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幕間:カレン・マデュリアの贖罪


 事態の収集に、ルクレシウス・バロウズ元先生が奔走している。


 わたくしは、右手に持った安全装置を強く握ったまま、ダークエルフ……いいえ、ウスティナさんの目を見る。


 ……わたくしの、教員としての最後の仕事は、学院を裏切る形で幕を下ろした。

 これで良かったのよ、きっと。




 わたくし、カレン・マデュリアは、教職を辞すこととなった。


 発端、それは。

 わたくしの勝手な暴走行為でピーチプレート卿の顔を晒し。

 安物の自尊心を守ろうとするあまり、殺人未遂にまで至った。

 そんな周囲を盛大に巻き込んだ戦いの末、逮捕された。


 ――『……わたくしを殺しなさい。わたくしが、次なる罪科を重ねる前に』


 ――『殺さないよ。生きて、今までの罪と向き合いながら悩み続けろ。何人かはお前の罪を許しはしないが、それについては恨むなよ。被害者には“加害者を許さないと主張する権利”がある』


 あの時わたくしには、あの返答の真意が解らなかった。

 基本的に、失敗したらそれきりなのが世の常というものだと思っていた。



 その後。

 理事長からは今まで見たこともないような剣幕で、学院の顔に泥を塗ったと、お叱りを受けましたわ。

 もっとも……バロウズ元先生の殺害未遂については、不自然なくらい何も言われなかったけれども……。


 その後、挽回の機会を与えられ。

 反オストラクル派貴族連合に協力して盗聴器を作成。

 けれども……結果は知っての通りですわ。


 連合はオストラクル領の接収に失敗し、逆に尻尾を掴まれた。

 わたくしもその片棒を担いだかどで、免許のグレードを落とされた。


 これで、聖遺物の加工や調整に携わることができなくなった。


 挙げ句、ミゼール・ギャベラーの義手もダン・ファルスレイによる改善案でほぼ完全に成果を否定された。

(皮肉なのは、ダン本人にはミゼールの義手について微塵も知らされていない事ね)



 ダン・ファルスレイなる優秀な転校生は、わたくしの提唱した理論よりもずっと優れたものを発表した。

 そして、ものの数日でそれを実現してしまった。


 稀代の天才。本物の鬼才。

 あれはまさしく、そういったたぐいのものだ。

 神童という言葉すら生ぬるい。このまま成長を続ければ、わたくしの歳に至る頃には国宝級の成績を残すだろう。



 わたくしは、自尊心と自己憐憫ばかりが先行していた。

 せっかく此処まで頑張ってきたのに、と。

 わたくしだって殿方と遜色ない活躍ができる筈なのに、と。


 ……だから、わたくしは廃棄される。

 自尊心ばかりが肥大した、下位互換のわたくしなど、もはや不要。



 今まで、受け持っていたクラスの生徒達だけはわたくしの目の前で罵っては来なかったのに。

 とうとう、彼らはダン・ファルスレイという後ろ盾を得てわたくしに反旗を翻すようになった。


 どこへ行こうと嘲笑は止まない。

 耐えかねて、家に戻ってみた。


 かつてわたくしを神童と褒めてくれた祖父。

 祖父は魔道具技師であり、厳格な職人気質でも知られていた。


 その祖父に頬を強く叩かれ、それから、道具の一切を玄関の外に放り捨てられた。

 計器の割れる嫌な音。きっと、もう使い物にならないだろう。

 ……わたくしと同じように。


 ――『金輪際、マデュリアの家名を背負うな。お前はもう、この家の者ではない』


 そのあと、雨の中で自問自答して、ようやく気付いた。



 今まで、わたくしがしてきた事は、こういう事だったのだ――と。



 最後の仕事だと通達されて、課外授業の付き添いに来たわ。

 ストームドラゴン討伐には、ミゼールの義手のメンテナンス要員として。

 ダンがメンテナンスを拒否したから、という単純な理由。


 その帰りに立ち寄った、このセルシディアという街。

 ここでバロウズ元先生、いえ――バロウズさんが、汗水垂らしてスラム街の復興に協力しているのを目の当たりにした。



 今までの経緯を、通りがかったピーチプレート卿が教えてくださった。


 ……バロウズさんは、ずっと、ずっとまっすぐだった。危ういくらいに。

 些かも歪む事なく、手を差し伸べ続けていた。


 目を逸らしていただけでしたのよ、わたくし。



 ――『わたくしを恨んでもよろしくてよ。さぞかし、わたくしの顔を轢き潰したいでしょうに』


 ――『それがしには、恨みで人を救えるほど器用では御座いませぬ故』


 蹴落とすばかりだったわたくしと。

 手を差し伸べてばかりの彼ら。



 わたくしは、自分の浅ましさが恥ずかしくなった。

 きっと今更、許される事は無いのでしょう。

 とても、重ねてきた罪過を帳消しにして、やり直せるとは思えませんもの。


 だから、いつ死んでもいいように贖罪を。

 生徒の一人一人に、頭を下げて回った。


 困惑や憎悪を向けられたし、唾を吐きかけられた事もあった。

 でも、当然の報いですもの。受け入れないと。



 そして最後の贖罪。

 あなた方の力になりたかったと思っていた矢先の、あの火事。

 わたくしは詳細を聞かされていなくて、どうすれば良かったのか見当もつかなかった。


 けれども、命を救う手伝いは、できましたわね。




 ◆ ◆ ◆




「どうだ、アレットよ。嘘は見つかったか」


 ウスティナさんが、アレットさんに問う。

 アレットさんは首を横に振った。

 騙すつもりは無いのだけど、これも今までの行いを自省するに、致し方ない事よね……。


「驚いたことに本気ですね。とても、先生を殺そうとした人とは思えません」


「皮肉なものですわよねぇ……捨てられてようやく、目が覚めるなんて。わたくしの貯蓄は全て、復興の資金に充てます。あとは、わたくしの事は皆さんの好きなようになさればよろしいのです。たとえば、殺し――」


 ――バチンッ


 頬に鋭い痛みが奔る。

 アレットさんの目が、わたくしを射抜く。


「……そうやって、自分が望むように罰を与えてもらって。許してもらえない苦しみを誤魔化すんですか? あなたを殺してどうするんです? 二度と忘れないよう記憶に残りたいんですか?」


「……」


 言葉に詰まる。

 以前のわたくしだったなら、きっと「お黙りなさい。生意気な小娘が」とでも言い返していたのでしょうけど。

 今のわたくしでは、


「ごめんなさい」


 としか返せなかった。

 考えても、考えても、言葉が出てこない。


「ごめんなさい……どうやって償えばいいのか、判らなくなってしまったの……」


 溢れてくるのは、涙だけだ。慌てて拭おうとしても、次から次へと溢れてきた。

 ああ、なんて浅ましいのだろう。わたくしなど、死ねばよかったのに。


「違うの、これは……三十路女の涙など、見苦しいばかりで、決して、憐れんで欲しいとか思っていなくて、その……」


 ああ、呪わしい!

 支離滅裂な言葉しか出てこない!

 だから死にたかったのよ。甘えた考え方かもしれないけれど。


 力が抜けていく。

 服が土埃で汚れるのも構わず、その場に崩れた。


 ――ガシッ

 頬を、両手で掴まれる。


「……わたしは先生を殺そうとしたあなたを許しはしないけど、先生は生きている。反省しているなら、あなたの積み上げてきた、あなたの経験でしかできないことをやって下さいよ。すぐに死ぬべきなのは、生かしておけば危険な奴だけです。きっとあなたはもう、そういう人じゃなくなった! わたし、説教なんてガラじゃないですけど……先生なら、同じように言うと思うから……!」


 あなたは……。

 わたくしなどの為に、こんなにも言葉を尽くしてくれるのね。


 わたくしの積み上げてきた、わたくしの経験でしかできないことか。

 であれば、ひとつ思い浮かんだものがある。



「……手足を失った人達に、義肢を作ってみようと思います。動かすだけのものなら、わたくしの手持ちでどうにかなる筈ですわ」


「いいじゃないですか」


「せいぜい励むといい。いつか貴公が、自身を許せるようになる事を祈っているよ」


「ありがとうございます」


 初めて笑顔を向けて頂けた。

 けれど、わたくしには勿体無いわね……。


 あとは……わたくしが関わった事で不幸になった人達にも、もう一度、埋め合わせをしないと。

 生徒達がやりたかった事を、今度はちゃんと応援しよう。

 たとえ全員からは許されなくても、せめて、前を向けるように。



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