第7話:先生と、働く人たち
今や冒険者ギルドのスタッフも派遣で賄う時代です、って言い回しは世知辛さが限界MAXですね。
冒険者ギルドの職員は、人材派遣ギルドの人達が大半らしい。
軽食コーナー、受付嬢、内装の掃除、これ全部派遣で賄っているとか。
事実、派遣でやってきたウェイトレスさんがそう言うのだから、きっと間違いないだろう。
知らなかった……。
こうして休憩中のウェイトレスさんを連れて噴水の縁に座らせながら話を聞いてみたら、こんな複雑な事情が……。
よし、もっと踏み込んでみよう。
(ちなみにアレットとウスティナは装備を見に行っている。俺も後で合流する予定だ)
「どの部署も同じギルドからですか?」
「それぞれ別のギルドですよ。いっぺんに同じ派遣ギルドと契約すると、コストが掛かるらしくて」
ウェイトレスさんが俯き加減に答える。
「ちなみにその複数の人材派遣ギルドと、それを統括・仲介する“人材派遣仲介所”もあります」
「え?」
何その枝分かれ構造。
無駄すぎないか……?
自前で育てたほうが数倍も楽だと思うが。
いや、そうするとこのウェイトレスさんみたいに環境や待遇が悪かった時に別の仕事を探さなきゃいけなくなるリスクがあるのか。
「そろそろ戻らないと。本日はすみませんでした」
「こちらこそ、騒ぎにしてしまってごめんなさい。どうしても放っておけなくて」
ウェイトレスさんは、慌てて否定した。
「いいんです、いいんです! あたしもハッキリ言ってやりゃ良かったけど、見回りに来た上司に相談しても“それくらい我慢しろ”って、あの人と同じこと言ってたので。こりゃもう何を言っても無駄かなって。
男連中だって、しんどい仕事を山ほどやらされてますし、我慢するしかないなって」
「それは、お辛かったでしょう……男性だってしんどいかもしれないけれど、その腹いせのためにあなたを使うのは……やっぱり違うと思いますよ」
実際、死んだ父さんがそういう奴だったからね。
おかげで母さんは、俺が10歳になる頃には心を病んで失踪した。
「ありがとうございます。もうこの際だから冒険者にでもなろうかと。あたしが客だ、文句あるか~ってね。へへっ」
「それは名案ですね。旅のご無事を祈ります」
挨拶を交わして、解散。
もう、彼女は大丈夫だろうか。
俺も装備販売店に行くとしよう。
◆ ◆ ◆
昔と違って武器屋と防具屋そしてアイテム屋までもが合併しているのは、そうしないとやっていけないからだ。
少子高齢化に自殺率の増加で、人口の減少と比例して冒険者も目減りしていく。
だから建物を一緒にして、経営も統一する。
世知辛いね……。
不謹慎なやつが『もう一度、魔物の大発生が起きてくれればねえ』なんて言うが、それも困る。
さあ入店だ。
「――だから何度言ったら解るんだ!! そこにおいてある金敷を動かすな!! それと3日に一度、決まった時間にしかワシは剣を作らんのだ!! 店を移したんだから、つべこべ言うな!!」
「なんだとオッサン!? このクソドワーフ! もう騎士団からのオーダーは随分昔にストップしたんだぞ!?
今じゃ冒険者のカスタム装備のオーダーが命綱なんだ! 少しは融通きかせてくれよ!」
……お取り込み中らしい。
ドワーフの鍛冶屋さんと、多分もうひとりの、人間のお兄さんは店のオーナーさんだろう。
鍛冶屋さんが売り場にまで出て来るの、初めて見たな。
「黙れ、王都からやってきた素人が、禄に知りもせず!! だいたい、なんなのだあのオーダーは!
もう少し大胆なデザインだの、人間工学を意識しろだの!! ハッキリ言ってくれんと解らんわ!! 調和を!! 乱すな!!」
「ドワーフは気難しい奴ばかりと聞いたが、とびきりの偏屈野郎だな、畜生!
防具屋の部署は、冒険者の為に寝食を惜しんで頑張ってるんだぞ! 長く勤めているなら給料以上の仕事をしやがれってんだ!」
どちらの味方をするべきかは、明確だ。
「オーナーさん、失礼いたします」
「あ、ああ! 申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしてしまいましたね!」
流石に切り替えが早いな。
制服に書かれている顧客第一主義の文字は飾りじゃないらしい。
「いえいえ、大丈夫です。それについては。ただ、差し出がましいことを申し上げるようですが……」
「差し出がましいなんてとんでもない。どうぞおっしゃって下さい」
にこやかに答えるオーナーさん。
「ワシは仕事がある。戻るぞ」
短く言って立ち去るドワーフさんを、俺は会釈しながら見送った。
こっちを見てくれなくてもいいよ。
見えなくなったのを確認してから、小声でオーナーさんに伝える。
「……先刻のドワーフさんとよく似たこだわりを持つ生徒と接した事がありましてね。」
直前の会話で、俺はドワーフさんに味方すると心に決めていた。
ので。
掻い摘んで伝えてみる。
学院にも、似たような人は一定数いた。
正確に作業ができるという特技の持ち主ばかりだった。
けれど、とにかく己の定めたルールを乱されたり行間を読んだり、といった事が苦手という傾向が強かった。
フィールドワークなどの不確定要素の多い授業では、そういった人達にとって苦痛だろう。
だからなのか、一人の生徒が寮にこもってしまった。
そこで、寮で研究できる環境を提供してみたら、これが大当たり。
その辺りだ。
「――コツとしては、先方のルールとペースを尊重する。
伝達事項は詳細かつ明確に。細かいところを相手の裁量に任せるのはNGという事です」
「ほう、ほう……なるほどですねぇ……」
「きっと他にも気をつけるべき箇所は沢山あるだろうし、何よりその生徒とこちらのお方は別の相手なので、型に囚われず対話を繰り返すのが大切です」
「繰り返すというと、何度も?」
「はい。一度の対話だけでは出てこなかった『あ、そういえばこれも』が見つかる筈です。
クレームって訳ではありませんが、是非とも採用して頂きたい。僕としても、昔このお店が合併する前にお世話になったので。ほら、このローブ、おたくのブランドでしょ?」
「おおー、ホントだ。旧式をカスタムしたものですね。いや、お客さま渋いですねぇ……。
貴重なご意見、ありがとうございました。参考にさせて頂きます」
「大変でしょうが、クビにはしないであげて欲しいです。一介の客が言えた事では無いとは思いますが……」
「もちろん。うちは人手不足ですからね……」
「ありがとうございます。お時間を頂いたお詫びといっては何ですが――」
「――もうっ、先生ったら! 来てたなら言ってくださいよ~!」
あ。
「すみません。ところでウスティナさんは?」
「向こうで待っててくれてますよ。早くお披露目したいって意気込んでましたっ」
どうにも嫌な予感がするけど、これ以上は待たせられない。
さて、行こう。
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