気付いた時には出番は終わっていたようです
初投稿です
「詩織ちゃん、そんなのっておかしいよ」
ピンクの髪のクラスメイトが、可愛らしい唇を不満げに尖らせる。
私は困ったように微笑んだ。
「そうかな?別に私だけって訳じゃないし」
「それがおかしいんだよ!1人だけに絞るべきでしょ?そういうことはっっ!私言ってくるっ」
そう言うと、彼女は同じクラスメイトで私の幼馴染みの彰に猛然と突進していった。
彼女が彰に何やら文句を言い、それを彼がにやけた薄ら笑いでいなしている様子を見て、記憶の奥が刺激されるのを感じた。
はて、この光景何処かで見たような?
私は首をかしげた。
桃花はますますヒートアップしてきたようで、もともとほんのりと赤いほっぺが、かなり赤くなってきている。
ん?桃花?その名前に引っ掛かるものを感じた。
そう。ピンクの髪のクラスメイトの名前は桃花である。
ん?日本人なのにピンクの髪?
ん、ん?桃花?
あーっ!
それは、それは、ヒロインの名前じゃない?
私は唐突に思い出した。前世の記憶と共に、今この瞬間に酷似したシーンのある乙女ゲームのことを。
いや、このシーンだけじゃない。まるでゲームの中に入ってしまったかのように、ここはゲームそのままだ。
そのゲームは、なんの捻りもない乙女ゲームで、ヒロインの桃花が高校で繰り広げる甘酸っぱい恋愛物だ。
目の前で文句を言われている彰は、チャラ男キャラの攻略対象者である。
これはゲームのイベントで間違いない。このことが切っ掛けで、彼は桃花に興味を持ちちょっかいをかけるようになるのだ。
それはいい。それはいいとして、私は頭を抱えたくなった。
ああ、ああ、何で、何で、何で私はあんな男が好きだったのだろう?
さっきまでの自分を問い質したくなる。
彰と私の付き合いは長い。お互いに3歳の時、お隣に彰一家が引っ越してきてからずっとだ。
付き合いといっても勿論恋人などではなく、友人である。
私としては、初恋も彰だし恋人志望だったのだが、ずっと友達である。
昔から、とにかく彰はモテる。
モテて、モテて、モテまくっていた。
逆ハーヒロインかよって突っ込みたくなるほどである。
幼稚園では、おままごとで誰が彰と夫婦役をするかで壮絶な戦いがあったし、小学校では彰が将棋クラブに入ると、そのクラブは女子で溢れたし、彰のクラスには用も無いのに他クラスの女子が入り浸っていた。
勿論中学になってもそれは変わらず、高校生の今も彰は女子に取り巻かれている。
その取り巻きのひとりが私である。
いや、ただの取り巻きその1よりはやや格は上かもしれない。幼馴染みという距離のおかげか誰よりも取り巻き歴は長い。
取り巻き歴ってなんやねん。もう。自分で言ってて悲しくなってきた。
それに、私と彰の母親が仲良しのため、昔からクリスマス、誕生日などは両家族で過ごしている。
だから、だから、私は誤解していた。
私は彰の特別なんだって。
彰とは結構一緒に過ごしている。
遊びのお誘いはこんな感じ。
「今日、予定空いちゃったんだ。遊びに行こ?」
「今から家行ってもいいかな?」
そして、同じ位多いのが
「ごめーん。明日の約束変更でも大丈夫?」
「今日さ、行けなくなっちゃった」
お断りの連絡である。
他の取り巻きの女の子との約束は変更することは無いのに、私だけ急に誘われるし、断られる。
脳内お花畑の私はこれを、気安い仲だから誘いやすいし、断り易いのねーとかポジティブに捉えていた。
馬鹿じゃないの?私。
因みに私から彰との予定を断ったことなんて無いし、約束してない時だっていつ彰からの連絡が来ても大丈夫なようにスタンバっていた。
完全に都合のいい女である。ありがとうございます。
私はため息をついて、桃花と彰のやり取りを眺めた。
桃花は、特定の相手を定めずに女の子を侍らす彰に苦言を呈している。
そんな桃花の相手を彰は面白そうにしている。
これがゲームでヒロインと彰とのなれそめイベントである。
因みにこれ以降に私の出番は無い。
私は妨害キャラでも何でもなく、かろうじで名前がついているだけの端役である。
次に出てくるのは、セリフの中で名前のみの登場だ。
「桃花を独占したいから、他の子はみんな断ったんだよ?ここまでさせた責任とってね?」
乙女の夢、壁ドンで彰は桃花に甘く囁く。
「しっ詩織ちゃんと一緒に居るとこ見たよ!そう言ってだっ騙そうとしているんでしょ?」
至近距離の彰に心中のドキマギが全く隠せてない、真っ赤な顔でかみまくりながら言う桃花。
「詩織はお隣の幼馴染み。家族みたいなものだよ。嫉妬?ふふふ。可愛いなぁ」
「ちがっ!」
そして、これ以降セリフの中でさえ登場しなくなる。
画面越しでないイベントをぼんやりと眺めながら、私は気がついた。
今この瞬間に記憶が戻ったってことは、これからは好きに生きていいってことじゃない?
いやっふぅ!それって最高かも。
私は甘酸っぱい青春劇場から視線を外し、ウキウキしてトイレへと向かった。もちろん、用を足すためではない。
鏡を見るためである!
トイレの鏡は、普通の高校生の女の子を写していた。
めっちゃ可愛くもないが、不細工でもないごく普通の女子。
でもその姿を見る私は頬がゆるゆるである。ここが学校でなければ喜びのあまり転げ回って大笑いする所である。
若い。若い。若いって最高ー!
このピチピチの肌。ニキビはご愛嬌って所よね。
髪だって、天使のワッカがあるじゃない!
今、何歳だこのババアって思った人いるでしょ?乙女に年齢を聞くのはタブーだから、私の言動で察してね。
とにかく、とにかく、これで私は勝ち組ー!
えっ?中身がオバサンで外見高校生のどこが勝ち組かですって?
何か取り柄とかあるとか、勉強が凄く出来るとか、そんなことじゃないのよ。むしろ勉強出来ない方だし。
それは私の好みの問題。
正確には男性の好みよ。
そう、私のドストライクは今や仕事盛りの30代!
高校生なんて、子供にしか見えない。
やっぱり男は包容力と財力よねー。
そう。財力ここ重要ね。テストに出るよー。
女を養う財力。
豊富なら豊富な方がいいでしょ?
目指せ!若奥様の優雅な生活。
その夢が今や手に届く所にあるっ!
ふふふ。30代男性にとって女子高生という強力なブランドを持つ私は魅力的なはず。
例え料理が下手くそでも女子高生なら、テヘペロで誤魔化すことも出来る!
ぐふふ。私は薔薇色のお嫁さんライフに思いを馳せて、不気味な笑いを漏らした。
そうして私は夢のお嫁さんライフに向けて自分を磨きつつ、高校生のピチピチの若さを満喫する楽しい日々を送っていた。
もうすっかり彰のことなど頭から抜け落ちていた。
と、いうか彰のことなど既にどうでも良かった。
そんな私のことを彰がいつになく真剣な眼差しで見ていることなど私は全く気がつかなかったののである……
駄文をお読みくださりありがとうございました(*´ω`*)