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第63話:先生とスラム街改善・計画編


 ジェイミーの家に行く道中のことだ。


「しかし、不便ですな。ウスティナ殿の三角跳びでも上には行けぬとは」


「蹴れば崩れる壁だ。私では登れんさ。先刻の幼子であれば身軽ゆえ、事情も変わろうな」


「むう……住民の協力さえ得られればこの壁も、それがし達でどうにかできぬだろうか」


「無料で、か。誰の差金か疑われるだろうな」


 それ……どうにかできないかな。

 現時点では、まだアイデアがまとまっていない。

 ……覚えておこう。


「此処だ」


「案内ありがとうございます」


 ――ギィイイイ……カランコロン


 朽ちたドアを遠慮がちに開けてみれば、錆だらけのベルが往年を偲ばせる音色を奏でた。


「……お邪魔します」


 と顔を覗かせた瞬間、カウンターから直径が頭ひとつ分ほどありそうな太い腕を持った、髭面にスキンヘッドの中年が出てきた。

 中年は、


「アラいらっしゃい! お客さんいっぱい来てくれたのね? 嬉しいわ! ワタシはジェイミー・マッカムーアって言うの!」


 と、にこやかに歓迎してくれた。

 なるほど、この人がゴステトゥーロの言っていたジェイミーか。

 ジェイミーの影に隠れていた猫耳の少女――ノエルが、こちらを指さす。


「あっ! さっきのひとたちだ!」


「アラそうなの? ということは、ダーリン――じゃなかった、ゴッちゃんのお友達?」


 という問い掛けに、ゴステトゥーロが歩を進める。


「別にダーリンで良いぞ。それはともかく儂の友人は今の所、この黒エルフだけだ。あとは恩人達と客人達だ。儂の身体を洗ってくれただけでなく、治療までしてくれた。目までは無理だったがな」


「言われてみれば、すごくキレイになったじゃないダーリン!!」


 駆け寄るジェイミーに、ゴステトゥーロは杖で制した。


「抱きつかんほうがいいぞ。咳は治まったとはいえ、病までは消えておらぬ。そなたも儂の友人ゆえ、傷付けるのはしのびない」


「いいのよ……でもダーリン、誰が治しに来てくれたの?」


「匂いを辿らせてくれ。ああ、この御仁が旗頭となって、薬師を連れてきてくれたのだ」


 ゴステトゥーロは少し鼻を動かしてから、俺を手で示した。


「ああっ、アナタが助ける為に色々動いてくれたのね! 名前は?」


「僕はあくまでも呼び掛けただけで、実際に動いてくれたのは仲間達ですよ。僕はルクレシウス・バロウズと申します」


「あのルクレシウス!? 道理でアナタからはジャスティスを感じる訳だわ!!」


 あまり強く抱きしめられると、その、苦しい……!

 それにしても……“ジャスティス”か。

 つい最近その単語を聞いたような気がするが、何処だったかな。


「ホント、ありがとうね!! でもごめんなさいね、支払えるお金は無いのよ……」


「大丈夫です。既にゴステトゥーロさんから金銭以外で対価を頂戴する約束をしておりますので」


「アタシのダーリンだから、恋人にするのは勘弁してね?」


「それは心配ご無用です。他人の恋人に手を出すような外道行為は、たとえそれをしたのが神であろうと僕は許しませんから」


「どうだジェイミー、生真面目な男だろう」


「そうね……! ジャスティスを感じるわ……!!」


 ……だって、愛し合っている人達を引き裂くなんて、悲しみしか生まないじゃないか。

 男同士だろうと、女同士だろうと、或いは俺の知らない性別だろうとも、それは変わらないよ。

 話を戻そう。


「こほん。えー、こちらでセルシディア西部の情報を頂きたいなと。大部分が初めての探索なので、色々と質問すると思います。答えづらい内容であれば、黙秘して下さい」


「いいわよぉ~! どんどん頼っちゃって頂戴! なんたってダーリンの恩人だもの! なんでも答えちゃうわよ! あ、でもその前に……」


 ジェイミーは、ノエルの背中をポンポンと軽く叩く。


「それじゃあ、ノエルちゃん。ワタシちょっとお仕事するから、お外で遊んでらっしゃいね!」


「はーい!」


 ぱたぱたと走り去って行く。

 それを見送るジェイミーの表情は、何処か物悲しい感じがした。


「質問事項は、皆さんからは何かありますか? 特に無ければ、僕から言いますが」


「はい先生!」


「どうぞ、アレットさん」


「さっきのノエルちゃんは、孤児院に行けなかったのですか?」


「孤児院にはワタシが呼び掛けたわ。あの子が物心ついた頃には、親も両方とも死んじゃってたし。でも、孤児院の答えはノーだった」


「……なぜ、ですか?」


「あの子はもう受け入れているけど……あの子のお母さんがね、罪人だったの。働き口が無くて、ご飯を食べるには毎日盗みをするしかなかったのよ。それを孤児院は知っていたから、拒否したの」


「惨すぎる……」


 お母さんの最期については、訊かないでおこう。

 獣人で、罪人。しかも女性……獄中でどんな末路を遂げたのかは想像に難くない。


「ひどい言われようだったわ。あの親の血が流れているから子供も盗みを働く、なんて」


「そんな、ひどいです! せめて配給とか、炊き出しとか、そういうのは教会から出てこないんですか!?」


「打ち切られたわ。流れ着いてきただけの、未来のない人達の為にこれ以上は施せない、ですって」


「そんな……!?」


「貴公らで働けないのか。冒険者になる道もあるだろう」


「元冒険者もいたわ。でも、片腕じゃ弓矢は扱えないでしょ? そうなったらソロはもちろん、パーティに拾われもしない」


「……ふむ。確かに、それを飯の種にしてきた者には、酷な状況だな」


「でしょ? そうやって捨てられた人達の最後の居場所が、ここウェスト・セルシディアだった」


 だった(・・・)

 過去形なのは……ゾンビ騒ぎのせいだろうか。

 目尻のシワの深さが、尋常ならざる苦境に満ちた人生を思わせる。


 一体、どれだけの絶望を味わう事になってしまったのだろう。

 ……やめろ、ルクレシウス。

 まだ、泣くんじゃない。


「ありがとうございます。辛い話をさせてしまい、申し訳ございませんでした」


「いいのよぉ! 他には何かあるかしら?」


「ゾンビは、いつ頃から、どの付近から出てきているか解りますか?」


 冒険者ギルドでの情報収集を疑う訳じゃあない。

 けど、ここを地元にしている人達の視点で内容を補強できるかもしれない。


「そうねェ……最初に此処へ駆け込んできた人が言っていたのは“投げ入れ坂”で弔った死体がみんな一斉に起き上がったって話だったわ。1ヶ月くらい前ね」


「投げ入れ坂、というのは?」


 俺の疑問には、ゴステトゥーロが答えてくれた。


「儂と出会ったゴミ捨て場の事だ。イーストの連中が何から何まであそこに放り投げる。上に橋が通っているのをいいことにな」


 アレットが手をポンと打つ。


「あぁ~……――って死体もあそこに捨てるんですか!?」


「このウェスト・セルシディアではね、命はあの投げ入れ坂から生まれ、そしてそこへ還るのよ。迷信じみた詭弁だけど」


「そんな場所で拾ったものを食えば、遅かれ早かれ病にもなろうて」


「ダーリンは食べ物の選別係だものね……ウェスト・セルシディアのみんなはもっとダーリンに感謝すべきだと思うわ」


「此処に辿り着いた頃には既に患っておったがな。クッフフフフ」


「オホホホホ!」


 だから!

 あんたの冗談は笑えねぇんだよ!!

 でもまぁ、いいよ。アイデアは纏まったから。


「……よし、決めた」


 ボソリと呟いたつもりだったけど、案外しっかり聞かれてしまったようだ。

 アレットが、肘で小さく小突く。


「決めたって、何をですか?」


「――明日より、投げ入れ坂の清掃活動を開始します」


 その瞬間ジェイミーは俺に、心配そうな眼差しをくれる。


「いいの? 信心深い子が難癖つけに来るかもしれないわよ?」


「命の還る場所をゴミ捨て場にするよりはずっとマシです。東側の人達については、ヴェラリスさん――いや、セルシディアを拠点にしている冒険者にも口利きして、不法投棄をやめさせます」


「いいアイデアね。何か方法はあるかしら?」


「これから協議してまとめていく方向でお願いします。また、それらが終わり次第、復興活動をします。これまでウェスト・セルシディアにお住まいの皆さんで試してきた事を、全て教えて下さい」


「わかったわ。知っている限りで全部伝える。この街を、助けて頂戴」


「全力を尽くします」


「ヴェラリス……そう、あの子がねぇ……」


 という独白から、どうやらヴェラリスはジェイミーの知っている人らしかった。

 必要な情報だったら、いつか聞かせてもらおうかな……差し支えない範囲で。



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