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第71話:先生、小休止しませんか?


 ウスティナとピーチプレート卿は、ファン達の対応で忙しそうだ。

 俺は、またアレットとふたりになった。


 王立魔術学院に近づいていくにつれ、何やら胃の奥底からヒクヒクとした妙な感覚が押し寄せてきた。

 なんだろう、この感覚。小腹でも空いたのかな。


「少し早いですが、食事にしましょうか」


「賛成ですっ!」




 そんな流れで、冒険者ギルドの食堂で軽食を注文する。

 流石に王都というだけあって建物自体からして大きいし、比例するかのように食事のメニューも充実していた。

 とはいえ、当たり障りのないものばかりで、特に目新しさは感じられない……なぜなのか!!


(こう、さぁ……俺も店の方針には“よほどのこと”が無い限り文句言わないけどさ……違うんだよ……現地の特産品を使った、そこでしか食べられないものとか、そういうのが、さぁ……いや、採算性や、口うるさい人達の相手をするにあたってメニューのシェイプアップとか考えると仕方ないとは思うけど! ああ……今までは“現地メニュー”に恵まれてきたから、初めてわかる、無味乾燥無難メニューの、この、しんどさよ……あのねぇ、食えりゃいいっていう人も中にはいるけど、依頼の前にちょっとつまもう、っていう内容次第じゃモチベーションに大きく関わってきて――)


「――先生?」


「えっ、あっ、すみません。アレットさんはもうお決まりですか?」


「はい。いや、先生がなんだかすごく渋い顔をしていらっしゃったので、何事かと思いまして」


 マジか。

 顔に出るくらい、俺は現地メニューを渇望していたのか……!

 正直に打ち明けよう。


「王都を象徴するようなメニューだなと思いまして」


「あー……種類は多いけど無難なものばかりって事ですか? 確かに安定感はありますけど、こう……ひと押しが足りない感はありますよね、実際」


「そうなんですよ……どれを頼んだものか」


「この、畑野菜と鶏肉の炒めものなんてどうですか?」


「価格に対して量もありますし、丁度いいかもしれませんね」


 じゃ、これに決定。


「すみません、注文をお願いします」


「はいー今お伺いしまッス~」


 む。この特徴的な喋り方は。


「リサさん、こんにちは。副業ですか?」


「どもども。ま、そんなところッスね。事務所の活動資金を集めなきゃなんで」


「大変ですね……よかったら、少量ですが、活動資金に充てて下さい」


 金貨を3枚、差し出す。

 いつも世話になっているけど、あちらも必要以上には受け取ってくれなかった。

 まぁ、理由は聞いたし、わからなくもないが……それでも釈然としない。


「や、姐御に怒られちまいますよ」


「皆様がお金目当てに動いているという悪評と、僕が世間の評価をカネで買ったという悪評、でしたっけ」


「そッス」


 アレットが腕を組み、渋い顔をする。


「うーん……お金を求めない、すなわちクリーンって感覚……わたしも正直、輪星教に身を置いていてなお納得しかねてるんですよ」


「と言いますと」


「下っ端にはいつまでも貧しい暮らしをさせておくことで、上に立つ人達は節約(・・)できるわけじゃないですか。そういう道徳規範を広めておけば」


「あー。なるほどッスね?」


 だろうね……実際、俺も以前は報酬を積極的に求めない考え方だった。

(今も、かな?)

 周りを見ても、やっぱり“金銭を要求するのは卑しい行為”という価値観は相変わらず根深いような気がする。

 ……ここでひとつ閃いた。


「今すぐ世間のそういった価値観を変えていくのは難しいと思うので……今度、実用品をプレゼントという形でどうでしょうか?」


「いいッスね。それならたぶん怒られないッス」


 と、ここで厨房から顔を覗かせたシェフさんがこっちを見ながら咳払いをしているのが見えた。

 長話しすぎたかな……。


「失礼しました。えっと、畑野菜と鶏肉の炒めものをお願いします。あとはこれと、これと、これも」


「そんなにッスか!?」


「後からウスティナさんも来ますからね」


 それに冒険者の店の食堂では、ほとんどは弁当として持ち帰りが可能だ。

 依頼を受けている間に状況が変わってすぐに動かなくちゃいけない時なんかにも、これで対応できる。


 ので、それを使ってピーチプレート卿の分を取り分けて、あとで兜を外してゆったり食べてもらおう。

(人前では兜を脱ぎたくないだろうからね……)


「以上でお願いします」


「はい、ご注文を確認します――」



 ……それで、出てきた料理に口を付けようと思ったけれど。

 おかしいな……食欲が無い。


「先生、お体の調子があまり良くないのですか?」


「そんな筈は無いと思いたいのですが」


「今の今まで殆ど休みなく働き詰めでしたもん。それに……近いじゃないですか? 先生の職場」


「えっと、まぁ、そうですね……」


 意識していなかったといえば嘘になる。

 情けないな……みんなのおかげでここまで来る事ができたのに。


「さ、食べましょう、アレットさん! 見て下さい、このソース漬けのナッツ! きれいな飴色ですよ」


 ――もぐもぐ。ぼりぼり。


「うん、うまい……食えるぞ……よし……」


 ここでビビって足を止めてどうする。

 かつての生徒の殆どが俺を待っていないとしても、俺は先へ進みたい。

 エゴかもしれないけど……


 ――『俺はリアリストだからな! 切り捨てるべき対象にまで思いを馳せる馬鹿なことはしねぇよ。現実は理不尽だって割り切ってる! 折り合い付けてんだよ俺はよォ!』


 ミゼール・ギャベラー。

 あんな奴を野放しにしているなら、放ってはおけない。


「すまないな、遅くなった」「面目ないッッッ!!! それがしも遅くなり申した!」


 お。ウスティナとピーチプレート卿だ。


「大丈夫ですよ。ついさっき来たばかりです」


 ふたりとも、抱えきれないほどの荷物を持っているな……。

 先に部屋を取るか。


「宿の部屋を取ってきます。ふたりとも、どうぞお掛けになってお待ち下さい」


「ありがとう」「かたじけない!」


 ふたりにも世話になりっぱなしだ。

 なにか、日頃の感謝を伝えたいな。



 なんて感慨に浸ろうとしたところに――


「――ルクレシウス・バロウズさんですね」


 俺の前に現れた男性は、学院の事務員の制服を着ていた。

 一体、何が?


「はい、確かに僕ですが、どうかしましたか?」


「依頼人が、あなたをお探しです」


 思わず、身構えた。

 振り返れば、アレットとウスティナ、ピーチプレート卿も警戒を露わにしている。


「……依頼人とは、どなたでしょうか?」


「シスター・マーサ。あなたの大切な人です」




「……――マーサという名前は他にもいる筈です」


「姓を預ける前は、マーサ・キプタと言います」




 ……マーサ・キプタ。

 間違いなく、俺の母親の名前だ。


 無事であってほしいとは心の何処かで思ってはいたけれど。

 悲しいかな、胸騒ぎが止まらない。


 どうして、このタイミング?

 何か、作為を感じてしまう。

 気のせいなら、それに越したことはないのだけど。



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