第67話:先生と、極光の雨
アレットの解呪について、カティウスの権限ではできないという事が解った。
けれども希望が無いわけではない。
本部で教義の見直しがされているらしく、ツテを頼って本部に掛け合ってみるとの事だった。
時間がかかるとは言っていたが……何とかなるよう祈るしかない。
その夜、雑務とシャノンへの報告を済ませた俺は、すっかり日の落ちた大通りを足早に歩いていた。
遠くの陸橋で、人だかりができている。
何事だろうか?
いや……あれ、魔術学院の生徒達じゃないか?
一体、何をしているんだろう?
「いよっと、んんん……」
なるべく、人だかりの中心が見えるように……っと!
ん? あれは……ダン・ファルスレイか?
何かを唱えようとしているようだ。
「――大いなる焔、世界の変革を拒絶せし者よ。泡沫の黒き御旗のもと、我は汝に命ず」
……待ってくれ。
その詠唱は……一体、なんなんだ……!?
聞いたことのない詠唱だが、マズい事くらいは想像つく。
くそ、間に合え……間に合え!
「世界を在るべき姿へと還すべく、我らが前に示せ。遍く歪みに劫罰の雨を注ぎ、世界を修正する力を!」
「やめ――」
「――星覇斬!!」
金色の光が打ち上がり、そうして形成された上空の金環から、光の雨が降り注ぐ。
ウェスト・セルシディアだけを狙い撃ちにしたものだった。
――ヒュボォオオオオオ
なにかに引火したのか、スラム街の一角が大爆発を起こした。
俺はしばらく呆気にとられて見ているだけだったが、ここでようやく何が起きたのかを理解できた。
生徒達に囲まれたダンの「もしかして俺、やりすぎた?」という発言で。
……ああ、そうだよ! やりすぎだ、くそったれ!
ウェスト・セルシディアを焦土に変えるつもりか!
俺は、生徒達の集まる人だかりを掻き分けるようにして、中心にいるダンの胸ぐらへと手を伸ばす。
「何だよ、ルクレシウス? 賊の肩を持つのか?」
「お前は……――!」
本当は殴り倒してやりたかった。
問い詰めてやりたかった……「一体どうして、こんなことを!」って。
けど、そんな感情的なことをしても解決はしない。
だから……――!
「今すぐ衛兵達に、救助隊を寄越すよう伝えろ……!」
「おい、どこに行くつもりだよ!?」
「人命救助だ!」
俺は橋の上から、投げ入れ坂へと飛び降りる。
光の雨は、まだ断続的に降っている。
急がないと、被害は増えるばかりだ!
短縮術式呼び出し……対象を自身に設定。
――“反射付与”
“俊足付与”……!
短縮術式呼び出し……対象を空中に固定。
――“照準付与”!
空中に、緑色に光る矢印を幾つも出現させる。
これが避難経路だ。
「皆さん! 無事ですか!」
ところどころに使われている木材が燃えるのはまだ解る。
石材の瓦礫まで燃えているのは、一体どういう事だ……?
「先生!」
「アレットさん!」
駆けつけてくれたのか!
気持ちは嬉しいが……!
「ウスティナさんとピーチプレート卿に通達をお願いします! できればエミールさん達にも!」
「もうやりました! 二手に分かれますか!?」
「はい! 空中に浮かせた矢印を辿るよう伝えてください!」
「わかりました! 先生、無事に帰ってきて下さいよ!?」
「もちろんです!」
まぁ、俺は怪我するかもしれないけど……そこはご愛嬌で頼むよ。
天上に足場の板切れを何枚も渡してあるため遮蔽物が多いというのが、唯一の救いかもしれない。
そうでなければ、こんな地獄のような光景、なかなか耐えきれたものではない。
くそ……ダンの馬鹿野郎。
「――おやおや、こんな所でまたしても人助けかな、ビロウズくん!」
「……ギャベラー先生ですか」
そういえば引率としてセルシディアに立ち寄っていたな。
だが、どうしてスラム街のある西側にいるのだろう? ダンの唱えた魔術は、お前の差し金なのか?
……そんな俺の疑問をよそに、ミゼール・ギャベラーは言葉を続けた。
ミゼールの右手はギプスと包帯に包まれていて、
「噂は俺の耳にも届いてるぜ? なんでも、人助けをして回ってるんだってなぁ? 学院で上手く行かなかったから、次は国内で世直し紀行かぁ? お前一人で世界でも救うつもりかよ、このエゴイストがよぉ!!」
「僕は、目の前で苦しんでいる人がいるならば、目を背けたくないだけです。肩を貸して、苦しみの原因を取り除いて、一緒に立ち上がれるようにする。僕だけじゃ足りないから、協力できる人には声を掛ける。そうして、今までやってこれた。
今は、一人でも人手が必要です。包帯と傷薬はここにあります。ギャベラー先生、お願いできますか?」
鞄から包帯と傷薬を取り出して、手渡そうと試みる。
が……。
「お前さぁ、何もわかってねぇな。その言いぐさがエゴイストだって言うんだよ」
払い除けられ、包帯と傷薬が石畳を転がっていく。
そこに気を取られている間に――
――ヒュウウウッ
長い氷の槍が、斜め上から俺の左腕を貫く。
ミゼールの詠唱じゃない……一体、誰が?
辺りを見回せば、ミゼールの受け持つ大魔術学科の生徒達が杖を構えていた。
どう見ても、ミゼールの差し金だ!
「ぐッ、う……な、何を……」
何をしてくれやがった!
人命救助を故意に妨害なんて、まともな神経じゃないぞ!
「ここのボロクズ共を見ただろ? 何も生み出せない、何の役にも立たない癖して俺達のカネやメシを掠め取っていくだけのクソ共だ! そのくせ権利だけはいっちょ前に主張しやがる! あんな連中、生きた人間の肉を喰うゾンビ共と一体何が違うってんだ!? ほら言ってみろよお前よぉ!」
違う……違う……!
「掠め取っていくだって……? 働いて稼げる事は証明できた! 引き続き投資は必要になるけれども――」
「――うるっせぇうるっせぇうるっせぇ、そうやって余計なちょっかいを出すから余計に事態がややこしくなるってんだよ。あ? 武装蜂起の噂だって、火のないところに煙は立たないんだよ。なぁ? わかってんだろ?」
ミゼールは、自分の右腕のギプスを取り外す。
機械仕掛けの義手が、そこにはあった。
「あんな連中、とっととゾンビもろともブッ殺しちまえば良かったんだ。お前さぁ、前からそうだったよなぁ?」
――ガシャコッ
ミゼールの義手の魔力回路が励起する。
緑色の光を放つ、真鍮製の義手。
周囲から注がれる殺気も、それに合わせて膨れ上がる。
「お前さぁ。ちょっと痛い目、見ないと解んないんだろ?」
大魔術学科の一部生徒達と、それを率いるミゼール・ギャベラーによる私刑が始まろうとしていた。
アレット「えーっと、なんたらスレイブでルビ振りした破壊力抜群な魔術ですよね? あと、世界をうんたらする力を、とか光の雨を降らせるとか……どれも90年代の有名なアレとかソレじゃないですか……」
ルクレシウス「アレットさん。それ以上いけない」




