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ある初夏に、ふたりの部屋で。  作者: 遠藤 良一郎
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兄の決心

「僕はさみしい。」

「……どうした急に?」


 意味のある言葉を口から洩らせばいつも、反応が返ってくる。

 隣か、あるいは極近距離――視界に入る距離には大抵居て、僕に意識を向けてくれる存在が、今もそこにいる。


「これからのことを思うと、寂しいのです。」


 ベッドに伏せて枕に顔を埋めて、聞こえなくてもいいやと思いながら呟いても、ちゃんと聞き取られる。


「なにか起こるのか?」


 顔はテーブルの上のノートに向っているけれど、耳はこちらに集中している。それが、これまで長くない人生のほとんどを共に過ごした相手だから、解る。


「決めたの。」


 先に続く言葉を、何も言わずに待っている。それが、背中越しに伝わる。でもその先は、まだ言うつもりはない。

 僕が何も言わないでいると、ノートの上を走っていたシャーペンの音が止まった。

 夏の室内、窓が開け放たれているから風はよく通るとはいえ室温も湿度もそれなりにある。蒸れた枕から顔を上げると、(コウ)が体をこちらに向けて、座り直していた。


「なにを決めたんだ?」


 開いたままだったノートが、風で閉じる。

 カーテンが舞い、好の髪も揺れる。

 僕とは似ない柔らかな髪は本人にとって悩みの種らしいけれど、ある程度は伸びてもくるくると自然に巻くから切らなくても問題なくて、正直羨ましい。双子でも、取り違えられたんじゃないかと疑うくらいに、そこは全く似ていない。

 ふと横に流してある前髪に手をのばして触れても、何も抵抗されない。くるくるといじっても、引っ掛からない限りは無抵抗なことが多い。


「……なーいしょ(内緒)


 物心ついたときには目の前にいて、生まれた時から同じ時間を過ごしてきた、双子の弟、好一朗(こういちろう)

 どこへ行くにも何をするにも僕が後をつけていたから、幼稚園に通っていたころなんかは、僕が弟だと思われることも多かったらしい。

 この先もずっと一緒だと無条件に信じていたけれど、それは間違いだと気付いた。

 隣に並びたくても並べないこともあるし、一緒に居たいと僕が思っても好がどう思うかはわからないのだ。

 いつかは必ず、共に歩めないときがやってくる。それならばいっそ、自分から距離を置くのだって間違ってはいないはずだ。


「暑くないのか?」


 好が手をのばして、僕の頬に汗で張り付いていた髪をつまみ上げる。


「暑くて死にそう……」


 うがー、と無意味に吠えて仰向けになると、汗を吸ったシャツが体に張り付いてとても不快だ。


「なにか冷たいものとか持ってくるよ」


 風通しを良くするために開け放たれているドアの向こうに、幼い時からずっと見てきた背中が消える。

 手をのばしても、何に届くはずもないのだけれど。行き場を無くしかけた手をそのままで、ベッドから半分体を乗り出し、テーブルの上のノートをつかむ。

 開けばそこには几帳面な文字やフリーハンドの図が並んでいる。

 数学だ。見なければよかった。

 閉じて元の場所に戻す。


 運動が好きなうえに自主的な勉強も欠かさないという文武両道(?)な双子の弟は、運動も勉学も好きではない僕には理解し難いけれど、努力している姿は好感が持てる。

 すぐ下の弟の梗一郎(きょういちろう)は天才肌で、僕同様に運動も勉学も好きではないのにほぼ何でも(こな)してしまうからこにくたらしい。躓くこともなくはないけれど、解決に至るのは早い。そのくせよくわからないことを悩み通すし、理解できない。本人に非はないが歳が近くて容姿も似通っているから並んでいると双子だと思われたり比較されるのも不快。嫌っているわけではないけれど、苦手だ。


 体勢を変えてうつ伏せになると、長い前髪が首に張り付く。

 自分の汗で湿った布団ほど不快なものはないと思うけれど、なぜか安心できるのは、ここが好のベッドのせいだろうか。



 これは、僕と好が中学3年生だった、受験生の初夏の話。

 それまで好の真似ばかりしていた僕が、弟離れをしようとした話。


 でもそれが思惑通りにいかなかったのは、大学を出た今でも同居していることから明らかだ。

同じ高校は目指さないから。という決心でした。(でした。)

このあといろいろあって梗一郎への嫉妬は変わりませんがこにくたらしさは減少します。

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