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第72話:先生の母親


 シスター(・・・・)・マーサなのだから、教会関係者が知らせに来るのが一般的かと思った。

 けど随伴してきたのは、王立魔術学院の事務員だ。


 それに、このタイミングで母さんのほうから会いたいと言ってきたのは、どういう事なんだろう?

 偶然にしては、あまりにも出来すぎたタイミングだった。


「先生、さっきよりもひどい顔色してますよ……少し休んで、一旦休むのはどうでしょう?」


 アレットの案は、現状維持。


「無理して会わなくとも良かろうよ」


 ウスティナの案は、アプローチを拒否する事。


「それがしとしては、少々の顔合わせだけでもと思いますぞ」


 ピーチプレート卿の案は、親と生き別れた彼らしいものだ。


「うーん……」


 もし行ったとして、何を話せばいいんだろう?

 話がおかしな方向に行き始めたら、早々に帰ればいいとしても。


 母さんの話はきっと長い。

 切り時が難しいから、下手を打てば不自然なタイミングで切ってしまう。


「そうだ、貴公。途中で私が連れ出すのは如何かな」


「全員一緒に会いに行くのではなく、ですか?」


「貴公が私達を従属させている、などと邪推されても困るだろう」


「いや、でも……そこまで負担させてしまうのは流石に」


「遠慮は要らんさ。それぞれを折衷した案だとでも思ってくれればいい。引きずり出すのは得意だ」


「それじゃあ、いっちょわたし達全員で何とかしますかっ」


「貴公も引きずり出すのか」


「話がまとまらなくなったら合図してもらって、わたし達が乱入します」


「名案ですなッッッ!!!」


「とにかく話をしてみないと、どんな人物像かはわかりませんし」


「心得たよ。何かあれば私が貴公らを運んで行くとしようじゃないか」


「決まりですね! 名付けて“先生を支え隊”!」


 アレットまで、そんな鼻息をフスーッとされても。

 そのようなアレは、その、困る……。


 でもいつまでもウジウジしていられないから、丁度いい発破になったかもしれない。

 ありがとう。


「……すみません、皆さん。よろしくおねがいします」


 行くだけ行ってみよう。



 その道中。

 俺の胸中で、思い出ともトラウマともつかない記憶が幾つも現れては消えた。

 母さんが病んできた頃の話だ。


 男の子と遊びに行けば、野蛮だとか乱暴だと咎められた。

 女の子と遊びに行けば、その歳で色恋沙汰かと揶揄された。

 俺自身の手で、家の前に遊具を作ったり、木彫人形を作ったりして、自分だけで遊ぶ手段を講じるしかなかった。


 母さんは家事の傍ら、親父に内緒で内職をしていた。

 親父は稼ぎの殆どを交友で使い果たしてしまうから、家庭菜園だけじゃとても賄いきれない。


 俺は一人息子だから、あまり稼がせてはもらえなかったし。


 母さんは常に“正しい答え”を俺に求めた。

 それ以外の答えを口にすれば、何度も頬を打たれた。


 もちろん言葉遣いだって、俺は丁寧な言葉を自分で心掛けてはいたけれど、それでもうっかりという事はある。

(そして俺自身、そのうっかりに対して、あの親父との繋がりを感じて憂鬱になるのだ)



 パーティのみんなは、俺を気遣ってくれたのか、無理に話しかけないでくれていた。

 横で聞いている限りでは、部屋の前で待機してくれるという段取りらしかった。




 * * *




 白い日差しの差し込む、静謐な応接室だ。

 王都の清貧宿に、こんな所があったなんて。


 古く黒ずんだ木の壁が、どうやら歴史ある建物らしい事を教えてくれる。

 焼けずに残っているというのは貴重だ。

 遠くに見える石造りの建物が厨房だろうか?


「お久しぶりです。母上」


 母さんは、傷痕の残る喉を僅かに指で擦った。

 その傷痕は、かつて俺が付けてしまったものだ。


ルカ(・・)。元気そうで何よりです』


 俺を呼ぶ声。でも口は動いていない。

 念話というやつだ。


 ……結局、喉は治らなかったのだろう。

 発声という手段が無いなら、そこに頼るしか無い。


 そして俺は敢えて、それには触れないようにした。

 過去の事で謝罪すると、母さんはその時の事を思い出して激昂する癖があったから。

 ……親父の悪癖が伝染うつったんだ、きっと。


「母上も、お元気そうですね」


『……ええ』


「……」


『……』


 もっとだ、もっと当たり障りのない“正解”を……“正答”を捻り出せ……。


 母さんが恐れていたのは――。

 唯一の味方だと思っていた自分の子供が、最大の敵である自分の夫のように変わってしまうのではないかという事だった。

 だから必死になって、怒りを露わにして、俺を制御したがる。


 どれだけ恐れていたのかを知っているから、俺はそれに応えたい。

 応えなくちゃいけないんだ。


 長いブランクで、傾向を掴みそこねてはいけない。

 必死に考えろ。

 両目を見据えて、細かい所作から目を離すな。


 場合によっては、精神作用系の付与術エンチャントを――

 ――いや、待った。


 それこそ、母さんを俺に引き合わせた連中……王立魔術学院の思う壺なのでは?

 俺が危険なはぐれ魔術師であると喧伝することを狙っているのだとしたら……?

 よし、やめとこう。


「……」


『……』


 もとをただせば俺は、無力な落伍者だ。

 実態から乖離したデマを流されるのは本意じゃない。

 では、どうすればいい?


「……」


『……』




 正直この戦い(・・)は、想定外だ。

 どうやればいいのかも、皆目見当つかない。




「……」


『……』


 ……駄目だ、沈黙が耳に痛い。


「ごめんなさい、母上。あまりにも久しぶりなもので、何から話せば良いのか……」


 相手に喋らせてみるか。


『私もよ。でも、本当に、元気そうで良かった』


「ここの教会は、よくできていますね。王都は殆どが喧騒に包まれているのに、ここは上手く遮断しているように思えます」


『そうでしょう? 教区替え――つまり異動の事なのだけど、この教会の配属が決定されたとき、私も最初は心配だった。大丈夫なのかな、やっていけるのかなって』


「心痛、お察しします」


『でもね、買い出しは他の子がやってくれるから、私は教会の中から出てこなくていいの。その条件を聞いたとき、胸をなでおろしたものだわ』


「今も、お花の世話を?」


『そうよ。ヨダカソウ、センジュカズラ、ハクガンソウ、リュウセイイバラ……どれも大きく育って、教会の近くにある花屋にも出荷しているのよ』


「お好きですもんね、お花」


『ええ。手間さえ掛ければしっかり応えてくれるもの』


 良かった、笑顔だ。

 このままいい雰囲気で通していこう。


『……ところで』


「はい」


 無表情で、口元が痙攣している……そろそろ来るかな。


『冒険者という野蛮な職業に就いていると聞きます。それに、無軌道な暴動を起こしてきたとも』



 暴動、ね。

 やっぱり、その話が来るとは思っていた。

 ありのままに伝えよう。


「各地で、虐げられている人達を助けてきました。順を追って説明します」


 これまでの旅路を全て伝えた。

 恣意的な伝え方をされていたようだから(またしてもね)、それを一つずつ丁寧に訂正した。



「――と、いう事なんです」


『信憑性に欠けるわ。お父さんも外面だけは良かった。あなただってどうせ、身内になった途端に乱暴をするのよ』


「誓ってそのような事はしません」


『嘘をつく悪人に育てたつもりはありません。今すぐ罪を認め、悔い改めると誓いなさい。私は、そのために会いに来たのです』


 そうなるよね……。

 ちなみに“通知アラーム付与エンチャント”は自傷行為でも発動できる。


 対象を決定……――

 魔力量調節……――

 痛覚神経系への危害対象範囲設定……――


 ……“痛倍エクストラペイン付与エンチャント



 痛覚を強化した自分の太ももを、親指で強く突く。


 ――ズヌンッ


 これが合図だ。


「お邪魔します」

「来たぞ」「失礼つかまつるッッッ!!!」


 ぞろぞろと集まってくる仲間たちに母さんは最初こそ気圧されていたけど、すぐに持ち直したようだった。


「皆さん、ありがとうございます……母上、紹介します。僕のパーティメンバーです」


『……知ってるわ』


「僕は少し席を外します。僕がいると話しづらい事もあるでしょうから」


『待ちなさい!』


 嘘つき本人からよりも、周りの人から聞いたほうがいい場合もあるだろう。


「すぐ戻ります。それじゃあ、またあとで」


 外の空気を吸ってこよう。

 ドアを閉じて、心臓に手を当てる。


「……ふう」


 鼓動は、驚くほどに速い。

 俺は、自分で思っていた以上に緊張していたらしい。



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