第65話:先生とスラム街改善・成果編
魔導ナプキンの完成と、投げ入れ坂の清掃完了という報せを聞いたのは、ほぼ同時だった。
俺は、冒険者ギルドに、ジュドー・ハプセンスキ宛ての報酬金と予めしたためておいた感謝の手紙を納める。
アレットに生理が来たら、使用感を確かめてもらおう。
この魔導ナプキンの原本を基に、増刷して使おうかな。
売上金の何割かは魔道具工房への支援に宛てたい。
次は投げ入れ坂だ。
このエリアはピーチプレート卿とエミールとヒルダが担当してくれている。
たとえゾンビが出現しても一瞬で無力化してくれる。
現場へは、ジェイミーと合流してから向かった。
「――お師匠様!」
「おおッッッ!!! ルクレシウス殿にジェイミー殿、戻られたかッッッ!!!」
「お待たせいたしました――すごい綺麗になりましたね! よくぞ、この短時間で!」
「みんな頑張ったわね! 本当に、お疲れさま!」
ゴミで埋まっていた坂道は泥なども全て除去され、石畳は本来の色合いを取り戻していた。
遙か上の橋でも、通行人達が足を止めて眺めていた。
労働者達は橋を見上げ、誇らしげに拳を突き上げる。
「どうだ、見たか! 俺達だけでここまでできた!」「もう投げ入れ坂とは呼ばせねぇぜ!」
「他の建物もキレイにしてやるからな、楽しみに待ってろよ!」
東側へのアピールは完璧だろう。
一時は武装蜂起が計画されているなんて噂まで立ったが、こちらも潔白を証明済みだ。
配下の人達を何度か視察に連れてきて、作業の成果を確認してもらった。
なんだったら斥候達にくまなく調べさせて図面まで起こさせたが、結果、叩いて出た埃は物理的なものくらいだった。
まったく、誰があんな物騒な噂を?
立ち止まり、辺りを見回す。
武装蜂起できる程の武器も魔術も、彼らは持っていない。
ゴミを漁るだけだった毎日を過ごしてきた彼らに、そんな芸当は不可能な筈だ。
或いは、俺が見落としているだけか……?
力を手にしたと思って、気が大きくなって――という筋書きも考えられなくはない。
……と、ここで一部の労働者達が休憩を切り上げようとしていたので、俺は咄嗟に手で制した。
「あ、皆さん引き続き休憩して頂いて大丈夫ですので! どうか、ゆっくり休んでいて下さい!」
ワーカホリック気味になるのは俺の本意じゃないからね。
この前、隠れて見に行ったら休憩返上しそうになっていたから、ちゃんと休むよう釘を刺したけど……繰り返し言わないと再発する。都度、必要に応じて理由の説明も交えて言っていかないとね。
一人でやる分には構わないけど、これが集団での作業となると、他人に押し付ける、或いは周囲が引きずられるようにしてそれに合わせてしまう、なんて事が起きたら大変だ。
さて。
撤去したゴミは、道の端に分別して並置されている。
再利用可能なもの、汚染されていないので食品や肥料に転用可能なもの、燃やして処分すべきもの。
あとは……なんだか禍々しいデザインのツボ。
不自然なくらい頑丈で、割れていないどころか欠けてすらいない。
嫌な予感がするから、冒険者ギルドに引き取ってもらおう。
直接持って行くよりは、聖堂騎士団に運んでもらったほうがいいな。
「少し、席を外します。アレットさんは、そこにいてもらってもいいですか?」
「はい!」
◆ ◆ ◆
基本的に、聖堂騎士団は“ヤバそうな儀式”に対して、世間が思っている以上にフットワークが軽い。
証拠とか、彼らが求めている内容に合致する情報が多ければ多いほど、加速度的に動きは早くなる。
そして今回のツボは相当にヤバい代物だったらしい。
教会の奥から解呪屋を連れた一団が血相を変えてやってきた。
のみならず、馬車まで用意された。
一団の中に見知った顔――カティウスの姿を見つけた。
「カティウスさん、お久しぶりです」
「お久しぶりですが、積もる話は後にして、すぐに向かいましょう! 念のため、付近にいる全員に解呪を施します!」
「僕達の発見したツボ、もしかしなくてもかなりヤバい代物ですか?」
「はい。現物を確認するまでは何とも言えませんが、その呪いを浴びた状態で死ぬとゾンビになります。なおかつ、病に掛かりやすくなる上に基礎体力が失われるので……必然的にゾンビが増えるということです!」
「……逆に言えば、そのツボと呪いさえ何とかすれば、ゾンビは減らせますね」
「その通りです。ゾンビ発生事件の原因をずっと探していましたが、思わぬ所で解決の糸口を掴めました」
馬車に乗って現場に戻ってきたら、みんな何事かと慌ただしく立ち上がった。
明らかにみんな警戒している。聖堂騎士団だもんな……国防騎士団じゃないとはいえ、国家権力だ。
「皆さん、落ち着いて下さい! そのツボこそが、ゾンビ騒ぎの原因でした!」
「「「「な、なんだって!?」」」」
にわかにざわついた。
無理もないだろう。ツボに触った人も沢山いる筈だ。
「ただし、すぐにゾンビ化するわけではなく、ツボの中にある呪いを浴びた状態で死ぬとゾンビになるとのことです。そうですよね、カティウスさん?」
カティウスのほうを向いて同意を求めると、何度も頷いた。
それから、カティウスは聞こえやすいように声を張り上げる。
「これより私達の一団で解呪を行います! 一列に並んでお待ち下さい! なお、呪いは人を介して伝染はしません! なので、解呪が終わった方はすぐに他の住民さんに声を掛けに行って下さい!」
膨大な人数になるから時間は掛かった。
かれこれ5時間は費やしたが、その甲斐あって住民の8割ほどが解呪できた筈だ。
ピーチプレート卿が鎧に蓄積しておいた魔力を供給してくれたお蔭で、カティウス一行の魔力切れは防げた。
順番待ちに割り込むなどのトラブルにはウスティナがかなり頑張ってくれた。
アレットおよびエミールとクゥトも、暴徒と戦うウスティナを援護してくれたし、怪我人の治療には軽傷であればヒルダが対応してくれた。
ツボは聖堂騎士団が呪いよけの箱に詰めて運んで行った。
なんでも、取引の履歴を調べれば最後に捨てたのが誰なのかが判るという。いや、でも闇のオークションとかで取引されていた場合その限りでもないんじゃないかな……。
とにかく。
一筋縄では決して行かなかったけど、なんだったら今でも一枚岩とはとても言えないけど、こうして節目を迎える事ができた。
「皆さん、本当にありがとうございました。ひとまず本日は解散とし、明日は休日といたします」
ひとえに、俺の提唱した理念を信じて付いてきてくれた、みんなのお陰だ。
もしも俺だけでやっていたら、こんなの何年も掛かるだろう。
むしろ、邪魔者扱いされて途中で切り上げるしかなかった。
この土地を治める領主との交渉で、褒賞金の振込を約束させた。
……いよいよ、ここからが本番だ。
「なお、炊き出しはこれまで通りに実施いたしますので、ぜひお越しください」
以上、解散!
少し休もう……。
「アレット、貴公の探していた解呪屋だが、彼らでは駄目なのか」
ウスティナは、聖堂騎士団の去りゆく背中を見やる。
「わたし、行ってきてもいいですか?」
「今しがたルクレシウスが解散と言ったばかりだが」
「そうですよね。あはは……先生、来てもらってもいいですか!?」
「もちろんです」
ピアースロックまで行かなくても済むなら万々歳だ。
戒め――もとい呪いを受けているアレット本人だってもちろん思っているだろうが、俺も文字が読めないなんて馬鹿げた呪い、できることならさっさとおさらばしたい。
何より、俺には付き合う義務がある。
「では、行きましょう」
「はいっ」
忙しいかな……?
邪魔にならないならいいんだけど。