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(5)

「赤銅の墓標・・・ですか。」

 白み始めた窓の光が店内に差し込んできていた。

「ああ。あれはまるで墓場みたいだった。いや、実際墓場だったんだろうよ。」

 男は空になったグラスの氷を弄んでいた。

「墓場って。いったい誰のなんで?」

 氷とガラスのぶつかるカラカラという音が静かな店内に響く。

「誰か・・・。おそらくはあそこで死んだ奴らの全員だろうよ。炭坑夫、兵士、大人も子供も誰もかも。」

 男はグラスをカウンターにおいた。

「・・・戦争・・・ですかい?」

「そういうこったろうよ。」

 グラスの中の氷は解けて水へと変わっていく。

「まだ飲みやすかい?」

 マスターは新たなボトルを彼にみせるが、彼は首を振った。

「そろそろ飲みすぎだな。冷やをもらえるか?」

「わかりやした。」

 マスターはカウンターのしたから水の入ったボトルを取り出し、グラスへと注ぎ込んだ。溶けかけた氷はカランカランという音をたてながら中で踊る。

「・・・・あそこは墓場だ。死者の眠る墓場・・・この世で唯一安らかになれる場所だった・・・。」

 男はグラスを取り上げた。

 さっきまで浮かんでいた氷はすっかり溶けてしまっていた。

 

     ※


 夕日は墓標を照らしつけていた。

「やっぱりお墓なのかな?」

 ロザリオは呟いた。

「そうだろうよ。それ以外に何があるってんだ?」

 足場の悪い地面を踏み固めながら進むティオはどこかいらだたしげだった。

「・・・・。」

 シトは何も言わずにロザリオの後ろを歩いている。

「こんなにたくさん・・・。いったいいつのものなんだろう。」

 木と木の継ぎ目に縛り付けられた針金は既に真っ赤にさび付き、ちょっとふれただけでちぎれてしまいそうなぐらいだった。

 そして、その木も元は何の気だったのか分らないぐらいぼろぼろになっている。

「10年やそこらのものじゃないよね。50年ぐらい経ってる感じだけど。」

 ロザリオは近くにあった十字架にふれようとするが、

「ロザリオ・・・お前、本当に分らないで言ってんのか?」

 その手は鋭い口調に遮られた。

 ロザリオが前を向くとティオは足を止め、まっすぐと彼の目を見つめて・・・いや、にらんでいた。

「ティオ?どうしたのさ?」

 ロザリオにはティオがいらだっている理由が分らなかった。

「・・・・50年前、いったい何があったってんだよ?それを考えれば答えは分かり切ってるはずだ。」

 ティオは遠い空を見上げた。

 隆々とそびえる山々は夕日の光を跳ね返し真っ赤に染まっている。それはまるで山が血に染まっているようだ。

「50年前・・・。なるほど・・・。」

 ロザリオはすぐに思い立った。なんてことはない、ティオの言う通り答えなど初めから決まっているようなものだ。

「戦争か・・・。」

「そういうこった。」

 ティオは呟くときびすを返し、また歩き出した。

「・・・・せんそうって・・・なに・・・?」

 二人の会話を不安な面持ちで聞いてたシトはロザリオの耳にそっと呟いた。

「50年ぐらい昔に起こった戦争のことだよ。詳しくは知らないけど。その戦争のせいでこの世界はこんなにも荒廃してしまったんだって。」

 ロザリオは少し顔をシトの方に向けると淡々とした口調で話した。

「・・・・なんで・・・せんそうなんか。」

「分らない。その当時の記録がまるで残ってないからね。ただ戦争があったってことだけしか分らないんだ。」

 その視線の先に映るのは山際に沈みかける燃えるような太陽のみ。

「そうだったんだ・・・・。」

 シトも空を見上げた。

 太陽は何を思って世界を見下ろしているのだろうか。赤々とした太陽は何も語らない。そこには無慈悲な静寂が漂うのみだった。

 

「結局、フレアストーンってどこにあるんだろう。」

 携帯食をかじりながらロザリオはふと漏らした。

「それらしきもんはどこにもなさそうだな。」

 シトの入れた紅茶を片手にティオは空を見上げた。

 空には夜の暗闇に混じり、点々とした星々、そして、煌々たる光を放つ月が張り付いていた。

「・・・・ないの?」

 火の近くに腰を下ろすシトは二人の顔を眺めた。

「さあ、がせネタってこともあり得るけど。」

 ロザリオはシトから紅茶のお代わりを受け取るとシュガーをたっぷりと入れて口に運ぶ。

 たき火の赤々とした光は三人を映し出す。それは、どこか幻のようにも感じられ、シトは少し不安になった。

「こんだけ真っ暗じゃあ探しようがねえからな。」

 ティオはカップをおいた。

「・・・・おかわり・・いる?」

 シトの言葉にティオは無言で断った。

「まあ。明日だね。」

 冷めてきた夜の空気にロザリオは少し身震いをした。

「寒いの?」

 シトは自分が羽織っている毛布を差しだそうとするが、ロザリオは笑顔で引き留めた。

「これくらいは慣れっこさ。」

「でも・・・。」

 シトはティオの顔を伺う。

「ブリタニアの冬はもっと厳しかったぜ。」

 ティオの口調はぶっきらぼうだった。

「・・・・・。」

 シトは訳も分らない感情に翻弄されていた。

「ティオ・・・。何で機嫌が悪いのかは聞かないけど。それはあんまり感心しないよ。」

 諫めるようなロザリオの言葉もティオは聞かないふりをした。

「・・・・何かあったら起こしな。明日も早い。」

 ティオはまるでふて寝をするかのようにごろんと寝転がった。

「まったく・・・君らしくないね。ねえ、ティオ?言いたいことがあったら言ってくれよ。僕らは君の相棒なんだからね。」

 ロザリオはそれだけ言うとたき火に向かい合った。

「シト、君も寝た方がいいよ。ティオの言うように明日も早いからさ。」

 ロザリオは火にかけてあったポットをとると空になったマグカップにそれを注ぎ込んだ。暖かな湯気が一瞬彼の表情を覆い隠す。

「うん・・・。」

 シトはどこか納得できない感情をもてあましながらも毛布で身を包んだ。

 その暖かな感触は次第に彼女を微睡みのそこへと誘ってゆく。

「・・・・スーー・・・。」

 しばらくすると心地よさそうな寝息がロザリオの耳に届いてきた。

「お休み・・シト・・。」

 ロザリオはそう一言言うと、焚火に薪をくべると自分も寝そべった。

「・・・・静かな夜だね・・・。」

 世界は静寂に包まれた。


「・・・ロザリオ・・・。」

 ティオは相棒の名を呼んだ。

「・・・ねたか?」

 ティオの耳に聞こえてくるのは二人の奏でる穏やかな寝息だけだった。

「・・・・すまない・・・。」

 ティオはそう一言告げると、むっくりと身体を持ち上げた。

 既に焚火の火も儚い光を放つのみとなっていた。

 ティオはしばらくそれを眺め、おもむろに歩き出した。

 彼の足音は静寂に沈む墓標のなかで妙にはっきりと響いた。

「やっぱりあんたか。」

 焚火の光が届かない暗闇が支配する崖には一人の男がたたずんでいた。星と月の光を浴び、ティオをまっすぐと見つめるその瞳はどこか哀愁を漂わせていて・・・。

「よく分ったな。」

 それはため息のような言葉だった。

「何となくな。人の気配を読むのは得意なもんで。」

 彼はおどけるような笑みを浮かべた。これも彼なりのポーカーフェイスだ。

「そうか・・・。」

 男はそういうと星々の瞬く夜空を見上げた。

「ところで、何であんたがここに?ここにある例のもんをとってこいって言ったのはあんただぜ?そんなあんたが何でここにいるんだ?答えなよ、ロシナンテ。」

 ティオは、彼、ロシナンテの方に歩み寄った。

「いい夜だな。」

 ロシナンテが答えたのはそれだけだった。

「ああ。そうだな。むかつくぐらいいい夜だ。」

 ティオはさらに一歩足を進める。

「儂はただほしかったのじゃよ。」

 西の空に沈みかけた月を眺めていた彼はふと口を開いた。

「何が?」

 ティオとロシナンテとの距離は人間二人分ほどしかない。

「何か・・・それは儂にもわからんかった。だがお主らがこの地に立って分ったのかもしれん。」

「なにを?」

 ティオは歩みを止めていた。

「いや、分ったと言うよりは気づいたという方が言葉としては誤りがないのかもしれんな。」

 ロシナンテの声は儚い。

「俺は言葉遊びをしてんじゃねえ。」

 ティオの口調は自然と荒々しくなっていた。

「儂は・・・死に場所を探していたのかもしれんな。」

 ロシナンテはティオの方に表を向けた。

「死に場所?」

 ティオは眉をひそめた。

「そうじゃ。今まで儂が生きてこれたのはここに儂の生涯の心の支え、フレアストーンがあったからじゃと思っていた。しかし・・・。」

 ロシナンテは目を閉じた。その奥には今、何が映っているのだろうか。死んでいった仲間達か、去っていった家族なのか、それとも・・・。

「しかし、それは違ったのかもしれん。フレアストーンんは単なる鎖。この世界に儂を縛り付けていた鎖じゃったのかもしれん。」

「あんたは死にたかったのか?」

「分らぬ。自分のことながらそれすらも分らん。しかし・・・。」

 ロシナンテは再び空を見上げた。月は西の空に沈み、世界はさらなる闇に包まれていた。

「もう・・・楽になりたいと思う。いや、今までもそうじゃった。もう、この世界にはなんの未練もない。儂には生きる術も希望も既になかったのじゃろうな。」

 その言葉はどこか達観した雰囲気を放っていた。

「そうか・・・やり残したことは何もない・・・ということか・・・。」

 ティオは懐に手をしのばせた。

「何も・・・ないな。やりたいことはすべて奪われていった。もう、これ以上失うものは何もない。」

 ロシナンテは言い切った。

「覚悟はついているのか?」

 ティオは懐のものを握りしめた。しかし、最後の言葉を聞かない限り、それを出すことはできなかった。

「・・・自分で自分を殺すことはできん。・・・じゃから・・・。」

「いや、いい。」

 そして、ティオは目をキッと見開き、懐から手を抜いた。

「それ以上はいわなくてもいい。俺がお前の願いを叶えよう。」

 ティオの手にはさっきまでこの山に澄む悪夢を駆逐してきた銃が握られていた。

「・・・すまんな。最後の最後までお前には迷惑をかける。」

 ロシナンテはそういうと懐のポケット探り、何かを取り出し足下に置いた。

「これがフレアストーンじゃ。これをどうするかはお前達で決めてくれ。」

 ティオは無言で頷いた。深い闇の中、それがロシナンテに分ったどうかは不明だった、しかし、ロシナンテは安心したようなため息を吐いた。

 ようやく楽になれる。すべての柵から解放される。そんな安堵のため息だった。

「・・・・・さよならだ。」

 ティオはただそれだけ告げるとトリガーを引き絞る。

 妙に固く感じる引き金は彼が躊躇していることを示しているのだろうか。しかし、それでも彼は力を緩めることはなかった。

 ロシナンテは目を閉じた。その奥に映るものは何だったのか。穏やかな笑みすらも浮かべる彼の表情からはそれすらも察することはできなかった。

 ひとえに戦争というだけで降りかかってきた悲劇。そんな人生をただ生きるためだけに駆けめぐってきたもの。そして、最後には生きるのに疲れ、死を望むだけ。

「・・・・!!」

 そんな思いがティオの中で渦巻いた。

 ティオはそれを断ち切るように、何も考えずただ指に力を入れた。

「・・・・・。」

 夜空に響く乾いた音はあまりにもあっけなかった。

「・・・・・。」

 一陣の冷たい風がティオの頬を駆け抜けていった。

「・・・・・。」

 そして、彼の目に映るのは穏やかな笑みを浮かべた老人だけだった。

「・・・・バカ野郎だよ。・・・あんたは・・・バカ野郎だよ。・・・なんで死ぬことを望んだんだ?生きていればきっといいことだってあっただろうに・・・。なんでだよ。本当に死ぬべきなのは俺じゃねえのかよ・・・。何で、あんたが死ななけりゃいけねえんだよ・・・・。なんで・・・あんたを殺さなきゃならねえんだよ・・・。」

 死んだ人間は何も答えない。静寂の漂う星空はあまりにも無慈悲だった。

「あんたの生きた証・・・。」

 ティオは足下に転がる石を拾い上げた。売れば街一つをまるごと変えてしまうほどの価値がある石。

「俺には重すぎる・・・。」

 ティオはそういうとその石をロシナンテのポケットにしまい込んだ。

「せめて安らかに眠んな。あんたの眠りを脅かすものはもうどこにもいやしねえ。あんたはもう何も奪われやしねえ。」

 ティオはその骸をかかえた。

「これが、あんたが望んだ自由なんだな。」

「ティオ・・・。」

 彼の背後から声が響いた。

「・・・起きていたのか。」

 ティオは振り向かなかった。

「眠れなくて。」

 そこに立っていたのは、ロザリオだった。

「そうか・・・。」

 二人の間に沈黙が漂う。

「ねえ。」

 その沈黙を破ったのはロザリオだった。

「なんだ?」

「お墓・・・立ててあげようよ・・・。ここだったらゆっくりと休めるだろうから・・・。」

 再び沈黙が走る。

「そうだな・・・。それがいいな・・・。」

 ティオは頷き、ロシナンテの亡骸をゆっくりと地面に横たえた。

「・・・・人が死ぬのは嫌だなんて感情がまだ僕の中に残ってるなんてね。」

「・・・・。」

「そんなこと思うえるような資格なんてないのに。」

 ロザリオは穴を掘り始めた。

「いや。お前にはあるさ。」

 ティオもそれを手伝う。

「そうなのかな・・・。そうだったらいいな・・・。」

 ロザリオは空を見上げた。

「そうさ・・・今の時代が間違ってるんだよ。こうでもしなけりゃ生きていくことすらできねえ。」

「死にたくもなるってことか・・・。」

 ロザリオは吐き出すようにいった。

「せめて一握りの希望さえあればいいんだ。それさえあれば人は生きていける・・・。どんなことがあってもな。生きていこうとする意志さえもてれば・・・。」

 ロザリオはクスリと笑った。

「・・・・?」

 ティオは怪訝そうな顔でロザリオを見た。

「君に似合わない言葉だね。」

「やかましい・・・。」

 夜はさらに更けていった。


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