ロザリオは車両の中程を目線でおった。その手の中の銃は既にそこの座っている二人の人間の方へと向けられている。
「案外既に死んでいたりしてな。」
ティオは警戒しつつも二人の方へと歩み寄っていく。
「死んではいないよ。」
そんな声が車内に響いた瞬間、ティオは額に妙な違和感を感じた。
「・・・・くっ!」
ほとんど本能が命じるままに彼は頭をそらせ、横に飛び退いた。
銀色に光何かが彼の真横を通り抜ける。
カスン!と鋭い音をたてながら、それは車両の壁に突き刺さっていた。
それは銀色に光一本のナイフ。明らかにティオをねらって放たれたものだった。
「ほう・・さっきのゴミとは違うようだ。」
ティオは前を見張る。
いつの間にかそこには一人の男が立ち上がり二人をみていた。ロザリオが向ける銃など目に入っていないといわんばかりに落ち着いている。
「・・・・!」
ティオはロザリオがトリガーにかけている指を引き絞るのを感じ取った。
「やめておけ。」
ティオはそんな彼を手で制した。
「だけど!」
「このタイミングではあいつの方が早い。」
ロザリオはしばらくティオをにらみつけたが、あきらめたように銃をおろす。
「ほう、なかなかに冷静だな。どうだ?少し話でもしないか?」
男は感心したような表情でティオを見つめた。
「今さっき、自分を殺していたかもしれない奴と話をする舌を持ち合わせてると思うか?」
「会話は既に成立しているようにも思えるが?」
男は余裕だった。その証拠に唇には薄い笑みが浮かび上がっている。
「口が達者だな。まあいいだろう、コーヒーのいっぱいでもご馳走してくれるんならな。」
男は柔和な笑みを浮かべると二人を席に招き入れた。
「今時、禁煙車に席を取る人間が少なくてね。退屈していたのだ。私は煙草というものがどうも苦手でね。煙をみるだけで吐き気がしてしまうのだよ。そもそも煙草というものが未だにこの世に存在していること自体が理解不可能なのであってな・・・。」
男はなかなかに饒舌らしい。
誰も話を促さないうちに自分勝手に話を進めていっている。そのため、二人の興味は男の隣に座っている一人の女性の方に向いていた。
「あんた・・・名前はなんていうんだ?」
「・・・・・。」
興味本位にティオは話を振ってみるが彼女はキョトンとした視線を与えるだけで何も答えない。
「それは口がきけないのだよ。話しかけても無駄だ。」
自分の話が無視されていることを知った男はとたんに不機嫌になった。
「ふん。それであんたは退屈していたってことか。」
ティオは挑発的に男をみた。
「そういうことだ。」
どうせ、あの男を殺したのはこいつに決まっている。ロザリオはそう結論づけ、その女性に目を向けた。
「???」
彼女はじっとロザリオを見つめていた。
「どうしたの?」
ティオと男の会話を横耳で聞き流しなら彼は彼女に話しかけていた。
「・・・・・。」
彼女は何も言わない。しかし、本当にかすかだが彼女の唇は動いているようにも見えた。
そしてその口が話していたことは・・・。
『タ・ス・ケ・テ?』
ロザリオはティオを見つめた。
「・・・・?」
ティオは怪訝そうな目で彼を見つめ返すが、すぐに軽く頷き返した。
お前の好きにしろ。彼はそういっていたのだ。
「ん?どうしたのだ?」
男はロザリオの変化をめざとく見つけると彼に視線を移した。
ロザリオはその視線に飲み込まれそうになるが、何とか気力を振り絞って口を開けた。
「彼女を・・・解放してあげてください・・・。」
「なに?」
男の目に殺意が生まれたことは誰の目にも明らかだった。
「彼女を自由にしてあげてください。」
それでもロザリオは食い下がる。
「何をバカな!こいつは私が金で買ったのだ。だからこいつは私のものなのだ。」
しかし、男の威勢はそこで止まる。彼の額にはティオの腕から伸びる銃のマズルがあてがわれていたのだ。
「行こう!」
ロザリオはその一瞬の隙をついてその女性に手をさしのべた。
彼女は驚いた顔でティオとロザリオを交互にみた。
ティオはそんな彼女に頷いてみせる。
「・・・・!」
彼女はロザリオの手をきつく握りしめた。よく見るとその手にはいくつもの痣が浮き上がっている。
男が彼女をどのような扱いをしていたのか、それはおして計るべくもない。
「行け!」
ティオの一声でロザリオは彼女を連れて駆けだしていた。
「いかせぬ!」
男の手がなびく。しかし、ティオはその先を見据え、トリガーを引いていた。
二つの金属がぶつかり合う音が甲高い音をたてて車内に響き渡る。
「ばかな!」
男は驚愕し、そして戦慄を覚えた。
ティオの放った銃弾は男が投げつけたナイフを空中で粉々に打ち砕いていたのだ。
「目測を誤ったな。本当だったらあんたの方に跳ね返るはずだったが・・・ナイフが脆すぎだな。」
男は恐怖に身体が引きつる思いだった。
こいつは違う。今まで相手にしてきた奴らとは桁が違いすぎる。
男は獰猛な肉食動物に狩られる脆弱な草食動物の思いを味わっていた。
しかし、ティオはそんな男に興味を失い、すたすたと歩いていった。
そして、車両の出口にたった頃、何かを思い出したかのように振り向くと邪悪な笑みを漏らしつつ口を開いた。
「報復ならいつでも受けて立つぜ。奇襲でも寝込みでも何でもOkだ。ただし・・・・次は命の覚悟をしてな・・・。」
壊された扉が閉じる音のみが車両に残る。
一人となった男は当方にもない虚脱感に襲われその場に崩れ去るようにうずくまった。
握りしめられた拳にはいつのまにか汗がにじみ出ていた。
「・・・化け物め・・・。」
その声は列車の音にかき消されていった。




