第70話:先生と王都
今回より第5章が始まります。
よろしくお願い申し上げます。
王立魔術学院の生徒達を追うような形で、王都を歩く。
厳密には一緒に行動しているわけではないから、こっちは多少の自由がある。
つまり、ゆっくり動けるって事だ。
アレットは生理が来ているから、急がなくて済むのはありがたい。
「わぁ……! 先生、実はわたし、王都に来るのは初めてなんですよ!」
彼女は未だに負い目を感じているのか、努めて快活に振る舞おうとしている。
時折その足取りがふらつきを見せるたび、俺はアレットの肩を支えた。
幸い、天候は晴れ。
風も程よくカラッとしていて、気持ちがいい。
「物に溢れているでしょう?」
「確かに、いっぱいですね~」
レンガ造りの、背の高い建物が所狭しと立ち並ぶ光景。
幾つかの建物は、間に高架が掛けられていたりもする。
区画の整理された街並みには、ついこの前まで滞在していたセルシディアとは違って、ゴミが散らばっている。
(とはいえセルシディアでも、ちょっと前までは大勢の人が“投げ入れ坂”にゴミを捨てていたから、あの綺麗さも手放しでは称賛できないけれど)
この王都では、あまり良い思い出が無い。
物は溢れている。うんざりするくらい。
……だけど。
「でも、僕の大切な物は何ひとつ手に入れられませんでした。手を伸ばせば届きそうではあるのですが、悲しいかな……手を伸ばす方向が違うのか、伸ばし方が足りなかったせいなのか」
「……」
――ぎゅっ
手を、強く握られる。
柔らかくて温かい感触に包まれて、暗い気持ちが少しだけ和らいだ。
「足りない分は、わたしが力になります」
「貴公らには私も付いているぞ」
「それがしもッッッ!!!」
よしてくれよ……泣けてくる。
でも。
「……ありがとうございます」
魔術学院からそう遠くないロビンズヤードへと繋がる街道で、アレットと出会った。
ロビンズヤードの冒険者ギルドで、アレットが声をかけたことでウスティナが興味を持ってくれた。
ナジャーダの近くで、ピーチプレート卿に助けてもらって、その後、逆にピーチプレート卿を助けもした。
たくさんの支え合いが繋がっていって、今日という日に辿り着けた。
俺だけじゃなく、ここにいる3人だけでもなくて――
――『どうしてもカネが惜しくないなら、アタシの宿屋で泊まってお行きよ。今渡す分を、そこで使ってくれたらいい。どのみち、その子も休ませなきゃだろう?』
――『この二つは動かぬ証拠を押さえてますよ……100%混じりっけ無しの真っ黒です。目撃者だっていっぱいいますし、指紋のベッタリ付いた命令書だって』
――『ザナット・ブランキーの名に於いて、これより尋問を行います』
――『私に退魔のスキルが無い事を証明した今こそ、包み隠さずお伝えせねばなりません』
もっとたくさん。
――『“やっと仕事がしやすくなった”と。ほら、ここの小窓から覗いてみて下さい』
――『姉から弟に召喚獣を介して手紙を届ける事については、学院も関知しません。そこにもう一通、バロウズ先生のお手紙を添えるだけ……如何です?』
――『俺がひどい目に遭った時、先生が俺に、こうしてくれたの、覚えてますよ』
もっと。
――『あ~! わ~!? こ、殺さないで!? アタシゃ怪しいもんじゃねぇッス! 単なる、シャノン・フランジェリクの姐御の恋人ってだけで! あれ!? 女の子同士ってやっぱり駄目!?』
――『いいか、ルクレシウス……人が、たったひとり手を差し伸べられる範囲なんて、たかが知れているんだ。だから背負い込みすぎるな。オレは、オレのできることをやる。オレの背負える分はオレが背負う』
――『おにーさんは……きっと、だいじょうぶだね! ともだちがいるもん!』
――『あ、あぁ、ありがとうございました! あの、あのっ、レポート本にあなたのこと書いてもいいですか!?』
――『実母である私からも、お願いするわ。その間の生活費は、こっちで負担するから』
――『ああ、では皆さまがバロウズ御一行様でしたか! 皆さまのご活躍ぶりは私どもの耳にも届いておりますよ。これは私も気合を入れてご案内せねばなりませんね』
――『相変わらずお優しい人だぁね。生徒に敬語使うのも。もう私達、付与術学科ですらなくなっちゃったのに』
――『そ、その……スラムの偵察には、リーガン……お、俺の、妖精に任せて』
――『ついにお師匠様と!? 夢にまで見た瞬間ッ……束の間でも構わない! ボクは確かに、あなたの旅路に肩を並べる許しを得られたッ!! こんなに輝かしい瞬間をボクは今まで知らなかった……!!』
――『あのルクレシウス!? 道理でアナタからはジャスティスを感じる訳だわ!!』
――『この前は、ご迷惑をお掛けしましたわね……これで少しは償えまして?』
……たくさんの縁に支えられて、今の俺がいる。
降誕祭を見に行ったあとは、また教師に戻るにはどうしたらいいのかを、もっと具体的に考えよう。
とにかく、学院での状況を確認したい。
シャノン・フランジェリク越しに、その弟であるエミールから送られてくる手紙で多少は知ることができるけど……この目でも、直接確かめないと。
通行中の黒騎士達がウスティナを見るや、兜やフードを取って、彼女のもとへと群がる。
彼らの中には、慌てて屋台で串焼きなどを買ってくる者もいた。
ウスティナのファンだろう。彼らからは敵意が感じられない。
当のウスティナは不服そうに口元を真一文字に結んでいるが。
「むう、移動中なのだが」
「大丈夫、待ちますよ」
「すまない。では、先に行っていてくれ」
「わかりました。冒険者ギルドで落ち合いましょう」
「心得た」
背後でガヤガヤとしている様子から、ウスティナの人気ぶりが伺える。
こうして会話を挟んで単独行動を制限しないところからも、ウスティナが奴隷扱いされていない事を証明できている……といいんだけど。
「応援してます!」「これ、ささやかですけど……あたしからの気持ちです」
「活躍は聞いているぞ」「あなたは僕たちのヒーローだ」「俺も、あんたみたいになれるかな?」
……。
少なくとも彼女のファンの人達には、ちゃんと伝わっているようだ。
「あ! ピーチプレート卿だ!」「鎧めっちゃ煌めいてるなぁー」「サインいいですか!?」
おっと、こっちもだね。
「ルクレシウス殿、それがしは……」
「大丈夫ですよ。いってらっしゃい」
「かたじけないッッッ!!! 恩に着ますぞ!」
改めて、俺はとんでもない仲間と一緒にいるんだなって実感する。
ふたりの凄さに置いてけぼりにならないよう、俺も頑張らないと。