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第66話:先生と、アレットの解呪


 荘厳な雰囲気の大聖堂を、アレットと二人で歩く。

 手入れの行き届いた白い壁にはシミひとつ無く、色とりどりの石畳が足元を、綺羅びやかなステンドグラスの天窓が頭上を彩る。


 修道士に訊いたところによると、この大聖堂が出来たのはごく最近らしい。

 具体的な時期までは不明だが、規模や構造的に逆算すると、炊き出しの支援を打ち切った辺りから建て始めたとすると帳尻が合う。


 計算間違いであることを祈りたい。

 もしもその通りだったとしたら、まったく金のかけどころを間違えているとしか思えない。

 隣で歩くアレットも、物憂げな面持ちで上を眺めていた。


「先生。あのステンドグラスを売り払ったら、どれくらいになるんですかね」


「さあ……でも、きっと僕の教員時代の一ヶ月の稼ぎより確実に高いと思います」


「じゃあ売り払えば、スラム街の人達を支援できそうですね」


「……難しいと思います」


「えー?」


「既に使ってしまったお金は、どうにもなりません。それに……仮に売り払ったとしても、きっと根本的な解決にはならないでしょう。もっとも、お金の使い方について色々と物申したいという点において、僕とあなたの見解は一致しています」


「やるせないですね……」


「もっとクールでスマートな解決方法は、きっとある筈です」


「たとえば?」


「抽象的な言い方になりますが……まっとうに稼ぎ、その上で限界を示すことで投資(・・)の必要性を示す、ということですね」


「援助・支援ではなく、投資(・・)ですか」


「そう、物は言いようですよ。見捨てなかった場合と、見捨ててしまった後の現況での費用の差額を試算し、有益性を証明すればいい。綺麗事で全てが片付くわけではないから、欲に訴えかけるしかない」


「うぅ……生々しいというか、世知辛いというか……いえ、わたしも大概、性善説を鼻で笑う境遇だったので、割と実感できるといいますか……教会って心を落ち着ける為なのに、これじゃあちっとも気が休まらないですよ」


 中庭に差し掛かる。

 アレットは、ぽつりと付け足す。


「……でもまぁ、これもデートだと思えば、少しは心が晴れるってもんですっ」


 デートって……。

 俺は、思わず苦笑してしまった。


「まったく。この前、一緒にお買い物したばかりじゃないですか」


「ねー。ふふっ」



 礼拝堂の横に、清貧宿がある。

 受付で教えてもらったところによると、カティウスはこの辺りか。


 ――コンコンッ

 ノックすると、奥から声が聞こえてきた。


「はい、何かご用件で――おお、バロウズさん」


「カティウスさん、お忙しい中、すみません」


「いえいえとんでもない! ツボでしたら、聖堂騎士団が無事に引き取りました。それで、ご用件は何でしょうか?」


 さあ、本題だ。

 俺はアレットの両肩を軽く叩いて、促す。


「その……わたしの、解呪をお願いしたいのですけど」


「えっ!? ま、まさか失敗しましたか!?」


「あ、いや、そっちとはまた別件でして」


「なんと」


「説明します」



 俺とアレットで相互に補足しつつ、知っている情報をカティウスに伝えた。


 背中に焼印として押され、教会のステンドグラスの光によって浮き上がること。

 文字が読めなくなるという呪い(孤児院での呼称は“戒め”)であること。

 解呪には虚構でない正しい愛を知り、愛する者と子を成す必要があるらしいが、俺達はそんな手段による解呪を望んではいないということ。


 BL本が理由というのは……俺は黙っておこうと思ったが、結局アレットが打ち明けた。

 強くなったね、アレット。


「……わかりました。では早速、拝見します。礼拝堂に移りましょう。同行者のバロウズさんがいてくれて助かりましたよ」


 どういう意味だろう?




 ◆ ◆ ◆




 何枚か小難しい内容の書類を一緒に書いて、礼拝堂を貸し切りにするための手続きをした。

 開放したままだと祈りに来た人達が居合わせてしまうからね……理に適っている。


「そこの台の上に、うつ伏せになって下さい」


 カティウスに言われるままに、アレットは講壇の上にうつ伏せになった。


「こ、こうですか?」


「私はあちらを向いて待っていますので、今のうちに背中を露出させてください」


 カティウスは早口でまくしたてるように言うと、逃げるように出入り口へと歩いていく。

 俺とアレットだけが残される。


「じゃあ、先生。はい」


「はいって言われても、どのように?」


「一人で背中だけ開けるの、けっこう手間なんですよ。流石に、全部脱ぐわけにはいかないので、その……ボタンを外してくれませんか」


 なるほど。俺が同行していないと、アレットの背中を露出させるのに心理的抵抗が発生する、という話かな。

 正直なところ俺だって心理的抵抗がかなりある。

 婚約者も何も、相手は年端も行かない女の子だぞ……大の大人で、男の俺が、そんな……。


 ――いや、ルクレシウス。恥ずかしがっている場合じゃないだろ。

 ここを乗り切れば、アレットは文字が読めるようになるんだ。


「わかりました」


 粛々とやればいい。

 ほら、簡単だ。

 確かに、ステンドグラスから注ぐ光によって、アレットの背中には血のように赤い複雑な紋様が浮き上がっていた。


「できました。カティウスさん、お願いしてもいいですか?」


「はい、承ります」


 カティウスは虫眼鏡のようなものを使い、目で紋様を追っていく。

 行き止まりになったら戻るようにしているようで、日が暮れる直前に終わった。


「どう、ですか? 何かわかりましたか?」


「はい。どちらかというと悪い知らせですが、ただ、致命的なものではありません」


 一瞬、血の気が引いたよ……。

 見ればアレットも、青ざめた顔だ。


「そ、それで、悪い知らせっていうのは……」


「はい、バロウズさん。この紋様の、この部分ですが……」


「ええと……この円形の中で複雑な迷路みたいに線が入り組んでいる部分ですか?」


「そうです。これは認証コードでして……その、すみません。教会でもかなり高位の人達でなければ解呪できません……」


「そう、ですか……つまり、そこらの解呪屋ではどうしようもないのですね」


「残念ながら……」


 逆に言えば位の高い人達であれば、解呪が可能というわけだ。

 少しガッカリはしたが、気を取り直していこう。

 一応、確認はしておかないとね。


「解呪は、不可能ではないがそれなりに色々とこなす必要がある、ということで間違いありませんね?」


「はい。そこについては希望を持って下さい。時間は掛かりますが、ツテを頼ってみます」


「でもわたし……教会の禁忌に触れたようなものですし、説得は難しいと思うんです。もしカティウスさんに累が及ぶようだったら、すぐ手を引いて下さいね」


 おずおずと述べたアレットに、カティウスは微笑んだ。


「お二人はウェスト・セルシディア復興に際して呪物発見に貢献した最重要人物ですから、きっと本部も戒めについて考え直してくれる筈です」


 だと、いいんだけどね。


「輪星教全体で、これまでの信仰をずっと続けるのではなく、今という時代に合わせて少しずつ見直していくような動きがあるようです。これも、皆さんのお陰ですよ」


「そう、なんですね……」


 と、うなずくアレットの反応から、カティウスは嘘を言っていないという事が伺えた。

 嘘を感知するスキルを持つアレットなら間違いない。

(ただし、カティウス自身が騙されている場合はその限りでもないが……そこは真実だと信じたい)


「どうか、アレットさんの今後が明るいものでありますように」


「はいっ、ありがとうございます」


 初対面の頃からは考えられないくらい、穏やかなやり取りだ。

 俺は、己の頬が少し綻んだのを自覚した。



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