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第64話:先生とスラム街改善・実行編


 場所は、スラム街でもそこそこの広さを持つ、噴水の跡地がある大通りだ。

 呼び掛けて回って、住人たちに集まって貰った。

 これだけの量を作るのは実に骨だった。腕の筋肉が悲鳴を上げている。


 廃棄品の攻城兵器を改造した大鍋なんて、いくら付与術エンチャントで強化したとはいえ、俺だけじゃとても運べなかった。

 ウスティナとピーチプレート卿の力添えがあって、ようやく何とかなったレベルだ。


 その後に材料を集めて調理して……それでようやくだ。

 まずは、炊き出しで栄養状態を回復してもらわないと。



「ウェスト・セルシディアにお住まいの皆さま、順番に並んで下さい。ひとまず全員分を賄いきれる量をお作りしました。器も、瓦礫から削り出して作ってあります」


 かつて教会は、スラム街に住まう人達の再三の要求にかかわらず炊き出しを拒否。

 他所者に食わせる飯は無い、というのが教会側の言い分だった。

 結果、餓死者が大量に出た。


 職探しをしに行った者は尽くが拒まれた。

 中には日雇いの仕事にありつけた者達もいたが、まともな栄養補給をしている者達と比べれば体力の差は歴然。

 結局その大半が使い潰され、奴隷の頃と大差ない死に方をしたという。


 だから、基礎体力を少しでも確保する為に、俺達で炊き出しをするしかない。

 外から流入してきた盗賊の洗い出しも兼ねている。


「国から、街からではなく、僕達が個人的に支援しています。稼ぎながらとはいえ、赤字です。いずれ備蓄が尽き、あなた方を支援する事ができなくなるでしょう」


「じゃあどうすりゃあいいんだ!」「その場しのぎで寄越すんじゃねェ、迷惑だ!」

「この偽善者!」「出て行け!」


 好き放題言われているが、これくらい想定内だ。

 それに、野次を飛ばしているのは全体のうちほんの一部だけだ……この程度、痛くも痒くもないよ。嫌なら食うな。



 ……さて。

 栄養失調から脱したら、次は労働に協力してくれる人達を集める必要がある。


 西側の自助努力を以て、どうにかする。

 東側の人達は、見に来るだけでいい。

 西側の「俺達だってやればできるんだ」という底力を、生き証人として見てもらう。



「皆さんにも、お金を稼いでいただきます。街の復興には、こちらの額を支払います。また、作業着も提供します」


 集める方法は、報酬金と作業着の提示だ。


 ――『奴隷の定義を再確認したいと思います。皆さんで知っている事を教えて下さい』


 ――『金銭的な報酬を直接支払う事なく使役できる所有物だったか』

 と、ウスティナ。


 ――『確か、他の職業には付けず、持ち主の売買によってしか主人や仕事内容を変えられないのでしたな』

 と、ピーチプレート卿。


 ――『戦後には廃止され、奴隷の肩書を捨てさせられたが……それだけだったよ。補償は何も貰えず、後は自力でどうにかしろという事だった』

 と、ゴステトゥーロ。


 ……奴隷制度は数多くの悲劇を生んだ。

 だからといって、ただ廃止するだけじゃ駄目だった。

 奴隷なくしては回らないとされていた社会構造を即座に改革できなかった為に、さらなる悲劇を生み出してしまった。


 そうしてゴステトゥーロのように、奴隷から復帰できないまま長い年月を過ごし続ける人達が出てきてしまった。


 だから浮浪者の人達には、奴隷ではなく労働者になってもらう。

 詭弁のように聞こえるが“対価が支払われてなおかつ当人の能力の範囲内で自由に転職可能”であるならば、その差は非常に大きい。


 また、ヴェラリスを通して、セルシディアの領主とも交渉する予定だ。

 賃金はそこから引き続き捻出できる。全て綺麗にしたら、ウェスト・セルシディアの人達には好きな仕事をしてもらおう。



「また、生活をより良くする為の付与術エンチャント講習会も実施します。日程は、こちらの通りです」


 あくまでも、一日で教えられる基礎的な部分だけだ。

 魔力回路の開通と、俗にいう“生活魔術”(タバコに火を付けたり風呂が沸かせるレベル)までやったら、講義はおしまい。


 「やっぱりお師匠様はすごいですね。他の教師が教えていたなら、全員がここまで覚えるには3日は掛かりますよ」


 「そうですか? 比べた事が無いのでいまいち実感が無いのですが……」


「お蔭で、来週に出発するまでに余裕ができます。お師匠様、ボクに何なりと仰せを」


「ありがとうございます。すごく助かります」




 ◆ ◆ ◆




 俺はアレットを連れながら、スラム街の巡回を。

 道すがらゾンビと出くわせば、都度アレットの聖弾射出ホーリー・ボルトで退治してもらった。


 ウスティナはクゥトと、ピーチプレート卿はエミールおよびヒルダと、それぞれのエリアで瓦礫の撤去作業を。

 腕っぷしもあるからには、揉め事の調停にも不自由しない。

 エミール達にはなるべく一緒でいさせてあげたかったけど、パワーバランスを考えると、こうなる……一応、当人達にも納得してもらえている。



 クゥトもウスティナの鉄仮面に何かしらシンパシーを感じるし、ウスティナとしてもさほど口を利かずに済む相手と組めるのはありがたいらしい。

 ピーチプレート卿も、エミールとヒルダが勝手に盛り上がってくれるのは助かるのだとか。



 出だしからして、順風満帆とは程遠かった。

 住民同士のトラブルを仲裁することもあれば、潜伏しているゴロツキに絡まれることもあった。

 何とか生徒とアレットは守りきったけど、俺は何度も負傷した。

 その度にアレットから小言を頂戴した……つらい。



 他には、王立魔術学院の生徒達がゾンビ退治をしているところに出くわすこともあった。

 その中でもダン・ファルスレイは俺を敵視しているのか、会うたび白い目で見られた。


 特にエミールとダンがかち合った日なんかは、最悪だった。



 ダンが俺を貶すという、エミールにとって耐え難い内容で煽ってくるので、必然的にエミールが激怒する。

 なので、俺がダンを無視する、という形で離脱させてもらおう。



 こっちにはアレットとヒルダもいる。ここで足止めを食らうのは彼女らの時間を浪費させてしまうことにも繋がる。

 時間も、当人らの精神的安寧も、どちらも代えがたい財産だ。


「エミールさん、そろそろ行きましょう。お二人の戦いには、いずれ決着を付けて頂くとして」


「ですがッ……お師匠様は悔しくないのですか!」


「エミールさん。その時(・・・)が来たら、僕はあなたを応援します。どうか、それまでは堪えて下さい。たとえ今の争いが、僕を思ってくれていたものだとしても」


「……仰せの、ままにッ!!」


 大袈裟に一礼するんじゃない。

 そしてダンに向かって「命拾いしたな」とか言うんじゃない。

 子供か!(確かに子供だけどさ)


「ねえ、ヒルダさん……先生って結構、人たらしですよね。恐ろしいことに、あれらの歯が浮くような台詞、全部本音で言ってるっぽいんですよね、どうやら……」


「ね。怖いでしょ。でも、そんな人たらしに惚れたのは、キミだよね?」


「わたしにもああいうのもっと欲しいです」


「おねだりしてみ」


 言いたい放題だな!?


「そこ。丸聞こえですよ」


「いいんじゃない。別に悪口じゃないし」


 いや、そうだけどさ!



 ……で、無視して現場に行ったのにダン達は付いてくるし。


 投げ入れ坂は、少しずつではあるが、ゴミが引き上げられていた。

 もともと、200メートルはある長い坂の半分以上がゴミで埋め尽くされていたのだから、だいぶマシになったと思いたい。



「こんにちは、ジェイミーさん」


「あら、いらっしゃい! 今日はゾンビ狩りのお客さんもお見えなのね? いつもありがとうね!」


 よく知っているなぁ。どこかから情報を仕入れているんだろうな。

 なんて振り向いてみる。


 ……おい、ダン・ファルスレイ御一行様はなんでケツに手を当てて蓋をするような仕草をしてやがるんだ。

 しかも、ひそひそ話まで……お前らなぁ!


「きみ達。他人を好色家みたいに見るなんて、失礼にも程があるでしょう」


「いいのよぉ! ワタシそういうの慣れてるから!」


「たとえ、あなたが慣れていたとしても、それがあなたを傷付けていい理由にはならない筈です。あなたと同質の表現方法を持つ、他のどなたかの為にも」


「アナタ、本当に優しいのね……でもそこの女の子に嫉妬されちゃうし、ナデナデは無しにしとくわね?」


「じ~~~っ……」


「――うわぁアレットさん!?」


 すごい顔で覗き込まれた……!

 ちょっと心臓に悪い。

 飛び退いた俺を見て、アレットは腹を抱えて笑った。


「あはは! 冗談ですよ! そこまでわたしは嫉妬深い女じゃないです。それに、愛情と感謝は別ですもん。ね、ヒルダさん?」


「うはっ、今それ言う?」


 人間不信になっただろうヒルダが、アレットとこんなに打ち解けられるなんて。

 でもまぁ、アレットとヒルダに友達が増えるのは素直に嬉しい。


 良かったね、アレット。

 アレットをよろしくね、ヒルダ。


「先生から慈愛の眼差しを受けている気がします」


「早速のろけやがって、このこの~」


「きゃーくすぐったいですっ! あははっ!」


 うんうん。そのじゃれ合いが本心からのものである事を、俺は強く強く祈っているよ。


 世の中には、仲良しであると主張する為にわざと他人の目の前でじゃれ付いている人もいるからね。

 ……かつて、俺の両親がそうであったように。



「――先生?」


「あ、ああっ! し、失礼しました。ちょっと考え事を……」


 危ないところだった。

 記憶トラウマに呑まれるな、ルクレシウス。

 そう、自分に言い聞かせた。


「それでは作業に戻りましょう。皆さんには付与術エンチャントの掛け直しを行いますが、手は止めなくて大丈夫です」



 こんなふうに、多忙な日々は過ぎていった。



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