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第62話:先生が治療しに来ました


 情報収集を終えた俺達は、ゾンビ退治の依頼を受けた。

 エミール達も一緒だ。


 ゴタゴタしていたせいで訊きそびれていたが、エミール達がここに来ていたのは課外授業でストームドラゴンを倒し、その帰り道というのが理由だった。


 先日到着したばかりで、数日間はこの街で自由行動だとか。

 だからドラゴン退治で組んだパーティのまま、セルシディアの街でもあるきまわっているということだ。

 ちょっとした休暇、とでも捉えたらいいのかな。


 なお、引率としてミゼール・ギャベラーとカレン・マデュリアが来ているという。

 ミゼール、腕の怪我はもう大丈夫なのだろうか。

 故障するよう仕向けた俺が心配するのもお門違いかもしれないが。


 ……ミゼール。頼むから、悪いことを教えたりしないでやってくれよ。

 生徒達は、お前の生徒である以前に、ひとりひとりが心を持つ個人なんだ。




 感傷はこの辺りにして、ヒルダが霊薬学科である事に注目だ。

 もしゴステトゥーロの治療に力を貸してもらえるなら、非常に助かるが……。


「スラム街に怪我人がいます。治療のため、ヒルダさん達にも同行をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? もちろん、謝礼は支払います」


 ヒルダが返事をする前に、エミールが飛び上がる。


「ついにお師匠様と!? 夢にまで見た瞬間ッ……束の間でも構わない! ボクは確かに、あなたの旅路に肩を並べる許しを得られたッ!! こんなに輝かしい瞬間をボクは今まで知らなかった……!!」


 ガッツポーズしすぎだよ!

 歌劇も斯くやといったオーバーリアクションに、ウスティナまでもが吹き出してしまう。


「貴公、ずいぶんと慕われているじゃないか」


 まあ、迷惑をかけるのでなければいいかな。

 でもまずは、俺自身が粗相をしないようにしよう。せっかく尊敬してくれているのだから。


「期待を裏切らないよう努めます。それと、盲信のあまり足を踏み外さないようにさせないと」


 なおも狂喜乱舞するエミールに、ヒルダが膝カックンをする。


「落ち着けよ。必要なのは私で、キミはオマケだろ」


「くッ……解っていたさ……ただ、考えないようにしていただけだ……!」


 いや、そんな地に膝ついて失意を表明しなくても!


「もちろんエミールさんもクゥトさんも必要ですよ。近況報告があれきりというのも味気ないじゃないですか」


 お。エミールが元気になった。

 どころか……変顔でヒルダに絡み始める。


「ほら~」


「ただの社交辞令だろ。頭冷やせよ」


「断るッ!!」


 収拾つかないから、本題に入ろう。


「ではヒルダさん、同行して頂けるということで間違いありませんか?」


 まずは彼女に訊くべきだろう。

 エミールが同行してくれるのは確定だし。


「別にいいけど」


「なんだその態度は! お師匠様の救国の旅路に同行できる誉れを、もっと有難が――」


「――ハイハイわかったわかった。信じるものがあるっていいね」


「ぐぬぬ……クゥトからも何か言ってやってくれよ!」


「そ、その……スラムの偵察には、リーガン……お、俺の、妖精に任せて」


「助かります。クゥトさんの妖精の活躍、楽しみですね」


 クゥトとエミールはハイタッチして喜ぶ。

 でも――俺は追放された身。

 彼らは今もなお学び舎に身を置く生徒達だ。線引きは、わきまえないと。


「ただし、命の危険が迫った場合、皆さんには先んじて脱出して頂きます。巻き込んでいる以上、無理はさせるわけにはいきませんから」


「有事の際はボクがお守りします。あの頃より、ずっと強くなった! 足手まといにはなりませんよ!」


「状況に応じて撤退する事は恥ではありません。戦況を見極め、信頼できる者に背中を任せ、伝令役として危機を伝えるのは、あらゆる場面において大切な役割です」


「お師匠様を危険に晒すくらいなら、ボクも共に傷付きます」


「馬鹿なことを言わないで下さい。僕の不甲斐なさの結果、あなたに何かがあれば、僕は大人としての責務を果たせなかった自分自身を責め続けるでしょう。僕を助けるためだと思って、ご協力願います」


「くッ……ですが、いつかは素直に“お願いします”と言わせてみせますからね! いや、しかし、そうすると最強のお師匠様が最強じゃなくなってしまうから、解釈が違うな……」


 なんかブツブツと言い出したぞ。

 いや、前からそういう子ではあったから、特に引っかかりは無いが。


「落ち着け、わたし……気を抜いたら鼻血でスカーフを駄目にしちゃう……心を、クールダウン……クールダウンだ……」


 今度はアレットまで独り言を始めた。

 一体、何だというのか。


「では、行きましょうか。途中で買い物もさせて下さい」




 ◆ ◆ ◆




 夕方のスラム街は昼間にも増して、来るものを拒むような空気が漂っていた。

 カラスの鳴き声が、背の高い建物に反響している。

 心なしか、寒気もしてきた。


 折りたたみ式の桶と、解かしてお湯にするために持ってきた身の丈ほどの氷が、両腕を下へと引っ張っていく。

 こんな大荷物を運んで


「このへん、でしたよね? 先生」


「はい。ゾンビと遭遇する前に、発見しないと」


「それがしがさり気なく付けた目印が、綺麗さっぱり消されていますぞ……」



 商業・工業区の近くだから、お別れをしたのは確かこの辺りだったような。

 曲がり角の向こうから声が聞こえてくる。


「みて! おじー! しんせんなパンだよ! カビもないよ!」


「よもや、またぞろ盗んできたのでは無かろうな?」


 ――ゴステトゥーロの声だ。


「しんせつなおにいさんが、おかねをだしてくれたの!」


 一体、誰が買い与えたのだろうか?

 親切なお兄さん、ね……いや、まさかね。


「おまえさんが食べなさい。儂には勿体無いご馳走だ」


「いいの? あたいぜんぶたべちゃっていいの!?」


「いいんだ。さあ、そろそろお行きなさい。儂の病気が感染うつってしまうよ」


「えー?」


 声がだいぶ近くなってきた。

 もう少し、かな。


「――あ」


 目の前まで来ちゃった……。

 こんなに近くだったのか。


「おじー、このひとたちは?」


 猫の耳をした獣人が俺達を指さす。

 尻尾の動きから、かなり警戒している様子だった。


 ゴステトゥーロのほうが嗅覚によって、数分早く気付いていただろう。

 ……が、敢えて言わないでいた筈だ。だからこの子に立ち去るよう諭していた、と考えるのが自然だ。


「この人達はね、お客さんだよ。儂と大切なお話があるから、おまえさんはもうお行きなさい」


 ゴステトゥーロは特に嫌がる様子もなく俺達を紹介すると、子供に手を振る。

 ……さては追い払う口実に使おうとしているな。



「ここまでの状態だとは聞いてない。私、遠くいるね。薬と道具は貸すから、よろしく」


 おい! 君は、なんて事を言うんだ!

 焦りで心臓が跳ね上がる。


「すみません、うちのものが不躾なことを……」


 パーティすら違うけど、連れてきたのは俺だ。

 ならば身内として数えても差し支えないだろう。


「なに、早晩くたばるであろう老いぼれだ。心も相応に朽ちておるゆえ、痛むものは何もない」


「……すみません。そう言って頂けると、助かります」


「とはいえ……気にするなと言われても尚こうして足を運んでくる辺り、よほどの物好きと見える。まあ見えると言っても、儂の目は見えぬのだが。クッフフフフフハハハ――ゴホッゴホッ」


 ……笑っていいのか判断に困る自虐ネタをさらっと混ぜ込むのはぜひやめて頂きたい!


「なんだ笑わんのか」


「すみません。たとえ自虐ネタでも、目の見えない他の人の事を思うと、どうも笑う気になれなくて」


「その生真面目な性格、スレイドリン――あいや、ウスティナによく似ておる」


「ウスティナさんは、僕よりずっとユーモラスで頭の回転が早いじゃないですか」


 ここで俺は「はい、流し込みますからね」と口を開けさせる。

 素直に聞き入れてくれた。


 飲ませた後、札を背中に貼る。

 これに浮き出てくる紋章によって、調合する薬の種類がわかるという代物だ。

 完璧に把握できるわけではないが、7~8割の的中率は無視できない。


「……会ったばかりの頃のあやつは、融通の利かぬ石頭だったよ。誰の冗談にも真顔で返しておった」


 単にあなた達のジョークがナンセンスすぎた、という可能性も無きにしもあらずだ。

 が、言わないでおこう。現時点では何とも言えないのだから。


「貴公の冗談は昔から笑えなかったよ」


「あとは、そうだな……怒ると首を刎ねようとするくらいには血の気が多かった」


「貴公の時だけだ」


 身体中の汚れを落とし、傷口の治療をしている間、見張り番のウスティナはゴステトゥーロとこんな調子の会話をずっとしていた。

 俺が生まれるずっと前から、二人は共に戦場に立っていたのだろう。



 それはそうとして、だ。


「――どうでしょうか。楽になりましたでしょうか?」


「ああ。こんなに施しを受けたのは生まれて初めてだ。今までは奪われたもののほうがずっと多かったでな……家族も、故郷も、名声も」


「――!」


 その口ぶりからすると……もう家族は生きてはいないのだろう。

 言葉が何も出てこなかった。


「ああ、だが儂は……恨みは枯れたよ。そもそも全ての人間までを恨んではおらなんだ。それに恩を仇で返すほど性根も腐ってはいない」


 俺は、咄嗟にアレットを見る。

 アレットは、首を振った。

 嘘はついていない……恨んでいないのは本当ということか。


「そう言って頂けると助かります。ただ、恩を売りにきたわけではなく、放っておきたくないと思ったので……」


「そのために客人を増やす辺り、したたかよな。なあ、ウスティナよ」


「そうだろう。久々に気合が入る」


「クッフフフフ、そういう事だから、遠慮せず言ってみてくれ。儂にできる範囲で応えよう」


「では――」


「ああ、素寒貧すかんぴんゆえ、それ以外でな。儂を売っても金にはならんぞ。クッフフフフ」


 笑えないよ!!

 そうじゃなくてだね……えっと。


「気になることがあります。さっきの子は、スラム街で暮らしているのですか? ゴステトゥーロさんの嗅覚情報と、あの子の目から見たスラム街についての情報が知りたいのです」


 この会話の流れから理由も述べずに居場所を訊こうものなら「すわ今度はあの子を売るつもりか」となってしまうからね。


「ああ。ノエルか。何故か儂に懐いておる」


「……ちょっと探してきます。匂いでどの辺りかは掴めますか?」


 と問えば、ゴステトゥーロは鼻を何度か鳴らしながら辺りを見回す。


「今は方角的に、そうさな……ジェイミーという、スラムの纏め役の所へ厄介になっているであろうな。スラム街について詳しく知りたいなら、あやつは適任やもしれぬ。付いて来るといい」


 俺達はゴステトゥーロの案内を受けながら、ジェイミーの所へ向かう事にした。



アレット「カレンとかいう人が先生に絡んできたら返り討ちにしてやる(がるるるるるっ)」

ルクレシウス「やめなさいってば……」

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