(4)
「そういえば、この奥にはいったい何があるか知ってるの?」
ロザリオはすっかりと静かになった空洞の壁に手を伝わせその感触を確かめていた。
「なにって?」
ティオはシトの照らすライトの光を頼りにズンズンと先に進んでいっている。
「いや・・・確かにこの先にフレアストーンがあるってことは知ってるって言うか、聞いたけど。正確にどこにあるかなんて聞いてないじゃないか。」
「ふーん。それもそうだな。」
ティオが急に立ち止まるものだから、シトはその広い背中にぶつかってしまった。
「・・・・・。」
シトは額をさすりながらライトを持ち直した。
「だろ?」
「だがな・・・まあ、先に進んだら分るだろう。フレアストーンなんて目立つもんが分らねえはずがねえからな。」
「・・・・まあ、君らしいといえば君らしいね。」
ロザリオはやれやれとため息をつくと思いついたように懐を探ると愛用の銃、フォールンヴェスパを取り出し、マガジンに弾が装弾されていることを確認するとスライドをひいた。
ガチャリという音が暗い闇の中に響き渡る。
「相変わらずいい音だぜ。」
ティオはそういうと止めていた足を元に戻した。再び炭坑に三人分の足音が響く。
「だが・・・ここの警備システムはあまり機能していないのかな?」
ロザリオは不思議そうにあたりを見回している。
「いいや・・・さっきから嫌な視線を感じやがる。警備システムが動いてねえにしてもなにかろくでもねえもんが動き回ってやがるかんじだ。」
「・・・・一つ目鬼でもいるのかな?」
ロザリオはろくでもない冗談を口にする。
「そんなもんですめばいいんだがな・・・。」
ティオの憎々しげな言葉にシトは小首をかしげた。
「さいくろ・・・ぷす?」
「ファンタジー小説に出てくる一つ目の鬼だよ。現実にはいない・・・。」
そんなシトにロザリオはそっと耳打ちした。
「????そう・・・なの?」
「そうだ。」
そんな二人の会話を聞いていたのか、それに答えたのはティオだった。
「どうやら・・・追っ手がいるみたいだね。」
「だろうな・・・。」
ようやくまともな答えが返ってきてティオは少し安心を覚えた。
「どうする?」
「別に・・・そいつが仕掛けてこれば返り討ちにしてやる・・・そんな程度で十分だろ。」
「だよね。」
二人は話しながらも歩調をゆるめることはない。さっきからずっと道は一本道になっているため考えなくても歩くことはできるのだ。
「ところでティオ・・・まがり道でちゃんとマーキングはしているだろうね?」
一応のマッピングをしているロザリオはティオに確認した。
「まあな。一応のことはしているよ。出るとき分らなくなるからな。」
「そう・・。」
ロザリオはとりあえず安心した。
「・・・・・。」
ティオはゆっくりと歩調をゆるめた。
「・・・・・?」
シトはそれにあわせて自分の歩調もゆるめていく。
「・・・やっかいだな。」
ティオは頭をかきながら立ち止まった。
「どうしたの?」
ロザリオは彼の先にある闇に目を向ける。
「ちょっと見てな。」
ティオはそういうと足下にあった手頃なサイズの石を拾い上げると前に向かって放り投げた。
乾いた音が炭坑に響き渡る。
「・・・自動発射装置か・・・。」
ロザリオはうなった。
暗い闇の中にはさっき投げられた石が粉々に砕け散っている。
「やっかいだろ?」
「確かに・・フィールド内の動くものはすべて自動的にねらい撃ちにするシステムなんて・・・聞いたことはあっても見るのは初めてだね。」
ロザリオは腕を組むと洞窟の壁に背を預けた。
「チャフがあれば万事解決だがな。」
ティオはシトの持つライトの明かりを手がかりに荷物をあさり始めた。
「チャフか・・・そういえば買ってなかったな・・・スタングレネードだったら2つほどあるんだけど。」
ちなみにチャフとは金属片をあたりに散布させることにより一時的に電子機器を狂わせるもの。監視カメラなどをごまかすのによく使われるものだ。
「こういう事態になることは予想できていたはずなのにな。うかつだった。」
ロザリオは自分のうかつさに頭を抱え込む思いだった。
「まあ、そういっててはじまらんだろう。だったらやることは一つだな。」
ティオはそういうと立ち上がった。どうやら先ほどトーチカから略奪してきた荷物の中にもそれらしきものは見あたらなかったらしい。
「どうするの?」
ロザリオは彼の言いそうなことを予想しながらもそう聞いた。
「装置が反応できないぐらいの早さで駆け抜けるのさ。単純だろう?」
ティオはいたずらっぽい笑みを二人に投げかけた。
「やれやれ・・・君らしいっていえば君らしいんだけど。」
シトは訳が分らない表情をしている。
「もったいないが・・・走るには邪魔なものは置いていこう。」
ティオはそういうと、今まで身体につり下げていた荷物を下ろし始めた。そのほとんどはトーチカから略奪してきたものばかりだ。
「もったいないけど・・まあ、仕方ないか。」
ロザリオはショルダーパックをおろすとスタングレネードを初め雑多なものを地面に置いた。
「帰るときにとっていけばいいもんね。」
ロザリオはそういうとそれらを一つのまとめ洞窟の隅に固めた。
「そういうこった。」
ティオはシトを見た。シトはようやく事態を把握できたようで少しおどおどした様子だった。
「・・・・どうした?」
「わたし・・・そんなにはやく、はしれない・・・。」
シトのいったことはティオも予想していた。
「分ってるよ・・だから・・・。ロザリオ、準備はいいか?」
「OKだよ。」
ロザリオはニッコリと笑うとシトの手をつかんで引き寄せた。
「・・・なにを・・・するの?」
ロザリオの手のぬくもりを感じながらシトは困惑した表情をティオに向けた。
「僕が君を抱いていけばいいんだよ。」
といいながらロザリオはシトを腕の中に抱きかかえた。
「お姫様だっこってやつだ。今はうらやましいと言っておいてやるぜ。」
ティオはそういうといつの間にか取り出していた自分の銃の弾倉を確認した。6発のチェンバー内にはしっかりと弾がつまっている。
「・・・行くぞ・・・。」
ロザリオとティオは呼吸を合わせるように頷き合うと正面、一様に広がる闇の中をにらみつけた。
シトにもその緊張が伝わる。張りつめた緊張の中次第に身体は冷たく冷えていく、しかしなぜか額からは汗がにじみ出てきていた。
「・・・・・。」
シトはロザリオの邪魔にならないようにその汗をぬぐう。
「しっかりと掴まっていないといけないよ。」
そんなシトに対するロザリオの言葉にはいつもの柔らかさがなかった。
「・・・・うん・・・。」
シトはロザリオの顔を見上げながら彼の背中に手を回し、自分の身体をしっかりと押し当てた。
シトの身体を通してロザリオの鼓動が聞こえてくる。
「・・・あたたかい・・・。」
その鼓動はとても緩やかだった。そして、そのぬくもりはやがてシトに安らぎと安心を与えてくれる。
「・・・・・!」
ティオは突如走り出した。ロザリオもそれを追うように駆け出す。
「・・・・!」
シトは一瞬何が起こったのか分らずただ目を閉じただけだった。
暗い闇の中、二人が目指すのはただ一点、僅かに漏れ出す光。その淡い光点のみだった。
再び乾いた音が闇の中に響いた。
ロザリオの背後で何かがはねる音がシトの耳を刺激する。
「・・・・・あとすこしだよ・・・。」
ロザリオの柔らかな声がかすかにシトの耳に届いた。
「・・・・?ロザリオ?」
シトは閉じていた目を僅かに開いて彼の表情を伺う。しかし、そこにあったのは目を閉じる前とおなじ顔だった。
空耳?とシトは一瞬思う、
「・・・もう少しの辛抱だから・・・。」
今度は空耳ではなかった。
「・・・・うん・・・。」
シトは腕に力を込めた。ロザリオの鼓動がさらにはっきりと聞こえてくる。
「・・・いきてる・・・わたし・・まだ・・いきてる・・・。」
「もうすぐ出口だ。二人とも付いてきてんな?」
ティオの声が二人の鼓膜を震わせる。
「大丈夫、ちゃんとついて行ってるよ。」
ロザリオはシトを抱え治すとさらに走る速度を上げた。
「よし。それならいい。何かあっても助けられんからな。悪いが。」
「いいよ。それはお互い様だから。」
いや、二人はお互いを信用しているからこそ、そういえるのだ。
ティオなら、ロザリオなら大丈夫。何かあっても自分の力で何とかできる。お互い固く信じているのだ。
「だけど、自動発射装置の感度がいまいちなのが助かったね。」
「まあな。何せ旧世代のもんだからな。放置されてかなりたってやがるから、相当ガタがきてんだろう?」
目をこらしてみてみると、自動発射装置は一つではない。しかし、その大半は地面に落ちているか行動を停止しているかのどちらかで実際に稼働しているのはその中の1,2機程度だ。
「全部動いている時のことを考えたくないね。」
ロザリオは岩がむき出しの大地を蹴りながら進む。
「蜂の巣にされちまわぁ。」
二人はまるで風のようだった。何者にも支配されない、自由の風。二人を形容するのならそんな言葉が一番似合っていた。
・・・私もそんな二人とこれからもずっと一緒にいられたら・・・。
シトは思った。そうであったらどんなにいいだろうと。
「・・・・・!!」
突然まぶたに差し込んできた強い光。焼かれるようなまばゆさにシトは目をしかめた。
「・・・な・・・に?」
闇に慣れた目には強すぎる光だった。これは何の光なのだろうか?
「ん・・・。」
シトはゆっくりとまぶたを持ち上げた。その瞳に映るのは・・・。
「・・・ロザリオ・・・。」
その瞳には夕日に染まるロザリオの顔だった。
「・・・ゆうひ・・?」
シトは吸い寄せられるように空を見上げた。
「・・・あ・・・。たいようが・・・でてる・・・。」
そこには真っ赤な太陽。そして、紅に輝く薄い雲だった。
そして、シトは気が付いた。自分はまだロザリオに抱きかかえられたままだったということを。
「あの・・・ロザリオ・・・。」
「うん?何?」
ロザリオは今度はしっかりとシトの顔を見た。
「・・・おろして・・ほしいの・・・。」
シトは少し恥ずかしそうにいうとロザリオの顔から目を離した。
「ぁ・・・ごめん。」
ロザリオはあわててシトを地面におろした。
「ううん。・・・その・・・ありがとう・・・。」
「いや、礼を言われても・・困っちゃうな・・・。」
「おいおい、照れ屋大会でもしてるのか?」
ティオはそんな二人をみて苦笑気味だった。
「何だよ?照れ屋大会ってのは。」
ロザリオはそんなティオをにらみつけるが、ティオは肩をすくめ、
「いや、今思いついた。」
と実に軽い口調で答えた。
「まったく。時々君のことが分らなくなるよ。・・・それより・・。」
ロザリオは軽くため息をつき、そして一面に広がる大地に目を向けた。
「これは・・・・まるで・・・。」
夕日の照らされ、赤茶けに広がる大地。
「ああ・・・これは・・。」
そして、その大地に立てられた数え切れないほどの十字架。
その光景は正に・・・。
「・・・|赤銅の墓標《brownish grave》・・・だな。」
ティオのつぶやきは一陣の風に舞い上がった砂埃の中に消えていった。




