(10)
「・・・う・・・ん?」
シトは目覚めた。
気がつくと自分はベッドに寝かされている。
「あ。おきた?」
そばに座っているのはロザリオだった。すでに日も落ちてしまったのか、部屋には夜のとばりが覆い尽くしていた。
「えっと?わたし・・・?」
起きあがろうとするシトを制してロザリオはニッコリと笑うと。
「大変だったね。シャワールームで倒れたんだよ。それからずっと眠り続けていてさ。」
「わたし・・・あれからずっと?」
「うん。だけどもう大丈夫だよ。」
シトは何か違和感を感じた。しかし、それが形になることはなくただ、もやもやとしたものが心に残るだけだった。
「・・・?ロザリオ?」
シトはロザリオを呼んだ。なぜか彼が違う世界の住民に思える。
「ん?なに?」
しかし、彼が浮かべるのはいつもの柔和な笑みだけだった。
「・・・なんでも・・・ない・・・。」
「そう?まあ、もう寝なよ。明日は山登りだし。体力つけなくちゃ。辛いよ?」
易しい声はシトに安心を運んでくる。
「うん・・・・おや・・すみ・・な・・さい・・・。」
シトは次第に微睡みの世界へと落ち込んでいった。
「お休み・・・シト。僕の大切なお姫様・・・。」
ロザリオはそう言い残すと静かに部屋から出て行った。
「眠ったか?」
ドアのそばに寄りかかっていたティオは相変わらずの仏頂面を浮かべていた。
「うん。いま寝たところだよ。」
「そうか。」
「ねえ?」
「なんだ?」
「これでよかったの?」
ロザリオはあえてシトに嘘をついた。それは、ティオに言われたことでもあったからだ。
「いいさ。これで。知らないってことは幸せでもあるんだ。」
「相変わらず・・・君には似合わない言葉だね。」
「どちらにせよ。柵を背負うのは俺たちだけで十分。あいつはきれいなままでいるのが一番だってことだ。」
「そうだね。何しろ・・・僕らのお姫様だもんね。」
「そういうこと・・・。だけど、お前にとっては俺らのじゃなくて、お前のっていいたいんだろうけどな。」
ロザリオはにこっと笑った。
「大丈夫だよ。シトは僕らのお姫様だよ。だから、守っていければいいね。ううん。守っていきたいよね。」
「・・・・・。どうだかな・・・・。もう寝るぜ。それともどこか飲みに行くか?」
「いいや、やめとく。朝が辛くなるからね。」
ロザリオは首を振った。それ以上に今、シトを一人にしておきたくはない。
「ま、そうだな。俺は少し夜風にでも当たってくらあ。」
あくび混じりに煙草を取り出すとティオは夜の廊下を歩いていった。
「うん。お休み・・ティオ。」
※
「皆殺しですかい・・・。」
マスターは余った酒を混ぜ合わせ、即席のカクテルを作っていた。
「まあな。今になっちゃあ、さすがにやり過ぎだったとは思うがな。」
「赤茶けの大地をさらに深紅に染め上げたって訳ですかい?」
「あれは、深紅と言うよりは赤銅色といった方が適切だったかもしれないな。」
そのカクテルを不味そうに口に含みながら、まるで遠くを見つめるように彼はのどを鳴らした。
「はあ・・・なんだか想像しちまったら胸焼けがしそうですぜ。」
「想像しないことだな。」
「あいにくと想像力が豊かなんでね。」
「だったらもうやめようか?」
しかし、マスターは首を振る。
「いえいえ、ここまで聞いてしまっては引き下がることはできませんぜ。まだ夜は始まったばかりだってんですから。」
「物好きもいいところだな。・・・もう少しうまいカクテルはねえのか?」
空になったグラスをカウンターの木板に置きながら男はまた煙草を取り出した。
「うちはカクテル専門じゃねえんで。倉の方にまだシュワルツの19があったきがしましたが・・・。」
「それにしてくれ。」
「ガッテンです。今夜は付けになりそうでやすな?」
「少しはまけやがれ。」
「それは無理な注文でやす。」
そう言い残すとマスターは店の奥に引っ込んでいった。
「やれやれ・・・だけど・・・辛いのはそれからだったな。まったく。なんであんなことになっちまったんだ?」
はき出された煙が再び過去を呼び覚ます。第二部の始まりであった




